BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


41

 夜も更けてきた。昨夜と変わらぬ美しい星空の下、エリアD=7の大木にもたれかかって途方に暮れていたのは塩沢冴子(女子11番)だった。
 プログラムに参加することを事前に知っているのは精神的にも優位であるし、対策を立てられる点で現実的にも有利なはずである。
 だから、冴子はある程度の自信は持っていた。ミスさえしなければ、かなりの確率で優勝して生還できると思っていた。
 だが、現実ははるかに厳しかった。
 銃を没収されてしまったのはとんだ計算違いだったし、友人を殺せないから転校を決意した自分にとっては、自分以外にゲームに乗るものがいるとは想像もしなかった。
 単に脅えている生徒たちを片っ端から倒していけば簡単に優勝できると思っていたのは、とんでもない間違いだった。
 それに、自分の立てた作戦が正解だったかどうかさえ不安になってきた。
 確かに、クラスメートと親しくならないことには成功した。友人相手よりはずっと気楽に殺戮が出来るはずだ。
 しかし、この作戦の3つの欠点が今になって白日の下に曝されてきたのだった。
 1つは、自分を信用させることが出来ないということだ。
 何せ、全てのクラスメートに最初から危険人物として警戒されている。
 相手を安心させて近づいて不意を突くとか、一旦仲間になっておいて寝返るといった策略が全く使えない。
 この状況では、常識的には堂々と戦うか闇討ちをするしか手段がないのだった。
 おまけに、仲間を作れないと仮眠も出来ない。禁止エリアの情報を聞き逃すのは致命的だし、寝首をかかれる危険もある。
 決して体力があるわけではない冴子には非常な苦痛だった。
 2つめの欠点は、この作戦の長所の裏返しだ。
 自分がクラスメートを気軽に殺せるなら、クラスメートにとっての自分も気軽に殺せる相手になりうるということだ。
 ゲームに乗ってる者でも、友人を殺す際には多少のためらいを感じるだろう。だが、自分には何の容赦もしてもらえそうにない。
 3つめの欠点は、クラスメートの性格や能力を把握できていないことだった。情が移らないように、クラスメートを極力見ないようにしていたのが裏目に出ている。少なくとも観察だけはしておくべきだったのだ。
 信用のない自分でも騙せそうなお人よしとか、自分より腕力が劣っている者とかを知っていれば、ターゲットをしぼることが出来るはずなのだが・・・
 実際、先刻襲ってみた
服部伸也(男子12番)という相手が不良のリーダーだとは知っていたが、あれほどの身体能力があるとは思っても見なかった。自分はスタンガンを持っているのだから、男子とはいえ、素手の相手ならば何とかなると思ってしまった。
 ところがあっさりとスタンガンを奪われた上に腹への一撃でダウンさせられて、自分の無謀さを思い知らされた。
 もし冴子が伸也の能力を知っていれば、あの程度の武器で襲撃することはありえなかっただろう。
 どうしようもない実力差だ。殺されなかっただけ幸せと思わざるを得ない。
 とにかく、頼みのスタンガンを失ってしまったので今後は素手で戦わねばならない。ある程度の武道を身につけたとはいえ、所詮は付け焼刃だ。となると、基本的には弱い女子を狙うしかなさそうだ。だが、弱い女子は既に消されている可能性が高い。生き残ってる中で、自分が最弱である可能性すらある。おまけに、女子の中でだれが弱いのかもわからない。
 結局、どうするべきなのか・・・
 やはり、自分の運命はプログラムで死ぬことなのか。
 冴子の心は絶望の淵に沈もうとしていた。折角、いろいろの工夫をしてきたのに。
 涙が溢れそうになってきた。
 まさにその時だった。冴子の耳は小さな足音をとらえた。
 その方向に目を凝らすと、1人のヘルメットのようなものを被った男子生徒が丁度切り株に腰をおろそうとしていたところだった。
 冴子の目がキラリと光った。男子が、持っていた大きな銃を隣の切り株の上に無造作に置いたからだ。
 あれを奪えば、あたしは生き残れるかも。でも、あれは誰だろう。
 冴子は少し近づきながら、じっくりと観察した。男子が首を左右に振ったので横顔を確認できた。
 どうやら、
松尾康之(男子15番)のようだ。
 女子のことさえ殆ど知らない冴子には、康之のことなど何も知るはずがない。知っているのは、自分と同じ転校生だということ程度だ。修学旅行中は同じ班だったのだが、表情が乏しいというイメージしか持たなかった。
 もし横に置かれた銃がなければ、あえて男子に接近する必要はない。そっと立ち去るべきだ。
 しかし素手の自分が逃げ回っていても、いつかは討ち取られてしまうだろう。万一最後の2人になるまで逃げ延びたとしても、残った強敵に対する勝ち目はない。
 危険を承知であの銃を奪う以外に、何の希望も見えてこない。銃を持った女子を狙う方が危険度は低いだろうが、そんな相手にうまく出会えるとは限らない。やるしかない。
 棺桶に片足を突っ込んだような悲壮な覚悟の下で、冴子は作戦を考えた。
 康之の運動能力は不明だが、自分より弱いってことはないであろう。背後から飛び掛って首を絞めたとしても、間違いなく敗北するだろう。伸也のように見逃してくれる者がそんなにいるとは思えない。敗北は即ち死だ。
 では、忍び寄って銃を奪うのは可能だろうか・・・
 どう見ても、足音を全く立てずにあそこまで行けるとは考えがたい。
  雨でも降っていればと、空を恨むのも意味が無い。
 とすれば、堂々と声を掛けて接近し、隙を見て銃を奪うしかない。
 だが、普通に声を掛けて自分を信用させるのは困難だ。
 肉体的な魅力の乏しい自分には色仕掛けも使えまい。第一、男子との交際経験がないので声の掛け方も解らない。
 その時、ひとつの諺が頭に浮かんだ。
“窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず”
 遠い昔、加藤清正たちに命を狙われた石田三成は、何と敵対勢力の大将である徳川家康の屋敷に逃げ込んで生きながらえたという。これを、応用しよう。
 私物から、裁縫道具を取り出した。
 セーラー服の一部を鋏で切り裂いた。針で自分の血管を何箇所も刺して出血させ、髪や肌や服に塗りつけた。
 こうして、負傷した哀れな女の子に変身した。
 わざと、片足を引きずりながら康之に接近し、あえぐ様な声で話しかけた。
「松尾・君だよ・ね。悪いんだ・けど、しば・らくの間、一緒にいてくれ・ないかしら。あたし・死に掛け・なの」
 これで康之は油断してくれるだろう。そうしたら、急に元気な少女に戻って銃を奪い、すぐに康之を撃つ。この作戦、完璧。冴子は自画自賛した。もちろん、苦しそうな表情は保ったままだ。
 康之が振り返った。頬を緩めてニターッと笑った。信じられないほどの不気味な笑みだった。悪魔でも、こんな笑い方はしないだろう。
 冴子の顔は一瞬で蒼白になった。康之の笑みから感じられるものは、まさに狂気そのものだ。人間の感情など感じ取れない。そして、その目。何を見ているか、何を考えているか全く分からない。
 しまった。こいつ、もう人間じゃない。なんて奴に声を掛けてしまったんだ、あたしは。こいつに、こんな作戦は自殺行為でしかありえないよ。あたしの運命はこれだったの?
 冴子は、慌てて逃げ出そうとした。が、もはや間に合うはずも無く、全身にイングラムの弾を埋め込まれる結果となった。
 息絶えた冴子の体には、自分でつけた傷の何倍もの数の穴が開いていた。

女子11番 塩沢冴子 没
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