BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
46
有刺鉄線に近いエリアJ=8は、広大な緑地公園になっていた。
普段は市街地の人々の憩いの場になっているのだろうが、今は暗くて薄気味悪い。
登内陽介(男子9番)は足を止めて低木の陰に身を隠した。
前方の豊浜ほのか(女子14番)と真砂彩香(女子16番)が目的の物を見つけて立ち止まったからだ。
先刻ほのかに追い払われた陽介は、一旦その場を離れてから考えた。
恋人の久保田智子をあっさり死なせてしまったことに対する後悔の念は決して消えることはない。
あの時は成す術がないと思ってしまったが、よく考えたらほのかに言われたとおりで、一旦智子を気絶させればよかったのだ。
意識のない智子を担いで、時間内に禁止エリアから脱出できたかどうかが少々問題ではあったが、自分と恋人の命が懸かっていると思えば何とかなったはずだった。
でも、いくら悔やんでも智子は帰ってこない。
こうなったら、智子に恥ずかしくない死に場所を探すのみだ。絶対に優勝するわけにはいかない。
だが、自殺や犬死はゴメンだ。ゲームに乗っている者と堂々と戦って討ち死にしようと考えた。
が、それまではどう行動しようか。とくに思いつくアテはない。いつも智子と一緒だった陽介は、1人になると考えがまとまらないのだった。
その時ふと、友人だった大槻貴之の想い人である彩香の運命が気になった。
他に何も思いつかなかった陽介は、しばらく彩香を観察することとした。
気配を殺しながら戻り、2人の姿が見えるところに潜んだ。ほのかが一瞬こちらを睨んだ。
ち、豊浜の奴、本当に隙が無い。
だが、ほのかは特に行動を起こさなかった。これ以上近寄らなければ、黙認してくれるつもりのようだ。
目的の彩香には気付かれていないようなので、陽介はしばらくここに陣取ることとした。ほのかも、あえて彩香には陽介の存在を知らせないつもりのようだ。
このエリアI=7は、午後5時から禁止エリアだった。ほのかと彩香は隣のI=8に移動して民家に入った。付いていった陽介は民家の壁に張り付いて、2人の声が聞こえる場所を探して居座った。会話を盗み聞きした陽介は、貴之と彩香が両想いだったことを知って唖然とした。告白する勇気があれば貴之の恋はおそらく実っていたのだ。幸せだった自分と比べて貴之が気の毒になった。もっとも2人が交際していれば、先刻のヘリコプターで長内章仁の代わりに彩香が散っていたかも知れなかったが。
やがて、彩香は墜落したヘリを探したいと提案したようだった。
それに対してほのかは、不用意に動くのは危険である旨を告げて思いとどまらせようとしていた。
だが彩香は諦めなかった。何度も何度もほのかに懇願していた。
ついにほのかも折れたようだったが、実行するのは深夜だという条件を付けていた。
そして深夜になり、民家を抜け出したほのかと彩香はエリアJ=8を捜索し始めた。陽介は正直なところヘリの残骸など見たくない気分だったが、ここまできたら徹底的に2人に付いて行くことにしたのだった。
残骸は比較的広い範囲に散らばっているようだった。空中爆発したのだから当然だろう。
一部の低木などが燃えた痕があり、焦げ臭さも残存していた。一つ間違えば、大規模な火災になっていたかもしれない。
彩香はほのかの背後に隠れながらも、気丈に残骸をチェックしていた。
そして、ついに目的の物、つまり貴之の亡骸を見つけたようだ。
彩香は前に進み出てしばらく屍を見詰めていたが、突如思いついたようにしゃがんで何かをまさぐり始めた。
やがて彩香は封筒らしきものを拾い上げ、中から便箋のようなものを取り出した。どうやら貴之が書いたラブレターを見つけたようだ。燃えていなかったのは、幸運だったと言えるだろう。
ほのかは彩香に二言三言囁くと、左の林の中へ姿を消した。貴之のラブレターを読む彩香に気を遣って、一時的に離れたと思われた。
陽介はそのまま、しゃがんでいる彩香の背中を見詰めつづけた。小柄な体が僅かに震えている。泣いているのだろうか。陽介も貰い泣きしそうな気分だった。
