BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
50
エリアE=9の草原を、血を垂らしながらゆっくり移動している少女がいた。
水平線から顔を出したばかりの太陽に照らされて、和栗怜花(女子21番)は人目につかないように姿勢を低くした。
松尾康之(男子15番)の放った弾は、怜花の左肩と右太腿に埋まっていた。
内臓の損傷などは免れているので、即死することも気絶することもなく、右脚を引きずりながらならば歩くことも出来た。
だが出血量は多かった。太腿の傷の方はスカーフで縛って圧迫してあり、かなり出血を抑えることが出来ていたが、肩の傷はどうしようもなかった。
仲間がいれば縛ってもらうことも可能かもしれないが、自分ひとりでは手で圧迫するのが精一杯なのだった。
本来ならば入院して緊急手術をしなければならない傷であるのは明らかだったし、そうすれば多分助かるだろうとも思っていた。
だがこの半島の病院へ行ったところで治療を受けられるはずもなく、自分が失血死するのは時間の問題のような気がしていた。
といっても、竜太郎に託された仕事を果たさずに力尽きるわけにはいかない。
自分の生存時間を出来るだけ引き伸ばすには、安静第一なのはわかりきっている。だが、それでは・・・
“ある領域の中で2人の人間がお互いを捜したい場合は、どちらかが動かないでじっとしている方が出会える確率は高い”
証明方法は知らないけど、結論だけは知っているこの問題。
しかし、もし両者がそう考えて動かなければ、出会える確率はゼロになる。
やはり動き回って捜さざるを得ない。自分にはもう時間がないのだから。
それに、自分は血痕を残しながら歩いている。相手が、それを辿ってきてくれれば会いやすいともいえる。
もっとも、ゲームに乗っている者に出会う危険も増してしまうが。
そもそも康之が竜太郎を倒したことに満足して、自分を全力で追ってこなかったのは幸運だったのであるし。
自分の息があるうちに竜太郎が指名した2人、中上勇一または松崎稔(男子16番)に出会える可能性が高くないことはわかりきっている。
それでも、身を挺して自分を逃がした竜太郎の遺志を無には出来ない。
きっと、竜太郎も怜花の傷の深さを正確には把握できていなかったのだろう。
怜花は最後の気力を振り絞って、歩きつづけた。既に、目はかすみつつあった。
薄れゆく意識の中で、他のクラスメートに出会った場合のことを考えた。
ゲームに乗っていない者に会った場合は簡単だ。
ひとまずは保護を求める。そして、2人に会う前に力尽きそうな場合は、竜太郎からの伝言と武器をその人物に託すほかはない。
竜太郎の指示には反しているが、やむを得ないだろう。
ゲームに乗っている者に会ったら、どうするのか。
はっきり言って、どうしようもない。
重傷を負っているうえに丸腰なのだから、成す術なく殺されるに決まっている。正にいいカモだ。
いや、武器はある。竜太郎から預かって、まだ袋入りのままだ。少々重い。
これは使えないのだろうか。
だが竜太郎は自分が渡した拳銃を使用して、竜太郎自身の武器は使わなかった。
つまり、この武器は拳銃より扱いにくいのだろう。
拳銃も使いづらい自分には、到底使いこなせない代物だと考えられる。
やはり、事実上自分は徒手空拳なのだ。
ただ、竜太郎の言葉を考えると大事なものは武器よりもメモ書きのほうだろう。
ゲームに乗っている者の手に渡してはならない物のはずだ。
最悪の場合は、メモ用紙を丸めて飲み込んでしまう決意もした。
その程度のことはしないと、竜太郎に申し訳が立たない。
まさか、死体の腹を切り裂いてまでメモ用紙を奪おうとする者はいないだろう。第一、他の者はメモ書きの存在を知らないわけであるし。
もっとも不意打ちで即死させられてしまえば、それすらも叶わないが。
・・・・・。
突如、怜花の目の前に美しいお花畑が現れた。
咲き乱れる色とりどりの花と、蜜を求めて乱舞する蝶。
え? ここはプログラムの会場ではなかったっけ。
プログラム会場にお花畑があっても別におかしくはない。ありうる事だ。
だが、あまりに美しくあまりにのどかだ。正に場違いな感じだったが、この美しさの前にはそんなことはどうでもよかった。
心が晴れ晴れとしてくるのを感じた。
急に体が軽くなったような気がして、軽やかに走り出した。
先ほどまで脚を引きずりながら歩いていたのが嘘のようだ。
バラ・チューリップ・カーネーション・・・
季節が目茶目茶なお花畑を、怜花はウキウキと走り回った。頭や肩に蝶がとまった。
出血は完全に止まっている。痛みも消えている。健康そのものだ。
あたしの生命力も結構なものね。まぁ通常なら、事故以外では滅多に死なない世代なのだから。
これなら、まだまだ生き延びれそうだ。
その時、お花畑の向こうのほうに人影が見えた。
敵かも知れないのに、何故か怜花は警戒心を持たずに速やかに接近しようとした。
人物が振り返った。なんと、石本竜太郎だった。
石本君、生きてたの?
