BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


44

 エリアD=8には、この半島唯一の神社があった。
 その拝殿の中に立て篭もって怯えていたのは
矢山千恵(女子19番)だった。

 千恵は、もともと口べたで友人が少ない少女だった。淋しがりやで皆と仲良くしたかったのだが、どうしてよいのか解らなかった。
 だが小学5年になった時にクラス換えがあり、白木真奈という少女と同じクラスになった。
 真奈は大変なおしゃべりだった。だれかれ構わず話し掛けてくるタイプで、あっという間にクラスの人気者になっていた。
 無論、千恵にも話し掛けてきた。内容はほとんどがクラスメートの噂話だったが、千恵にはとても面白かった。
 不思議と波長が合い、いつのまにか真奈とは親友になっていた。何故か、いつも真奈が千恵の家に遊びに来て、決して千恵が真奈の家に行くことはなかったのだが。
 真奈と会話を重ねるうちにだんだん喋り方も上手になってきて、他にも友人を作れるようになってきた。
 真奈に感謝した千恵は、ある日こう言った。
「真奈って、本当に明るいね。おかげで、一緒にいるあたしまで明るくなれるよ。有難う」
 しかし、真奈の返事は意外なものだった。
「本当のあたしは暗い子よ。家では無口で、家族とは必要最低限のことしか話さないの。というか、両親が喧嘩ばかりしていてつまらないし」
 目を丸くした千恵は返事が出来なかった。真奈はこう続けた。
「でも、学校でまで暗くしてたら楽しいことが何もないじゃない。だから、学校では無理にでもしゃべりまくって明るく振舞うことに決めたの。はじめは大変だったけど、今は慣れたわ」
 信じられなかった千恵は、その日帰宅する真奈を尾行した。友人の視線を意識していない状態の真奈を観察したかったからだ。実際、他の子と一緒に歩いている間はいつもの真奈だったが、1人になった後は足取りが重そうだった。やがて、真奈は小さな公園に入っていってブランコに乗ってゆっくりとこぎ始めた。千恵は、木陰からそっと真奈を見詰めた。千恵は自分の目を疑った。真奈の表情は学校では見たことがないような暗いものだったのだ。思わず、持っていた手提げ袋を取り落としてしまった。どうやらその音で、真奈は千恵の存在に気付いたようだった。やむなく千恵は真奈の前に進み出て、尾行していたことを詫びた。真奈は、全く怒らずに言った。
「いいのよ、そんなこと。むしろ、千恵に正体を見せてスッキリしたわ。自分を偽って生きているのも楽じゃないし」
 それから千恵と真奈の友情はさらに深まったが、中学進学時に真奈は親の転勤のために転校してしまった。
 そして、千恵はいつのまにか真奈と同じ行動をとるようになっていた。
 その方が、学校生活を楽しめると信じていたからだ。
 クラスメートの噂を聞き出したり調べ上げたりしては、周囲に面白く話して聞かせた。
 礼儀として原則的には悪い噂は流さなかったし、脚色することもなかった。
 ほとんど学校全体に情報網を広げていて、情報屋として重宝されていた。
 本人は得意になっていてさらに情報集めに徹していたが、自分自身が“ザ・放送局”と呼ばれていることだけは全く知らないままだった。
 しかし、いざプログラムに巻き込まれてみて自分の本当の評価を知った。
 周囲の者たちは全く自分にかまってくれない。一緒に行動しようと話し掛けても返事もしてもらえない。
 千恵は愕然とした。そして、悟った。
 自分の人気は単なる便利な情報通としてのものに過ぎなくて、自分という人間自身は口が軽くて信用できないという評価をされていたのだ。
 皆に信頼される情報屋であったつもりが、大きな勘違いだったことを思い知らされた。
 結局、誰と相談することも無く体育館を後にすることとなった。
 そうしてみると、自分がクラスの皆に命を狙われているような気がしてきて、この上もない恐怖に囚われた。
 とにかく、無我夢中で近所の森に駆け込んで一息つき、デイパックの中身を確認することとした。
 デイパックには、妙に細長いものが入っているようだった。
 竹刀でも入っているのだろうかと開けて見ると、出てきたものは火縄銃だった。ご丁寧に火打石がセットされている。
 ズッコケアイテムではないが、当たり武器ともいい難い。とにかく火縄銃というのは、雨が降ると使えない上に連射ができないのだから。
 ひとまず、どこかに隠れることにして地図を開いた。目に付いたのがこの神社だった。神社ならば神様が守ってくれるような気もした。
 千恵は神社に向かってゆっくりと歩いた。誰とも出会わなかったのは千恵にとっては幸運だっただろう。
 神社にあと一歩のところまで到達した時、何かを叩くような音が聞こえてきた。音は短い間隔でほぼ規則的に続いた。
 千恵は歩を速めた。見たものは、鳥居に藁人形を打ち付けている本吉美樹の姿だった。
 千恵は慌てて岩の陰に隠れた。藁人形には自分の名前が書かれているような気がしてならなかった。
 結局千恵は、美樹が神社から立ち去るまでずっと気配を殺していた。
 美樹の姿が見えなくなると、藁人形のところへダッシュした。そして、川渕源一の名を確認した千恵は後悔の念に駆られた。美樹に声を掛けて仲間になるべきだったかと。
 が、またすぐに否定した。
 美樹が自分を信用する保証がなかったからだ。いや、信用されないと考えた方がよさそうだった。というのも、校外で五十嵐幸太とデートしていた美樹を尾行していてバレてしまった経験があるからだ。幸太と美樹が交際していたことは、それまで誰も知らなかったので大スクープではあったのだけれど。
 千恵は、拝殿の戸を開けて侵入した。戸を閉めて外から見えない位置に陣取った。その後は、神のご加護を祈りながらずっと震えていたのだった。

