BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
42
全身の至るところに擦過傷があり、打撲もしている。ヒリヒリしたりジンジンしたりという多様な疼痛に耐えながら、やっとのことで禁止エリアを抜け出した遠山奈津美(女子13番)はエリアG=6の深い叢の中で息を潜めていた。
中上勇一(男子11番)と一緒に行動していたからこそ、比較的大胆に移動して仲間探しが出来たのだが、1人では動きがとりにくい。ひとまずは病院を目指し、消毒薬・鎮痛剤・湿布などを入手するつもりだった。
しかし、病院には既に誰かが立て篭もっているだろう。ゲームに乗ってる人間なら1箇所に篭っている確率は低いと考えられるのだが、夜では誰なのか確認しにくい。昼ならば、相手を見分けて危険そうな相手なら逃げればよい。もちろん、自分が会いたい人物が病院にいればベストなのだが。
とにかく、夜のうちは叢に隠れることとした。動かないと眠気が襲ってくる。群がってくる蚊も鬱陶しい。最悪の気分だ。
勇一がいないことによる淋しさと不安も込み上げてくる。
それに、勇一が無事だという証拠さえもない。まさかとは思っているのだけれど。
おそらく勇一も、奈津美が無事かどうか分らず心配しているであろうと思われた。もし歩けないほどの重傷だったら、そのまま禁止エリアで死んでいる可能性があったのだから。
先刻、勇一が方向違いへ逃げていった時は一瞬不満に思った奈津美だったが、すぐに納得した。
勇一は、とにかく襲撃者の松尾康之を自分から出来るだけ引き離そうとしたのだろう。動けない可能性のある自分が康之に見つかってしまわないように。その結果2人は離れてしまったのだが、あの段階で可能な最善の策だったことは間違いあるまい。
ある程度勇一からプログラム状況下での考え方などを教わった後だったのも、不幸中の幸いだ。
大丈夫だよね、勇一君。また、会えるよね。それまであたし、絶対死なないで生き抜いてみせる。
決意を新たにした時、風向きが変わった。早速奈津美の鼻に飛び込んできたのは、どう考えても冷泉静香(女子20番)の香水の匂いだ。
奈津美は眉をひそめた。
あのお嬢様がこんな辺鄙なところに入ってくることが信じがたかった。市街地の豪邸にでも隠れていると考えるのが自然だったからだ。
誰かと仲間になっているのなら話はわからないこともないが、静香と組みそうな人物など思いつかない。坂持美咲(女子9番)なら可能性があるが、美咲が一緒なら香水の匂いをばらまくのが危険なことに気付かぬはずが無い。
次に考えたのは、静香が既に殺されているという可能性だ。
殺した者が、香水を奪って使っているのかもしれない。もちろん、誰かをおびき寄せて殺すために。
いずれにせよ、関わらない方が安全と考えて動かないこととした。
やがて風向きが変化して匂いは感じられなくなった。
が、突如先刻よりずっと強烈な匂いが奈津美の鼻をついた。
しまったと思い、慌てて周囲に目を凝らすと、既にかなり近い位置に人影があった。
立ち上がって逃げれば、確実に発見されてしまう。このまま気配を消しているしかない。
奈津美はさらに、呼吸を抑えながら体を丸めた。無論、目だけは人影の方に向けていたが。
しかし、人影は徐々に奈津美に近づいてきた。シルエットを見る限り、相手はスカート姿ではない。しかも、刀のようなものを握っている。
やはり、誰かが静香を殺して香水を利用しているのだろう。つまり間違いなくゲームに乗ってる男子だ。であれば、ますます見つかるわけにはいかない。さらに、姿勢を低くした。
が、そこで雲に隠れていた月が顔を出した。相手の顔が月明かりに浮かび上がった。
奈津美は自分の目を疑った。相手が、トレーナー姿の静香本人だったからだ。
驚いている奈津美の数メートル先で静香が足を止めて、こちらを見詰めた。なんとなく気配を感じたのだろう。
自分の武器はモデルガンだ。先制攻撃されると役に立たない。こうなったら・・・
奈津美は勢い良く立ち上がり、モデルガンを静香に向けた。
これには静香も驚いたようで、半歩バックした後で口を開いた。
「奈津美だよね。どういうつもりなの? 貴女がゲームに乗るとも思えないけど」
