BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


40

 禁止エリアを無事に抜け出した本吉美樹は、誰にも出会うことなくエリアE=8まで移動してきた。このあたりも森林地帯で暗く、美樹は怖くて仕方なかった。
 その時、ある匂いが美樹の鼻を刺激した。

 体育館でプログラムの宣告を受けた美樹は震え上がって、声が出なくなってしまった。
 周囲の者たちが集合場所などを相談しているのが聞こえても、首を突っ込むことが出来なかった。
 そして、声を掛けてくる者もいなかった。
 小心者の美樹を仲間にしても、足手まといになると思われてしまったのだろう。
 
佐々木はる奈(女子10番)と場所が近ければ声を掛けてもらえたのだろうが、不運にもはる奈とは遠く離れていた。
 そして、何の約束も出来ぬまま出発の時を迎えてしまった。
 まずは、直前に出発した不良の溝下慎二が自分を殺そうと待ち構えているのではないかという恐怖に駆られた。
 だが有難いことに、慎二の姿はどこにもなかった。
 次に出発するのも不良の桃田昇。
 本当に自分の出席番号がアンラッキーだ。
 急いでここを離れなければならない。
 走って体育館を後にした。
 しばらく走った後にデイパックを開いた。戦う気はないから、防具が欲しいと期待していた。
 しかし、出てきたものは“藁人形と五寸釘”のセットだった。ご丁寧にも、小さな木槌が付いている。
 失望しながらも説明書を読んだ。
“おめでとう御座います。これはスペシャルアイテムです。この人形には強烈な呪いが込められていて、書き込まれた名前の生徒1人を確実に殺します。即効性もあります。さぁ、最大の強敵の名前を書き込んで神社の鳥居に打ち付けましょう。これは、相手に接近することなく倒せる唯一の武器なのです”
 呆れるほかはなかった。最強の相手1人を倒せるが、それ以外は何の役にも立たないというわけだ。まるで、軍人将棋のスパイ(大将にのみ勝って、他の全ての駒に負ける)のようなものだ。
 でも、折角だから使わせてもらおうと美樹は思った。
 エリアD=8にある、この会場唯一の神社にやってきた美樹は、鳥居に藁人形を打ちつけた。
 当然、美樹には倒したいクラスメートなんていなかった。書き込まれた名前は“川渕源一”だった。
 そう、こいつだけは許せない。この説明書が本当なら・・・
 実際のところ、これは本物のスペシャルアイテムだった。生徒以外の名前を書き込んだので無効だったけれど。
 実は、鳥居の側には高感度小型赤外線カメラが仕掛けられていて、人形に書き込まれた名前を政府側でサーチできるようになっていた。政府は確認次第、書き込まれた名前の生徒の首輪を爆破する手はずとなっていた。
 無論、そんなことはカメラに気付かなかった美樹には知る由もなかった。自分の名前が書き込まれているのを見た川渕が苦笑いしたことも含めて。
 それから美樹は、神社に参拝した。
 自分とクラスメートが生き残れるように祈った。
 無駄な願いと知ってはいても、祈らずにいられなかった。
 ふと見ると、おみくじを売っている。美樹は自分の誕生日のところから1枚抜き取った。必要ないはずなのだが、律儀にコインを置いた。
 広げてみると“大吉”だった。
 一瞬、嬉しくなって中を読んだ。
“恋愛運:大吉”
 確かに隣のクラスにいる恋人の五十嵐幸太とは絶好調だ。
 幸太・・・ 会いたいよう。
“健康運:大吉”
 生理も先週終わったし、体は元気だ。
“金銭運:大吉”
 修学旅行前に馬券で大儲けした父がボーナス小遣いをくれた。
 みやげ物をたくさん買っても、まだしっかり余っている。
 しかし、現在の自分に一番必要なのは生存運だ。残念ながらおみくじにそんな項目はない。
 第一、プログラムに参加させられたこと自体が、この上もない“大凶”だ。
 やっぱり、こんなもの当てにならないよね。
 美樹は、思わずおみくじを破り捨てていた。
 その後、エリアB=5で別荘を発見したが、中には既に誰かが隠れているような予感がしたため、隣の物置小屋に潜り込んだ。
 一息ついた美樹は、いろいろと考えた。
 特に大事なのは、1人でいるべきか、仲間を作るべきかということだ。
 どちらも一長一短で、考えても結論が出なかった。
 1つだけ後悔したのは、出発直後のことだった。
 その辺に隠れて桃田昇だけやり過ごせば、次は
山野由加(女子18番)だ。
 体育館で、はる奈と由加が相談しているのは見ている。
 つまり、由加に話し掛ければはる奈と合流できる可能性が高かったのだ。はる奈と一緒ならどれぐらい心強かっただろう。
 やがて、放送で川渕の声が聞こえた。やはり、あの人形は効果がなかったのだ。もともと、期待してはいなかったけれども。
 そして、次の不運が訪れた。この小屋も禁止エリアに指定されたのだ。移動せざるを得ない。
 小屋から暗い空の下へ出た美樹は、恐怖と淋しさに囚われた。
 昨晩は夢中だったので淋しさなど感じる余裕もなかったのだが、今は孤独自体が恐怖だ。
 やはり、適当な人物がいれば仲間になりたいと考えた。
 目の前の森に入り込んだところで、背後で音がした。別荘のドアが開いたようだった。
 木の陰に隠れながら様子を窺った。どうやら、出てきたのは森山文規のようだった。しかも、こちらの方向へ向かってくる。
 さほど、危険な相手には思えない。できれば、仲間になりたい。だが大声で呼ぶのは危ないので、文規が接近してから声を掛けた。
 しかし、文規はどうしても自分を受け入れてはくれなかった。
 耐えられない悲しみが込み上げてきた。結局は泣きながら走り去るしかなかった。
 でも、文規を恨む気にはなれなかった。自分が逆の立場なら同じ事をしたかもしれない。憎むべき相手はあくまでも政府だ。
 禁止エリアからは抜け出せたが、最早1人でいるのは我慢できない。
 仲間を見つけるため、さらに森の中を彷徨って、E=8に辿り着いたのだった。
  
