BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


48

 和栗怜花(女子21番)は目を覚ました。
 ここは海岸から少し離れた松林で、エリアで言えばG=9だった。
 怜花は、そこのひときわ太い松の幹にもたれかかって仮眠していたのだった。
 時計を見ると午前4時。3時間ほど眠ったようだった。
 怜花は立ち上がると、少し離れた松にもたれて立っている
石本竜太郎(男子1番)の所まで歩いた。
 竜太郎は神経質に周囲を警戒している様子だったが、怜花の姿を見ると小声で言った。
「お目覚めかい。もう少し寝ててもいいよ」
 怜花は首を横に振って答えた。
「もうあたしは充分よ。今度はあたしが見張るから、石本君が休んで頂戴」
 竜太郎は怜花と視線を合わせずに言った。
「いや、俺はいい」
 怜花は俯いた。
 竜太郎の真意はわかっている。
 自分を見張りにして眠るのは不安なのだ。
 無論、自分が寝首をかくかもしれないと思っているのではなく、単に見張りとして頼りないと思われているのだ。
 でも、目や耳が悪いわけじゃない。居眠りせずに神経を集中していれば、自分でも充分役立つはずだ。戦闘は出来ないけど。
 少し考えてから言った。
「しっかり見張るから信じてよ。何か感じたらすぐに起こすから。あたしは守ってもらうことしか出来ないと思ってるのでしょうけど、少しは役に立ちたいの」
 竜太郎は相変らず目をそらしたまま答えた。
「そういうわけじゃない。別に眠らなくても平気なだけだよ」
 方便であることは明白だった。怜花は、さらに考えながら言葉を発した。
「これは、石本君のためだけでなくあたしのためでもあるの」
 竜太郎は怪訝そうな表情をした。怜花はかまわずに続けた。
「もし戦いになった時に石本君が寝不足で後れをとったりしたら、あたしも死ぬことになるんだもの」
 竜太郎はじっと考えているようだったが、ようやく怜花と視線を合わせた。
「わかった。そこまで言うのならお言葉に甘えよう。ただし、6時の放送の前には起こして欲しい。それから、人の姿を見たら起こすんだよ。たとえ、信用できそうな奴だったとしても」
 怜花は大きく頷いた。やっと竜太郎の役に立てるという喜びがこみ上げてきた。
 竜太郎は何とも思っていないだろうが、怜花の心の中の竜太郎への信頼感は着実に恋愛感情へと移行しつつあったからだ。
 一緒に生還できたら告白する決意も出来ていた。
 竜太郎がそっと腰をおろし怜花が四方に視線を配ろうとした時、怜花の耳にコンクリートを砕くような連続音が聞こえ、同時に左肩と右太腿に激痛が走った。
 途端に竜太郎が低い姿勢のまま、怜花を思い切り突き飛ばした。
 吹っ飛んだ怜花は、自分がもたれていた松の幹が無数の銃弾で抉られているのを見た。竜太郎が突き飛ばしてくれなかったら、あの銃弾は自分の体を抉っていただろう。
 怜花は恐怖とともに反省した。反射神経の鈍い自分が見張りをするのは、やはり役不足だったのだ。竜太郎が眠った後だったら、2人とも昇天することになっただろう。
 自分に当たった2発の銃弾は幸いにも急所を外しているので、何とか動けそうだったが、不用意に立ち上がらないほうがいいことだけは直感的に理解できた。
 竜太郎が匍匐前進しながら、怜花のそばまで来た。何かの包みと折りたたまれたメモ用紙を怜花に手渡しながら言った。
「相手はマシンガンを持った強敵だ。少し離れて隠れててくれ。もし、俺が負けそうだったら、かまわずに逃げるんだ。そしてこれは、俺に支給された武器と大事な連絡事項のメモだ。中上か松崎に会えたら渡して欲しい。でも、それ以外の奴には死んでも渡さないで欲しいんだ。それに、君自身もこの中身を見てはいけない。解ったかい?」
 ここは、竜太郎に従うほかはない。怜花は頷くと、這うような姿勢で少し離れた木の陰に移動した。
 竜太郎は怜花とは反対方向の木の陰に向かって行った。
 その間も、断続的に銃声は続いた。次々と地面が抉れ、草がはじけとび、小枝が折れた。
 竜太郎が身を隠したまま、Cz・M75を握った右腕だけを出して反撃するのが微かに見えた。
 単発の銃声の後で、すぐにマシンガンの連射の音が聞こえる。どう考えても、竜太郎が不利だろう。
 何とか竜太郎を援護したいと思っても、自分には手段がない。下手に出て行けば、犬死する結果になるのは明白だ。
 飛び出したい気持ちを抑えながらも、竜太郎の健闘と無事を祈るほかはなかった。
 そう思ううちにも、マシンガンの音は徐々に大きくなってきた。撃ちながら近づいてきているのだろう。
 そして、見えた。学ランを着た人物が木の陰を渡り歩きながら竜太郎に接近していくのが。拳銃で反撃しても牽制程度にしかならないようだ。
 人物の横顔が月に照らし出された。
 