喜び勇んだ怜花は、駆け寄ろうとした。
しかし、全く近づくことが出来ない。
竜太郎は微笑んで立っていて、動いているようには見えない。そして、自分は全力で走っているのにもかかわらず。
いくら走っても、竜太郎との距離は変わらない。不思議と疲れは感じなかったが。
思わず叫んでいた。
「石本君、待って。置いていかないで」
竜太郎は首を左右に振って答えた。
「駄目だ。こっちへ来ちゃいけない。まだ君は俺のところへ来るべきじゃない」
え? 何ですって?
ひょっとしてここは、天国の花園なの? あたしはもう死んでるわけ?
うん。それでもいい。石本君に会えるなら。
その時、背後から声がかかった。
「和栗さん、和栗さん」
何よ、うるさいわね。あたしは石本君のところへ行きたいの。
怜花は振り向くことなく、走りつづけた。
背後の声はさらに大きくなった。
「和栗さん、気をしっかり持て!」
何、言ってるのよ。あたしは正気よ。死んでるかもしれないけど。
無視して振り切ろうとした。
しかし今度は大きな手が背後から伸びてきて、怜花の肩を強くゆすった。
何と目の前の竜太郎の姿が忽然と消えた。
ハッとして目を開いた。
ん? 今まで、目を閉じてたのか? あたしは。
お花畑は跡形もなく消えうせ、もとの草原が視野を満たした。
いや、視野の真中にもっと大きな物が見えていた。
怜花は必死で目のピントをその物体に合わせた。
見えたものは中上勇一の顔だった。
自分が見ていたのが夢なのか幻覚なのかは判らない。
でも、目の前に勇一がいるのは紛れもない事実なのだった。というよりも、自分が横たわっていて勇一が膝枕をしてくれている状態のようだったが。
勇一がゆっくりと言った。
「良かった。意識が戻ったね。そんな傷で動いちゃいけない。今、手当てするからね」
怜花は呆然としていた。死にかけていた意識が戻ったのだから当然なのだが。
これで、あたしは手当てをしてもらえる。残念ながらもう手遅れだと思うけど。
ん? 中上君? この名前、何か重要だったような・・・
そうだ。あたしが捜していた人だ。手当てなんかどうでもいい。あれを渡さなければ。
苦しい息の下で、怜花は懐から竜太郎の武器とメモを取り出して差し出した。
怪訝そうな顔をした勇一に、怜花は途切れ途切れながらすべてを話した。
勇一の顔が見る見るうちに曇っていくのがわかった。
「竜太郎が・・・」
思わず呟いた勇一に、怜花は小さく頷いた。
勇一は唇をかみ締めながら、竜太郎のメモを開いて読んだ。
怜花は訊ねた。
「何・が書い・てある・の?」
勇一が答えた。
「流石は竜太郎だ。素晴らしいものを残してくれたよ。和栗さん、君のおかげで希望の灯が1つ点ったよ。感謝するよ」
とても優しい口調だった。勇一も、怜花がもはや助からないことは見切っているのだろう。
怜花は、何とか答えた。
「よかっ・た。これで、いしも・とくんのとこ・ろへ行ける。でも、な・かがみくん・の膝で死ん・だら、奈津美・に恨まれる・かな?」
「奈津美はそんな奴じゃないよ。それに、俺たちはそんな関係じゃないさ」
この勇一の返事は、怜花の耳には入ったが残念ながら脳裏までは届かなかった。
やがて怜花の心臓はその拍動をゆっくりと止めて、2度と動くことはなかった。
勇一は、怜花の両手を胸の前であわせ、僅かの間黙祷した。
昨日同様のまばゆい太陽が、朝焼けの東の空に輝いていた。
女子21番 和栗怜花 没
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