BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


39

 時計の針が午後8時30分を示した。
 
森山文規(男子19番)は舌打ちをしながら、隠れていた地下室の扉を開けた。

 文規は、梶田広幸や樋口勇樹とともに帰宅部で親しくしていたが、それ以外のクラスメートとは殆ど付き合いがなかった。
 だから広幸や勇樹と3人で行動したかったのだが、勇樹は出発前に殺されてしまったし、広幸に話し掛けても何故か返事をしてもらえなかった。その広幸は、先頭で出発してしまい早々に退場している。
 結局、文規は孤独になってしまった。
 積極的にゲームに乗る気にもなれず、夢中で会場内を徘徊していたが、エリアB=5の森の中で偶然にも富豪の別荘と思われるものを見つけ、中に入った。
 そして、地下室を発見して潜り込んだ。
 どうやら、ここは食料庫を兼ねているらしく、保存食や飲料水が豊富に蓄えられていた。
 そして扉は1つしかなくて、施錠可能であった。
 すなわち、篭城するにはうってつけの環境で、文規は出来るだけ長くここに立て篭もるつもりだった。
 万一、誰かが扉を壊して侵入してきても、外から暗い地下室に入る者には中の様子がよくみえないはずで、扉の陰から支給された日本刀で侵入者を突き刺すことが出来るはずだった。剣道の心得はないけれど、これなら大丈夫だ。
 本当に最高の隠れ家を見つけられたものだと、文規は満足であった。
 このまま、クラスメートが減るのを待ち、自分以外が1人になったら勝負に出る。
 相手は手ごわい奴で強力な武器を持っているだろうが、おそらく疲労しているはずなので、自分にもチャンスはあるだろう。
 少なくとも、自分が生き残る確率を最大にするにはこれしかない。
 というわけで文規は、自分の生存に少なからぬ自信を持っていた。
 そんな文規にとって、先刻の放送はまさに青天の霹靂であった。
 まさか、ここが禁止エリアになるなんて。折角、最高のアジトを見つけたというのに。
 放送を聞いた後の文規は、聞く前とは別人のように覇気を失って塞ぎこんでいた。
 だが、いくらなんでもこのままここにいて首輪を爆破されるのはゴメンだ。
 タイムリミットが近づくと、少し気分の切り替えが出来た。そう、別の隠れ家を探せばいい。ここほどのところは無いかも知れないが。
 食料などは、持てるだけ持った。
 ここはエリアB=5の中央付近なので、少し時間の余裕があったほうが良い。30分前に出るほうが安全だ。