その時、右の茂みの中から1人の男子生徒が現れた。男子は、ゆっくりと彩香に接近した。
月明かりで必死にラブレターを読んでいる彩香は全く気付かないようだ。陽介は緊張しながらも男子の動きを見張った。
男子は突如ダッシュをかけた。はっとした彩香が振り向くと同時に、男子は手に持った紐のようなものを彩香に叩きつけた。彩香は悲鳴も上げなかった。
あれは、鞭か? 彩香が危ない。
思うよりも先に、体が動いていた。2人に向かって全力で走った。
男子はさらに鞭を振り下ろした。2度3度と。彩香の体がそのまま横倒しになって動かなくなった。気絶してしまったのだろう。
男子は、鞭を投げ出して懐から光を反射するものを取り出した。どうみても刃物だ。それを振りかぶって、彩香の背中に突き刺そうとした。
陽介は無意識のうちに頭から飛び込んだ。同時に背中に激痛が走る。顔を歪めながらも振り向いて男子を見上げた。
相手は、藤井清吾(男子14番)だった。
「登内か。邪魔しやがって。自分の女も守れなかった奴が、他の女を守ろうなんてお笑いぐさだぜ。まぁいい、お前から先に始末してやる」
清吾はまくし立てながら、再度刃物を振り上げた。
かわそうと思えば可能だったが、かわせば彩香が刺し貫かれる結果となる。
先ほどを上回る衝撃と痛みが陽介を襲った。が、今度は予定の行動だ。
刃物を抜く暇を与えずに立ち上がり、清吾に殴りかかろうとした。
しかし、傷は想像以上のようだった。立つのがやっとで、足が進まない。目もかすんできた。
「そんな死に掛けの体で俺に反撃する気か? 無駄だ、無駄だ。さっさとくたばれ」
言葉と同時に清吾の方から殴りかかってきた。とてもかわせそうにない。一瞬、目を閉じた。
何かが叩きつけられるような音がしたが、自分には何の衝撃も来なかった。
おそるおそる目を開くと清吾が蹲っていた。その背後に、鞭を持ったほのかの姿があった。
異変を察知して戻ってきたほのかが、鞭を拾って清吾に振り下ろしたようだ。
これで大丈夫。
と思った途端に全身の力が抜けて、陽介はうつぶせに倒れてしまったが何とか目だけは開いていられた。
立ち上がった清吾が、陽介の背中から刃物を抜き取りほのかに突進した。
馬鹿が。お前なんかが豊浜に勝てるものか。
結果はその通りで、ほのかの鞭は正確に清吾の刃物を弾き飛ばした。
だが清吾はそのまま素手でほのかにつかみ掛かった。
あのおたくの清吾にこんな闘志があるなんて予想もつかなかった。やはり、プログラムは恐ろしい。もし、ほのかが清吾をナメていたら危ないかも。
と思ったが杞憂だった。
ほのかは素早く鞭を投げ捨てると、代わりに刃物を抜き出して突っ込んでくる清吾の左胸を一突きした。
鮮血が噴き出して、ほのかの顔にまで飛び散った。見事に心臓を貫いたようだ。
清吾はその場に崩れ落ちて、少し痙攣した後に動かなくなった。地面に血の海が出来かけていた。
ホッとした陽介は自分の意識が遠のいていくのを感じた。考えてみれば、自分も清吾に負けないほど出血している。でも、どうやらこれで智子のところへ行けそうだ。
「登内君」
自分を呼ぶ声がして、陽介は少し現実世界に引き戻された。頑張って目を見開くと彩香の顔が見えた。どうやら完全に気絶していたわけではなく、状況の把握は出来ているようだった。
「登内君。どうして? どうして、あたしを庇ったの?」
陽介は、やっとのことで答えた。もはや、声を出すのも難儀だった。
「わから・ない。体・が勝手に動い・たんだ。でも、貴之の・好きだった・子を守・れてよかった。これ・で、胸を張って智・子のところにいけそ・うだ」
ほのかの声がした。
「見直したよ、あんた。あんたがいなければ、あたしは彩香を守れなかった。これで智子も許してくれるさ」
陽介の手を彩香が握った。陽介はかろうじて彩香の顔を見た。涙でぐしゃぐしゃになっていた。何か言おうとしたが、声が出ないようだ。
陽介はそのまま冥界への旅路についた。
しばらくの間、周囲には彩香のすすり泣きの声だけが聞こえていた。
男子9番 登内陽介 没
男子14番 藤井清吾 没
<残り19人>