BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
第4部
終盤戦
49
中上勇一(男子11番)はエリアE=10の海岸に立って、海を見詰めながら考え込んでいた。
もちろん、後方への注意を怠ることはなかったが。
勇一は誰にも聞こえないような声で海に向かって一言呟いた。
「姉さん・・・」
勇一には7歳離れた姉がいた。
厳密には過去形ではないのだが、限りなく過去形に近かった。
姉の名は中川典子という。
そう、1997年香川県で行われたプログラムの脱走者だ。
勇一にとっては、前日の夜に修学旅行の準備をしている姉の姿を見たのが最後だった。
プログラム終了後に1度だけ両親が電話で話したので、その時点で生存していたことだけは確実だった。
海外逃亡を企てているような話だったが、その後の消息は全く不明だった。
しかし、その後両親と勇一には地獄の日々が待っていた。
自宅には24時間ずっと警察が張り込んでいたし、父の通勤や母の買い物の際も常に尾行されていた。
そして、小学2年の勇一の通学さえ尾行つきであり、友人は誰も遊んでくれなくなった。
また、死んだクラスメートの家族などから脅迫や嫌がらせの電話がひっきりなしだった。
郵便で汚物が送られてくることもあった。
勇一を誘拐して殺してやるという電話がかかったこともあったが、この場合は警察にマークされていることが却って幸いしていた。
実際、警察の張り込みがなかったら、中川家は窓への投石や塀への落書きを免れることは出来なかっただろう。
しかし、典子からは何の連絡もなく警察も無駄骨が続いていた。
両親も勇一も憔悴していた。典子が無事に国外脱出出来たかどうかさえ不明だった上に、毎日張り込まれるストレスは甚大だった。
なにしろ、間違いないのは典子の死亡が確認されてはいないということだけだった。
だが、1年も経つと嫌がらせ電話などはめっきり減り、やがて無くなった。
そして警察の方も段々諦めムードになって、深夜の張り込みをしない日も出てきた。
両親はこの時を待っていた。
このために現金で受け取って貯めていた給料とわずかの貴重品や日用品だけを持って夜逃げを敢行したのだった。
鬘や付け髭などで変装した3人は、隣県である愛媛県の山之江市にやってきた。
山之江市を選んだのは、父の旧友がここの市役所で戸籍係をしているからだった。
旧友はうまく戸籍を改ざんして、「中上」という偽名で登録し住民票を発行してくれた。
両親は名前の方も変更していた。
アパートで生活を始めた3人のもとに、風貌が似ているという情報を得た警察がやってきたが、別名の住民票を見せられてすごすごと引き下がっていった。
父もどうにか就職し、中川家改め中上家は比較的平和に生活できるようになった。
暗い子になりかけていた勇一も、近所に住む快活な遠山奈津美(女子13番)と意気投合して親しくなり、明るさを取り戻していった。
その後、何事も無く成長した勇一が中学2年だった3月のある日の深夜、中上家に1人の少女が訪問してきた。
応対に出た母に少女はこう告げた。
「私は、この国にあるアメリカの秘密結社の職員です。中川典子さんのご家族ですよね。随分調べてやっと見つけることが出来ました」
母は、警察の回し者だと解釈して否定した。
少女はカバンから分厚い手紙と一枚の写真を取り出すと、黙って母に渡した。
手紙の宛名は両親と勇一になっていて、紛れも無く典子の筆跡だった。
母は、警察の者が筆跡を真似ているのではないかと疑ったが、手紙の中を読むと典子本人でなければ知るはずが無い情報が含まれており、信用するほかはなかった。
続いて母は写真を見た。若いカップルが映っている。背景は農場のようだ。
そして、女性の方は少し雰囲気が変わっているものの母が見間違うはずも無く成長した典子であった。
そして、写真の裏にも典子の署名が入っていた。
少女は語った。
「典子さんは、現在アメリカの農場で元気に暮らしておられます。ちなみに、男性の方は一緒に逃亡した七原秋也さんです。そして・・・」
最後まで聞かずに、狂喜した母は寝ている父と勇一を起こしにいった。
父と勇一も喜びと驚きと訝しさに満ちた表情で玄関に出てきたが、写真を見て満面の笑顔となった。
隣の住民が起きるとまずいので、歓声をあげることはできなかったが。
ちなみに、写真の男性も指名手配写真の七原秋也の面影があった。
少女が続けた。