 地下室を出た文規は、慎重に別荘の外へ出た。
 間もなく禁止エリアになる場所で待ち伏せしている者がいるとも思えないが用心に越したことはない。
 四方に気を配りながら、正面の森に足を踏み入れた。その時だった。
「森山君」
 突如として呼びかけられた。女子の声だ。
 心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた文規は、思わず2、3歩後退した。
 日本刀を抜こうと身構えたところで、相手が木の陰から姿を現した。
本吉美樹(女子17番)だった。
「も、本吉か。な、何をしてるんだ」
 舌がもつれて上手く話せない。
 美樹は平然としている。
「森山君の姿が見えたから待ってただけだけど」
「な、何だと。俺を殺すためにか?」
 今度は、美樹が驚く番だった。
「え? 何言ってんのよ。仲間になってほしいから待ってたのよ。殺すつもりなら、声なんか掛けないわよ」
 それもそうだと思ったが、自分を油断させるための詭弁かも知れない。
「仲間だと? 冗談じゃない。大体、お前はいつからここにいたんだ。ずっと、俺を狙っていたのか?」
 美樹は首を振った。別荘の横の物置小屋を指差した。
「あたしが隠れていたのはあそこ。禁止エリアになっちゃったから移動しようと思ってここまで来たら、別荘の扉が開く音が聞こえて振り返ったの。そうしたら、森山君だったってわけ。大声で呼びかけるのは危険だと思ったからここで待ってたのよ。1人じゃ怖いの。一緒に行動しようよ」
 美樹が嘘を言っているようには見えないが、プログラムというものの性格を考えると、とても信用する気にはなれない。それに、美樹とは殆ど話をしたこともない。
「お前なぁ、自分の言ってること解ってんのか? 1人しか生き残れないんだぞ。仲間になるってどういう意味だ」
 悲しそうな表情に変化した美樹が言った。
「上手く説明できないけど、とにかく1人でいるのが怖いの。夜だし。お願い。一緒に・・・」
 文規は遮った。
「嘘つけ。俺を油断させて殺す気だろう」
 美樹は両手を開いて、武器を持っていないことを示しながら言った。
「ほら、あたし何も持ってないよ。ね、信じて」
「こんな状況下で誰を信用しろと言うんだ。俺は自分以外信じない。俺は、もう行くぞ」
 そのまま進もうとしたが、美樹は文規の手を取ってすがりついた。殆ど泣き顔になっている。
「怖いの。助けて。お願い・・・」
 文規は美樹の手を振り払った。
「あのなぁ、そっちは仲間になりたいのかも知れんが、俺は1人でいたいんだ。どいてくれ」
 美樹は諦めなかった。文規の前に土下座した。
「そんなこと言わないでよ。男の子でしょ、女の子がこんなに頼んでるんだから聞いてよ。ね、お願いだから・・・」
 最後は涙声で、よく聞こえないくらいだった。
 遂に、文規は日本刀を抜き放った。怒鳴りつけた。
「てめぇ、いい加減にしろよな。これ以上俺の邪魔をするとマジでぶっ殺すぞ」
 これには、流石の美樹も観念したようだった。ふらふらと立ち上がると、泣きながら走り去っていった。捨て台詞などを吐くこともなく。
 文規は刀を鞘に収め、深呼吸を1回した。
 時刻は8時45分になっている。美樹に出会ったために、随分時間をロスしてしまった。少し急がねば。
 再び、禁止エリアを脱するべく森の中を歩き始めた。頭の中では、美樹に対する怒りが渦巻いていた。さっさと殺してしまうべきだったかと後悔した。
 そのためだろうか、足元に対する注意が少々おろそかになっていた。
 あと僅かで抜け出せるというところで、文規は何かバネが弾けるような音を聞いた。と、同時に右の踝の上あたりに激痛を覚えた。
 な、何だ? 一体・・・
 文規は足元を見た。
 右足を半円状の2枚の金属が挟み込んでいる。それぞれの金属には鋭い棘が並んでいてしっかり足に食い込み、赤黒い血が流れ出している。
 どうやら、いわゆる“トラバサミ”を踏んでしまったようだ。何たる不覚。
 政府が罠を仕掛けたといっても、こんなものは使わないだろう。おそらく、この辺りの住民が仕掛けたものだ。確かに、この深い森ならいろいろな野生動物がいても不思議はない。自分は出くわしてはいないけれど。
 文規は痛みに耐えながら罠を調べた。時間がない。早く外さねば・・・ しかし、外すには鍵が必要なようだった。
 鎖は金属製なので日本刀では切れない。鎖が巻きつけてある大木もとても切り倒せそうにない。
 こうなったら、足に食い込んでいる金属を引き離すしかない。
 力の限り2枚の金属を離そうと頑張った。額からは脂汗が流れる。どうにかしないと、首輪が爆発するのだ。
 しかし、いくら力を入れても僅かに及ばなかった。もう少し開ければ抜け出せるのだが。もう少し、もう少し自分に力があれば・・・
 そこで、文規の頭に美樹の顔が浮かんだ。
 美樹が一緒にいれば・・・ 
 そう、2人で力を合わせれば確実に罠を外せたはずだ。
 美樹を追い払った自分がとんでもなく愚かに思えた。
 思わず叫んでいた。
「本吉ー! 俺が悪かった。仲間になってほしい。ここへ、来てくれー!」
 叫んでも無駄なことは解っている。自分は美樹が走り去ったのと反対の方向へ来たのだから。
 それでも、叫ばずにはいられなかった。
「本吉ー! 頼む。助けてくれー!」
 声はむなしく森にこだました。
 さらに、叫び続けた。声が嗄れても続けた。力の限り絶叫した。
 無論、罠を外す努力も続けた。握力がなくなるまで踏ん張った。
 汗と涙が噴き出した。
 しかし、全ては無駄だった。
 それでも、最後の瞬間まで努力した。
 そして、運命の時が訪れた。
 思ったほどの苦痛もなく、文規は冥界への旅路についた。
 首のない体の周囲には、文規が運んでいた多くの保存食が散らばっていた。

  

男子19番 森山文規 没
                           <残り24人>


   次のページ   前のページ   名簿一覧   表紙