BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


51

 遠山奈津美(女子13番)は、目的の病院に近い林に辿り着いていた。
 冷泉静香の奇襲を撃退したものの、もともとの負傷もあって体力はかなり消耗していた。
 傷の治療だけでなく、休息が必要だった。できれば病院のベッドで横になりたかった。
 けれども、病院には恐らく誰かが既に立て篭もっていると思われた。
 それが自分と息の合う者であることを祈らずにはいられなかった。
 いい仲間を得れば、仮眠することも可能かもしれないから。
 当然ながら、奈津美は修学旅行中から睡眠不足だった。
 1人になってしまう前に1時間ほど仮眠しているけれども、まだまだ足りない。
 その前は政府によるありがた〜い強制睡眠だったし。
 出来ることなら、そろそろ寝たい。永遠の眠りはお断りだけど。
 だが、奈津美はそこで足を止めた。
 病院に入れば、ほぼ確実に何かが起こる。戦闘になることもないとは言い切れない。
 もちろん自分は逃げる一手だが。
 病院に向かうのは間近に迫った午前6時の放送を聞いてからにすることとした。
 信じてはいるものの、
中上勇一の安否はどうしても気になってしまう。
 自分が生きているのだから、自分よりずっと強い勇一が死ぬはずがないと思い込みたいのだが、不安を消し去ることが出来ないのだった。
 それに放送は自分が生存していることを勇一に伝える役目も果たしてくれる。
 きっと、勇一も自分の安否を気にかけているはずだ。とにかく勇一を安心させなければならない。
 奈津美は、林の中から病院の周囲を観察した。周囲は開けていて何の障害物もない。
 密かに病院に入りたくても、身を隠したままで接近することは不可能だ。
 その時、奈津美は病院の屋上に人影を見つけた。ゆっくり移動しているようだ。
 目を凝らしてみたが、誰だか判らなかった。何となく女子のような感じがしたのだが。
 やはり病院には先客がいるのだ。入る時は、ある程度の覚悟を決める必要がありそうだ。
 じっとそんなことを考えていた時、奈津美の背後で微かな足音がした。
 奈津美はとっさに大木の陰に身を隠した。反射神経なら自信がある。
 誰だろうと思う間もなく、相手のほうから話し掛けてきた。
「奈津美だよね。そうでしょ」
 この声は・・・
 
坂持美咲(女子9番)の声だと了解するのに時間はかからなかった。
 全身の筋肉が意思に逆らって緊張してきた。もし美咲がゲームに乗っているのなら、大変な強敵になるのだから仕方あるまい。
 どう答えるべきか。無視すると敵意を示したと解釈されかねない。
 結局、素直な返答を選んだ。
「そうだけど。で、貴女は美咲だよね?」
「ご名答。まぁ、あたしの声なんかすぐわかるよね。で、一応確認するけど、まさかこんなゲームに乗ったりしてないよね」
 美咲の即答に、奈津美は一瞬ムッとしたが、冷静を装って答えた。
「当たり前じゃないの。そちらこそどうなのよ?」
 美咲がクスッと笑ったのが聞こえた。
「ゴメンね。疑ったわけじゃなくて、一応訊いてみただけだから。貴女の性格でゲームに乗るわけないことくらいは、すぐ解るわよ。ちなみにあたしも乗ってません。あたしを殺そうとした亮と永田さんには手加減しなかったけどね」
 奈津美は考えた。
 信用してもいいのだろうか。仲間に出来れば、とても頼もしいことは確かだ。だが、お嬢様の静香でさえゲームに乗った。やはり、出発前に川渕に期待されていた美咲を無条件に信用するわけにはいかない。
 低い声で答えた。
「悪いけど美咲。あたしは貴女をまだ信用しきれない」
 美咲は平然と答えた。
「それは当然よ。気にしないで。あたしをあっさり信用する性格だったら、今まで生き残れなかったはずだし」