 美樹の鼻を刺激したのは香水のような匂いだった。
 美樹は記憶の紐を手繰った。こんな香水を使ってる子は・・・ 判った。静香だ。
 間違いない。
冷泉静香(女子20番)の香水の匂いだ。
 お嬢様の静香がこんな森に隠れるなんてイメージ湧かないが、とにかく声を掛けて仲間にしてもらうこととした。
 それに、香水の匂いは落とした方がいいと忠告するつもりだった。ゲームに乗っている者に発見される危険が高いから。
 美樹は、ゆっくり風上へ進んだ。
 そして、少し離れた大木にもたれかかったセーラー服姿の人影を見つけた。丁度、半身しか見えないが静香に間違いないだろう。この辺りは特に森が深くて、月明かりもあまり役に立たないので、確認は出来ないが。
 美樹はさらに静香に接近してから声を掛けた。
「静香だよね? 私は、本吉だけど」
 返事はなかった。それどころか、静香はピクリとも動かなかった。
 そうか。体力のないお嬢様だから、疲れて木にもたれたまま眠っちゃったのか。
 美樹は、さらに3歩近づいた。再度、声を掛けた。
「静香! 起きてよ。危ないよ、こんなところで眠ってたら。香水の匂いで丸わかりなんだし」
 やはり、何の反応もない。
 妙なのは、静香の手足が棒のように突っ張って見えることだ。
 ひょっとして、静香は既に死んでいて死後硬直でも起こしているのだろうか。でも、それなら倒れるはず。触れてみるしかない。
 美樹は駆け寄って、静香の肩をゆすろうとした。
 信じられないほど軽い手ごたえとともに静香は倒れてしまった。
 その姿を見て、美樹は息を呑んだ。
 これは案山子だ。案山子が香水を付けてセーラー服を着ているのだ。
 その時、背後に気配を感じたが既に遅かった。
 背中から腹に突き抜けるような痛みが走り、腹を見ると血みどろの刃物が突き出ていた。
 と、その刃物は抜き取られ、再び美樹の体を貫いた。
「こ、幸太。助けて・・・」
 言ったつもりが、声は出ていない。
 口から血を吐きながら美樹は崩れ落ちた。もちろん、腹の傷からの出血もおびただしい。
 が、最後の力を振り絞って背後を見た。
 トレーナー姿の静香が、手に脇差を握って見下ろしていた。
 静香は微笑みながら言った。
「その辺の田んぼで案山子を見つけたから使ってみたけど。いい作戦でしょ」
 息絶え絶えの美樹は答えた。
「まさか、貴女がこのゲームにの・る・な・ん・て・・・」
「馬鹿ねぇ。死にたくなかったらこうするしかないじゃない。ゲームに乗らない人の方がどうかしてるのよ」
 という静香の返事は、既に命の炎が燃え尽きた美樹の耳には届いていなかった。
 暗い森の中、ただ梟の声だけが美樹へのレクイエムとなっていた。
 

女子17番 本吉美樹 没
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