「もちろん、あたしは乗ってない。そちらこそ、どうなの? うちの学校のトレーナー、ダサくて嫌いじゃなかったっけ。それに、貴女のようなタイプの人が1人でこんなところに来るのは不自然だわ」
奈津美の返答に、静香が応じた。
「本吉さんに襲われて逃げてきたんだけど、セーラー服汚れちゃったから着替えたの。最初はお屋敷に隠れてたのに、禁止エリアで追い出されたしね」
奈津美は語気を強めた。
「まさか、美樹がゲームに乗るわけ無いじゃない。嘘ばっかり」
静香は動じることなく答えた。
「本吉さんは錯乱してたと思う。それに、あの子を信じられるならこのあたしも信じられるはずよね」
奈津美は逡巡した。小心者の美樹ならば、確かに錯乱しても不自然ではない。しかし、本当にこのお嬢様を信じてよいのか。何か、いつもとは違う雰囲気を感じるのだが。
やはり、そう簡単に信じるわけにはいかない。
「信じるかどうかは、あたしが決めることよ。その刀をあたしに渡せたら信じてもいいかな」
「それで信じてくれるなら・・・」
静香は素直に差し出した。
脇差を受け取った奈津美は、なおもモデルガンの銃口を下げなかった。
「悪いけど、トレーナーの下やポケットの中を全部見せてもらえないかしら。女同士だからいいでしょ」
静香は不快そうな表情を隠さなかったが、それでも言うとおりにした。
奈津美が確認した限りでは、武器らしいものは持っていない。
ようやく奈津美は銃口を下げた。静香の表情が安堵に満ちたものに変わった。
それから奈津美は脇差をじっと見詰めた。
見たところ、血痕などはなさそうだ。だが、何となく血生臭い・・・
と、背後に回った静香が突然右腕を奈津美の首に回して締め上げ始めた。
奈津美はとっさに脇差とモデルガンを投げ出して、静香を振り払おうとしたがうまくいかない。
身体能力は奈津美の方が数段上なのだが、首を絞められていてはうまく力が入らないし、相手も“火事場のなんとか力”を出しているようだ。
今度は静香の脇腹に肘鉄砲を食わそうとしたが、なかなか命中しない。武道の経験のない奈津美はどうしてよいのやら解らなくなってきた。少しずつ意識が遠のいていく・・・
そして、急に奈津美の四肢から力が抜けて、全体重が静香にかかった。
静香が手を離すと、奈津美はがっくりと膝をつき、そのままうつぶせに倒れた。
全身の筋力を使い果たしたらしい静香はしばらく荒い息をした後で、とどめをさすためにモデルガンを拾い上げて奈津美の頭に向けて引き金を引いた。
が、音だけは立派だったが弾が出た様子が無い。思わず、モデルガンを見詰めた。
気絶した芝居をしていた奈津美は、この隙を見逃さなかった。
素早く立ち上がると、振り向きざまにパンチを放った。見事に下あごに命中し、静香はモデルガンを取り落としてよろめき倒れた。
「残念だったわね。その銃には、あたししか使えないような細工がしてあるの」
もちろん、本物でないことを教えてしまうわけにはいかない。
無念の表情で立ち上がった静香に、奈津美は平手打ちを食わした。
「貴女がゲームに乗るなんて思っても見なかった。いつもの、お上品な物腰がなくなってたからもしやとは思ったけど」
静香は無言で奈津美を睨み付けている。奈津美は続けた。
「それが、貴女の本性だったのね。あたしも、見る目がなかったみたい」
静香は表情を変えずに言った。
「あたしの負け。さぁ、さっさとあたしを殺りなさい。もう、フラフラで戦えないし」
奈津美の眼光が鋭くなった。一喝した。
「あたしを貴女と一緒にしないで! あたしはクラスの誰の命も奪いたくないの。政府の奴なら別だけど。といって、貴女と一緒にいるのは御免だわ。さっさと、あっちへ行って!」
静香は素早く脇差を拾い上げると、もと来た方向へ走り去った。重そうな足取りだったが。
数歩走ったところで一度振り向いた。
「あんたは甘いよ。自分を襲った相手も殺らないなんて。きっと、その甘さが命取りになるわ」
奈津美は、落ち着いて答えた。
「何と言われようともこれはあたしの信念。間違ってはいないと思う」
静香は返事をせずに姿を消した。
奈津美はモデルガンに向かって心の中で呟いた。
“まさか模造品であることに感謝する時が来るなんて”
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