 少し声のトーンを上げて続けた。
「でもね、はっきり言ってあたしはマシンガンを持ってる。その気なら声なんか掛けないで、いきなり撃ってるわ。今でも、あたしが一寸移動すれば貴女を蜂の巣にするのは簡単なのよ。そんな気はないけどね」
 思わず奈津美は息を呑んだ。
 マシンガンですって? そんなものを持っているのなら、隠れていたって殆ど無意味ね。こうなったら、信用してみるしかないかな。でも、1つだけ確認することがあるわ。猛君を撃ったのが美咲なのかどうなのか。もちろん美咲は猛君の名前は挙げなかったけれども。そうだ、城川君を美咲がマシンガンで殺したのなら・・・ よし、ついでに美咲をテストしてみよう。
「1つだけ訊いていい?」
「どうぞ」
 快諾した美咲に、奈津美はゆっくりした口調で訊ねた。
「奈津紀を撃ったのは、まさか美咲じゃないよね?」
 美咲は動じないで答えた。といっても、質問に対する回答ではなかったが。
「もし、そうだったらどうするの? あたしを殺して敵を取るつもり?」
 奈津美は胸を撫で下ろした。美咲の性格なら、この回答は予想できる。平凡に否定されると却って困るところだったのだ。
 最初の放送前に聞こえたマシンガンらしき銃声は2回。
 1回は城川亮、もう1回は河野猛が撃たれた銃声というわけだ。
 もし美咲が猛を撃ったのなら、奈津紀の死因がマシンガンではないことを美咲は判るはずだ。そうならば、別の回答が返ってきたはずだ。
 もっとも美咲が冷静で賢いのでなかったら、この論理は成立しない。美咲ならば銃声の回数も数えているだろうという信用の下での策略だ。
 どうやら猛を撃ったのは
松尾康之(男子15番)と判断してよさそうだ。マシンガンが3丁あるのでない限り。
「まさか。マシンガンを持った貴女に立ち向かうほどあたしは無謀じゃないわよ」
 答えながら奈津美は、頭だけを木の陰からそっと出した。
 見ると、美咲も頭だけを出している。全く同じポーズだった。
 思わず微笑みあった2人は、どちらからともなく歩み寄った。確かに美咲の右手にはマシンガンが握られていた。銃口は下げられていたけれど。
「奈津美の武器は何なの?」
 美咲の問いに、奈津美はモデルガンを見せた。本物でないことを知られないように、すぐにスカートの後ろに戻したが。
 だが、美咲の口から出た言葉はこれだった。
「よく出来たイミテーションね」
「え?」
 誤魔化さなければいけないのだが、一瞬の動揺を隠すことは出来なかった。
 質問されるまでもなく、美咲は説明した。
「今あたしに見せた時、銃口が自分に向いてたよね。本物の銃だったら、暴発を恐れて自分の方には決して銃口を向けないはずよ。平気でいるのは、それが模造品である証拠よ」
 冷静な美咲の観察に奈津美は絶句するほかはなかった。
 美咲は微笑みながら続けた。
「そんなものだけで今まで生き延びてくるなんて、流石は奈津美ね」
 少し焦っていた奈津美だったが、少し落ち着いてきた。
「お褒めに与って光栄だわ。でも、そろそろ体力的にきつくなってきたの。美咲が仲間になってくれると嬉しいんだけどね」
 仲間という言葉を聞いた瞬間に、美咲の表情が一瞬険しくなった。
「あたしたちは1人しか生き残れない状況に置かれているのよ。仲間ってどういう意味? 結局、最後はどちらかが裏切ることになるか、あるいは最初から策略として仲間を作るかってことでしょ。ある程度の段階で消すつもりで」
 美咲は視線を奈津美から逸らしながら、ペースを落として続けた。
「あたしはね、そんな卑怯なことは嫌いなの。だから、絶対に単独行動を続けるつもり」
 脱出することしか考えていない奈津美には了解しがたい返答だった。
「だったら、どうするつもりなの?」
 奈津美の問いかけに、美咲はゆっくりと答えた。視線は外したままだ。