 千恵の耳に微かな足音が聞こえてきた。ぶるっと身震いしながらも、千恵はそっと外の様子を窺った。
 神社の参道を慎重な足取りで一歩一歩近づいてくる人影が見えた。月光で相手の顔を確認した千恵は小さな地震のように体が震えるのを制御することは出来なかった。
 それもそのはず、相手は
浅井里江(女子1番)だったのだ。武器は持っていないようだったが。
 半分パニックになりながら、手元の火縄銃を見詰めた。
 今なら、まだ里江は自分を発見してはいない。先制攻撃は可能だ。もちろん、殺人なんかしたくない。しかし、里江に発見されたら間違いなく殺されるだろう。
 だが、火縄銃は1発撃つと次の弾を込めるのに時間がかかる。だから事実上は1発で仕留める必要がある。恐怖で手が震えている自分が、初めて撃つ銃で可能だろうか。
 さらに火打石を使えば、その音で発見されてしまう可能性も高い。
 考えた末、火縄銃の使用を断念した。どう考えても自殺行為のように思えたからだ。むしろ、里江が自分を発見できずに立ち去ってくれることを期待した。
 しかし、それは甘かった。
 里江は賽銭箱の横を通り抜けて真っ直ぐに拝殿に迫ってきていた。中へ入るつもりなのは明白だ。
 早めに本殿まで移動しておくべきだったかとも思ったが、もう遅い。それにこの様子だと、里江は本殿にも平気で入ってくるだろう。
 僅かの時をおいて、里江はゆっくりと土足で拝殿に入ってきた。
 その瞬間、千恵は自分の大失策を自覚した。
 そう、拝殿の外に靴を脱いでいたのだ。これでは女子1人が立て篭もっているのを教えているようなものだ。
 もはや、隠れる場所も無い。全く無意味なのだが火縄銃を里江に向けた。怖がって逃げてくれれば儲けものだが、正直に言って期待はしていない。
 ところが、千恵を見つけた里江は安堵の表情をした。
「千恵だったの。よかった。罠かと思ってヒヤヒヤしたの」
 里江が襲い掛かってくると予想していた千恵は拍子抜けした。
 しかし、罠とは? 千恵は考えた。なるほど。
 殺した女子の靴または仲間の1人の女子の靴を囮として置いておき、不用意に拝殿内に入れば複数の屈強の男子が待ち構えているというパターンだ。
 そこまで考えている里江の冷静さに恐れを抱きながらも言った。どうしても、声が震える。
「浅井さん、何か用? ここには、あたし1人だよ。できれば、あたしは1人でいたいんだけど・・・」
 里江は微笑みながら答えた。千恵の質問とは、無関係な返答だった。
「こんなところに入り込んでるなんて、神様に守ってもらおうとでも思ったの?」
 千恵は、全身を引き攣らせながらも頷いた。
「こんなところに勝手に入ったら、むしろ罰が当たると思うんだけどね。あたしのように神仏を畏れない性格なら問題ないけど。で、あたしは千恵に用事があって捜してたの。会えてよかった」
 意外な言葉に、千恵は思わず銃口を下げた。
 以前に千恵は、里江が対決することになった山之江西中の不良少女たちの情報を事前に調べ上げて里江に教えたことがある。
 A子は左のパンチが強いとか、B子は回し蹴りが得意だとか、はたまたC子は右の肋骨に古傷があるとか。
 おかげで里江は、3人の相手を1人であっけなく倒してしまった。同伴していた
豊浜ほのか(女子14番)が全く手を出す必要が無いほどだった。少し離れたところで隠れて見ていた千恵も呆気にとられるしかない強さだった。
 里江は、その恩を忘れていないのかもしれない。不良は意外に義理堅いものだ。でも、恐怖心は拭えない。どもりながら答えた。
「あ、あたしに用って?」
 里江は、にこやかに言った。
「千恵を情報屋と見込んでのお願いなの。ほのかの居所を教えてくれないかしら」
 ほのか
を捜しているようだった。千恵は返事をしなかったが、里江はさらに言葉をつなげた。
「あたしね、ほのかだけはどうしてもこの手で殺したいの。あたしを裏切ったから。さ、教えて。教えてくれれば、ご希望どおり立ち去るけど」
 震えの止まらない千恵は、俯きながらかろうじて答えた。
「御免なさい。その情報はないの」
 嘘でもよいから教えるべきだったのだが、もう千恵にその余裕はなかった。もっとも嘘を教えても、その場所まで強制的に同伴させられたかも知れないが。
 里江の表情が急に冷酷なものに変わった。
「役立たずの情報屋さんね。こういう時に役に立たなきゃ意味がないじゃない。これで、あんたは用済み。でも、あたしはあの時の恩は忘れていないわよ。だから苦しまないように、一発で逝かせてあげるわ」
 千恵が顔を上げると、いつのまにか里江は拳銃を握っていて銃口はピタリと自分の額に向けられていた。
 そしてその光景が、千恵がこの世で得た最後の情報だった。
 銃声とともに、“ザ・放送局”と呼ばれていた矢山千恵はあっけなく物言わぬ塊と化した。
 山之江東中を代表する情報屋としての名声(迷声?)だけは、他のクラスの生徒や後輩達によってなおもしばらく語り継がれたのだったが。
 

女子19番 矢山千恵 
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