BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
45
日付が変わった。
と、同時に耳障りな川渕の放送が始まった。
しかしどれほど耳障りでも、どれほどいまいましく思ってもこの放送は大事な情報だ。聞き逃すわけにはいかない。
苦虫を噛み潰した表情の川越あゆみ(女子6番)は放送に耳を傾けた。
新たに鬼籍に入ったのは、男子19番 森山文規、女子17番 本吉美樹、女子11番 塩沢冴子、女子19番 矢山千恵の4人だった。
文規に関しては、禁止エリアにかかったとの注釈がついていた。
極めて不謹慎だとは思いながらも、あゆみは恋人の吉村克明(男子20番)の名前が無かったことに胸を撫で下ろさずにはいられなかった。
だが出発からわずか丸一日でクラスメートは半分に減ってしまった。何ということだ。
あゆみは胸を痛めながらも、政府に対する憎悪の念を燃やした。
といっても、自分1人では何も出来そうにない。とにかく克明に会わねば何も始まらないのだった。佐々木はる奈(女子10番)や遠山奈津美(女子13番)にも会いたいのだが、まずは克明だ。
続いて禁止エリアが告げられた。
午前1時からJ=2、午前3時からC=8、午前5時からD=2だった。
J=2は南西の有刺鉄線付近、C=8は北東の集落の東側、D=2は西の海岸付近だ。
落ち着いて、地図にメモをした。
あゆみの現在地はE=3の叢なので、とりあえずは無関係だった。
銃も持っているし、精神力・身体能力ともに女子ではかなり上位だ。
慎重さを欠いてはならないが、とにかく克明を捜しつづけることとした。
中学に進学したあゆみは、テニス部に入部した。
小学生の時からテニスが得意だったあゆみには、他の1年生部員など相手にならなかった。先輩たちにも大きく勝ち越して、1年の夏から団体戦の選手になっていた。男子部員とも互角に近い腕前だった。
2年生になった時、克明が転校してきて入部した。クラスもあゆみと一緒になった。
ハンサムな克明に心をときめかせたあゆみだったが、克明のテニスを見て眼を瞠った。他の部員も同様だったが。
自分たちとは次元の違う強さだった。あゆみも手合わせしてみたが、全てラヴゲームで片付けられてしまった。
それでも、全く驕るところのない克明にあゆみは夢中になった。他の男子が全く目に入らないほどだった。
それまではテニスがあゆみの恋人で、既に何人かに告白されているのに全く動じたことがなかったのだが。
グラマーで可愛い丸顔のあゆみに好かれた克明もすぐにその気になった。
どちらが告白したということもなく、ごく自然に2人の交際は始まった。
カップルになると孤立してしまいやすいものだが、賢い2人は同性の友人との付き合いを決しておろそかにはしなかった。
校内では殆ど接触せず、部活終了後や休日に校外で会っていた。
隠すつもりは無く、すぐにクラス中に知れ渡ったが、友人たちも似合いのカップルとして祝福の目で見ていた。
克明に引っ張られるように、あゆみのテニスはめきめきと上達した。将来、2人でペアを組んで混合ダブルスの試合に出るのがあゆみの夢になった。
そして、修学旅行。
気を利かせた友人たちの計らいで、初めての2人きりの夜を過ごすことが出来た。
最高の修学旅行になるはずだった。
幸せの絶頂にあったあゆみだったが、プログラムの開始を告げられると崖下に突き落とされたような気分になった。
だが、克明にしっかり手を握られてかなり落ち着いた。
そう、克明と一緒なら何でも出来る。どんな試練にも耐えてみせる。
問題は、2人の出席番号が遠く離れていることだった。しかも、あゆみの方が先に出発しなければならない。
地理勘のない場所での待ち合わせだ。遠方では難しそうだ。
結局、体育館から壁に直交する方向に真っ直ぐ向かい、行き当たった森に隠れて克明を待つこととした。
それまでに信用できそうな人物が現れれば、どんどん仲間にすることとして、危険そうな人物は隠れてやり過ごすことで同意した。
出発したあゆみは、予定通りに森へ飛び込んでデイパックを開いた。出てきたのは、ブローニングハイパワー9mmという銃だった。
これでどうやら、克明が来るまでに殺されるのではないかという不安は薄らいだようだった。
しかし、この安心感は長続きしなかった。
かなり近い位置で何かが弾けるような音がした。続いてもう一度。
その方向を目を凝らして見ると、女生徒らしい影が倒れるところだった。
ということは、今のは銃声だ。次にはあたしが撃たれるかも知れない。
撃った者の姿は見えなかったが、あゆみは一瞬冷静さを失ってしまった。
もちろん、克明との待ち合わせは大事だ。しかし、その前に殺されては意味が無い。あゆみはそう判断して逃げ出したのだった。
ただし、発見されないようにゆっくりとだが。
しばらく逃げた後、誰も追ってこないことを確認して足を止めた。
待ち合わせ場所に戻ろうかと考えたが、先刻の殺人者がずっとその場に留まっている可能性は否定できない。