「亡命した典子さんたちは、この6年余りの間、ずっとこの農場で働いていたのです。そして典子さんは、私たちの組織の存在を知ってこの手紙と写真をロサンゼルスの本部に持ち込まれたのです。私どもは大東亜支部に届けられたこの品々をお届けしようと、この半年の間というもの皆様の行方を必死で調査いたしました。その結果、昨日ここが判明致しまして、安全のため深夜に参りました。無事にお届けできたことは、典子さんに伝わるようにしておきます」
「本当に有難う御座いました。私たちも元気だとお伝えください」
3人は深く頭を下げた。
少女は微笑みながら言った。
「それでは、これで失礼します。ご挨拶が遅れましたが私、大河内志乃と申します。この国の国民でありながら米帝に魂を売っております。もし皆様の身に危険が迫るようなことがあって、アメリカへの亡命をご希望される場合は遠慮なくお申し出ください。手引きいたしますので」
志乃は連絡先を記したメモを残して姿を消した。
3人は徹夜で典子の手紙を読んだ。
出発前に負傷したこと。七原秋也が守ってくれたこと。川田章吾という転校生が仲間になったこと。川田章吾がもと優勝者だったこと。桐山和雄という男子に襲撃されて、一旦七原秋也と離れてしまったこと。負傷した七原秋也と再会したこと。桐山和雄と決戦になり殺してしまったこと。川田章吾が自分たちを殺す芝居をして首輪を外したこと。船の中で担当官たちを倒したが、川田章吾は死んでしまったこと。
などなど、プログラム中の典子の体験が細かく綴られていた。
さらに、亡命後の生活についても記されていて、元気なので心配しないようにと結ばれていた。
そしてさらに一行、“勇一ももうすぐ中3だから気をつけてね”と書かれていた。
典子の無事が確認できただけで3人は満足だった。典子にせよ七原秋也にせよ、決してクラスメートを殺しまくって生存したのではないことも判って、ホッとした。
ただ、勇一は最後の一行が気になって、何度も手紙の中のプログラムに関連する部分だけを読み返して殆ど暗記してしまった。
そして、嫌な予感は見事に的中してしまったのだった。
レストランで眠気に襲われた段階で、これがプログラムであることを察知してできるだけ大勢で脱出する決意をした。
だが、川渕は生徒を扇動するのが上手だった。周囲の多くのものが殺気を漂わせはじめたため、ひとまず仲間だけで集まることにしたが、河野猛と遠山奈津紀は集合前に散ってしまった。
とにかく奈津美を守りながらさらに仲間を探したかったのだが、不覚にも松尾康之(男子15番)の襲撃を受けてしまった。
一瞬手を引くのが遅れたため斜面を転落した奈津美を救助しようとしたが、康之は近くまで迫っていた。
茂みの中で微かに動く奈津美の姿が見え、死んだり気絶したりしていないことが確認できたが、負傷していることは確実でマシンガンを持った康之に発見されたらひとたまりも無いと思われた。
勇一は心を鬼にして、一旦奈津美と離れることにした。その方が奈津美の生存確率が高いと判断したからだった。
ベレッタで牽制しながら、康之を奈津美から引き離した。脚力には自信があり、康之を振り切ることは簡単だったが、しばらくは康之と同じ速さで走った。
あまり早く振り切ると、康之は逆戻りして奈津美を捜しに行くかもしれなかったからだ。その分、自分の危険度は少しアップするのだが。
充分離れたと考えられた時点で、勇一は一気にスパートして逃げ切った。
しかし、禁止エリアの発動時間が迫っていたので、もはや奈津美を救助に向かうことは不可能だった。自力で脱出していることを祈るばかりだった。だから、先刻の放送は冷や汗たっぷりで聞いていたのだが、どうやらセーフだったようだ。
ひと安心して、奈津美や石本竜太郎、松崎稔(男子16番)などを捜すこととし、この海岸に辿り着いたのだった。
勇一は、今後の策を考えた。
亡命手段は持っている。会場からの脱出さえできれば、あとは大丈夫だ。だが・・・
そう、さすがの典子も首輪の外し方は知らなかったようだ。川田章吾に手際よく外してもらったに過ぎないのだから。
七原秋也の首輪を外した時の川田章吾の手さばきについては手紙に書かれていたが、この程度では役に立たない。
首輪外しは、100%の自信がなければ自殺行為になりかねないのだ。
結局勇一は、首輪に関しては盗聴されていることを知っているのみだった。
それ以外のプログラムの知識はかなり豊富だったのだが。
でも、竜太郎や稔と力を合わせれば何とかなるという確信に近いものがあった。
一刻も早く、2人と奈津美を見つけないと・・・
勇一は再び歩き始めた。
夜明けの迫った東の空は既に白み始めていた。
<残り17人>