松尾康之(男子15番)だった。表情の乏しい不気味な転校生はゲームに乗ってしまったようだ。
 怜花はただ息を潜めている他はなかった。竜太郎の声がした。
「逃げろ、逃げてくれ。もう無理だ」
 怜花は逡巡した。
 竜太郎を見殺しにして逃げ出すことなど出来ない。
 だが、自分に何が出来るというのか。
 再び、竜太郎の悲痛な叫び声が耳に響いた。
「頼むから逃げてくれ。中上か松崎に必ずそれを渡してくれ。お願いだ」
 それでも、怜花は決断できなかった。
 第一、竜太郎に返事をすることも出来ない。
 現在の康之の位置は竜太郎よりもむしろ自分に近い。だから声を出せば発見されてしまう可能性が高い。発見されれば、竜太郎ほど機敏に動けない自分は確実に仕留められてしまうだろう。
 怜花に1つのアイデアが浮かんだ。
 自分が飛び出して囮になれば、竜太郎は逃げられるかもしれない。もちろん、間違いなく自分の命はなくなってしまうが。
 それを実行しようかと思ったとき、三度竜太郎が声を掛けた。むしろ、怒鳴りつけたと言った方が正しかった。
「まだ、わかってくれないのか。俺はそんな分からず屋を仲間にした覚えはない。俺は君に大事な役割を託したんだ。生きるのが君の義務だ。それが、分らないならさっさとくたばっちまえ」
 怜花の目に涙が滲み始めた。最後の最後に竜太郎は自分に仕事を与えてくれたのだ。それに応えなければ、申し訳が立たない。
 突如、康之がダッシュをかけた。ついに、竜太郎の位置を把握したのだろう。三度も大声を出せば当然の結果だったが。
 単発の銃声がしたが、運悪く康之の鉄兜に命中したらしく火花が散っただけでダメージはなさそうだった。
 竜太郎が立ち上がって全力で走りながら反撃をしようとしているのが見えた。が、今度は康之の側の枝が折れただけだった。
 康之が走りながらマシンガンを乱射するのが見えた。閃光の中、全力で遠ざかろうとしていた竜太郎の体が吹っ飛ぶのが見えた。
 怜花は思わず顔を両手で覆った。もう、見てはいられない。
 さらにマシンガンの音がした。勇気を出して、そっと見てみた。倒れている竜太郎は、もはやピクリとも動かなかった。すぐ側まで辿りついた康之が、さらにとどめの乱射をしているのが見えた。
 頭の中で、先刻の竜太郎の怒鳴り声が渦巻いた。
 そうだ。あたしは石本君に信頼されて、仕事を貰ったんだ。ここは、絶対に逃げ延びなければならない。
 ふと見ると、康之の位置はかなり遠い。
 怜花は悟った。
 竜太郎が最後に全力で走ったのは、少しでも怜花と康之を遠ざけるためだったのだ。その遺志を大事にしなければ。
 傷はかなり痛むし出血も多いが、怜花は気配を殺しながらゆっくりと逃げ去った。
 Cz・M75を奪った康之が立ち去った後には、全身穴だらけの竜太郎の遺体が静かに横たわっていた。
 このようにして最初から脱出方法を持っていた唯一の人物、石本竜太郎はその知識を誰にも伝えることなく三途の川を渡った。

  
男子1番 石本竜太郎 没
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第3部 中盤戦 了


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