克明が自分を捜してウロウロすれば危険なのだが、自分が戻る方がより危険度が高いと判断した。
克明の運動神経ならば、少々の者に襲われても何とかなるだろうと信じることにした。暗闇からの銃撃は相当手ごわいけれど。
結果論的に言えば、木原涼子を射殺した城川亮はすぐに立ち去っていたので、この心配は杞憂だったのだが。
熟考したあゆみは主に半島の西側を行動することとした。市街地から離れた西側の方が、やる気の者に遭う確率が低いと考えたのだ。
そして、自分の性格を熟知している克明は、きっと西側で自分を探すであろうと期待した。
セーラー服では動きにくいと考え、体操服に着替えた。
慎重な移動を続けて少し疲れたあゆみは、偶然見つけた洞窟で休息しようとしたが、そこで藤井清吾に襲撃されてしまった。
やっとのことで清吾を撃退し、あゆみはしばらく叢で休憩していたというわけだった。
それにしても先刻は危なかった。
もし清吾が自分を陵辱しようとせずに殺害することに専念していたら、おそらく自分は生きてはいられなかっただろう。
実際、銃を取り落とした瞬間には半分覚悟していた。
だが清吾は別の行動をしてきた。清吾に半裸を見られてしまったのは大変な屈辱だが、生き延びれたことには満足するほかは無い。
もっと、行動を慎重にしなくてはならない。
四方八方に目を配りながら、あゆみはゆっくりと進んだ。
目の前に体育館から西の海岸に続く太い道が見えてきた。工事中だったのか舗装されていなかったが。
? あれは・・・
道の真中に人のような物が倒れている。死体だろうか。
そっと近寄ったが、あいにく月が雲に隠れていて非常に暗い。ただ、セーラー服姿であることは明らかだ。残念なことにうつ伏せで顔は見えない。
こんな人目につくところで眠る者はいないだろう。ましてや女子なのだし。
死んでいるか気絶しているか眠ったふりをしているかのいずれかだ。
ただこのゲームのルールを考えると、気絶させたまま放置することは考えにくい。
ゲームに乗っていない者を襲って、逆に当身を食わされた場合程度だろう。
少し考えたあゆみは道端の小石を拾って、倒れている女子に投げつけた。命中したが、女子は微動だにしなかった。
あゆみは少し安心してさらに接近した。セーラー服の背中にかなりの赤黒いものが滲んでいる。どうやら殺されているようだ。
しかし、これは誰だろう。比較的長身でショートカット。該当するのは・・・
伊佐治美湖にしては太っている。永田弥生はもう少し髪が長い。浅井里江なら似ているが、まだ死んではいないはずだ。顔を確認しなければ・・・
首を傾げながらさらに一歩前進したところで、雲の陰から月が顔を出した。急にかなりの明るさとなって、あゆみは3つの不審な点に気がついて息を呑んだ。
第一に道路に血がついていないのがおかしい。
第二にスカートが短すぎる。太腿のかなり上のほうまで露になっている。
第三にその太腿が妙に毛深い。
そうだ、こいつは男だ。女子の死体からセーラー服を剥ぎ取って着ているのだ。ならば、もちろん死んではいない。
あゆみがそれを理解すると同時に、女装した男子が跳ね起きた。持っていた包丁のようなものを真っ直ぐあゆみの胸めがけて突き出した。
しかし、先ほどの教訓を生かしたあゆみはいつでも戦闘態勢に入れるように行動していた。
素早く飛びのくと、足下の砂利を拾って投げつけた。
男子は横を向いて砂利を避けながら怒鳴った。
「この野郎。何しやがる。さっきの石も凄く痛かったし。耐えるの大変だったんだぞ」
あゆみは怒鳴り返した。
「それはこっちのセリフよ。死んだ子のセーラー服を着て死んだふりなんて、何考えてるのよ。最低だわ」
男子が向き直った。それでようやく、男子が黒野紀広(男子6番)だと判った。
わがままで自分勝手な男。目的のためには手段を選びそうに無い男。なるほど、この男ならやりそうなことだ。
紀広は言った。
「先刻、本吉の死体を見つけてな。血だらけだったんで丁度いいと思って奪ったんだ。小さくて着るのが大変だったけど、いい作戦だろう」
あゆみは半歩ずつ後ずさりしながら答えた。
「何がいい作戦よ。美樹に対する冒涜、許せない。それにね、作戦としても失格よ。もし、あたしがゲームに乗っていたらどうなったと思うのよ。さっきの小石は銃弾だったはずよ。馬鹿馬鹿しいの一言だわ」
痛いところを突かれた紀広は、少し間を置いて答えた。
「た、確かに。だが、とにかく勝てばいいのさ。そしてこの場合、勝つのは俺だ!」
言うと同時に包丁を振りかざして突撃してきたが、それまでにあゆみは充分な間合いを取っていた。銃を抜いて構えた。
途端に紀広は急ブレーキをかけて回れ右をすると、ひっと叫んで一目散に逃げ出した。
瞬く間に紀広の姿は夜の闇に吸い込まれて消えた。
まだまだ、あたしは甘いな。黒野君が銃を持ってたら危なかったかもしれない。
ピンチを脱してもあゆみの心が晴れることはなかった。
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