「正直に言って悩んでる。自分を襲ってくる人に容赦する気はないけれど、ゲームに乗ってない人を殺す気にはどうしてもなれないの。それにね、奈津美は知らないだろうけど政府の連中はあたしたちを賭けの対象にしてるの。多分、川渕はあたしに賭けてる。だから、あたしが優勝することは川渕を喜ばせる結果になってしまうから優勝したくもないのよね。といって、死ぬにしてももう少し国のためになるような場面で死にたいし」
 小さな溜息をついた後、美咲は一呼吸置いて続けた。
「だから、成り行きにまかせるつもり。殺されようが、優勝しようが、時間切れで全滅しようが運命として受け入れようと思ってる。優勝するのも死ぬのも不本意なんだから仕方ないよね」
 最後は少し自嘲気味になっていた。
 じっと聞いていた奈津美に、美咲は視線を戻して言った。
「同じ質問をさせてもらうわ。貴女こそどうするつもり? 誰かに殺されるのを待つの?」
 奈津美は思い切り首を左右に振って否定した。
「あたしは、殺すのも殺されるのも嫌。もちろん、自殺する気もないわよ。だから、目標は一つ」
 そこまで言ってから、奈津美は美咲の目を見据えた。声を低くして続けた。
「皆で力を合わせて脱出を試みるの。美咲が協力してくれると凄く心強いんだけど、どう?」
 が、次の瞬間には奈津美の全身は硬直した。
 額に青筋を立てた美咲が、一歩後退しながらマシンガンの銃口を奈津美に向けたからだ。
 美咲は怒鳴るように言った。
「脱出ですって? この、非国民。すぐに、今の言葉を撤回しなさい。さもないと、共和国民を代表して成敗するよ」
 凍りついた奈津美は一言も発することも一歩も動くことも出来なかった。
 それで正解だっただろう。逃げようとすれば、確実に殺されたはずだ。
 美咲は、少し落ち着いた声に戻って続けた。
「返事をしなさいよ。共和国民にあるまじき発言を続けて成敗されるか、撤回するか。撤回すれば、今のは聞かなかったことにしてあげるわ」
 奈津美は震えながらも必死で考えた。これが人生の分かれ目かもしれない。
 この場を逃れるためには撤回するのが簡単だ。方便になってしまうが。
 でも、自分は皆で脱出したい。勿論、美咲にも脱出して欲しい。死んで欲しくない。
 思わず、口走っていた。涙目になっていた。
「どうして、そんなことを言うの?」
 美咲はイライラした口調で答えた。
「当たり前のことを言ってるだけじゃない。脱出って何よ。国に対する反逆行為じゃないのよ。反逆行為を企てる者は非国民よ」
 一呼吸置いて、少しゆるやかな口調に変えて続けた。
「正直に言って、あたしもプログラムは愚劣だと思う。何の国益があるとも思えない。でも、あたしたち共和国民は国の命令には従わなきゃいけない。それだけのことよ」
 美咲の言葉に先程までの勢いがない。多少の迷いが感じられる。これなら、討論する余地がありそうだと奈津美は感じた。
「だからと言って、前途ある若者が無駄死にしていいわけがないわ。あたしは、もちろんまだ死にたくない。でも美咲、貴女にも死んで欲しくないの。ううん、それだけじゃない。勇一君にもはる奈にも石本君にも松崎君にも死んで欲しくない。いや、違う。クラスの誰にももう死んで欲しくないの。実は奈津紀を殺したのは黒野君なんだけど、彼にさえも死んで欲しいとは思わない。だったら、皆で脱出するしかないじゃない。国に逆らいたいわけじゃないけど、こんなの間違ってる。一生犯罪者として追われるリスクを負ってでも脱出したいの、あたしは。解らない? あたしの気持ち」
 奈津美は見た。マシンガンの銃口が少しずつ下がっていくのを。
 しばらく黙していた美咲がゆっくりと口を開いた。
「言いたいことは解るわよ。あたしだって、もっと国のために働きたい。国のために死にたい。敵国との戦場で散れれば本望だわ。それに、ここで死ぬには惜しい人材がこのクラスには揃ってる。奈津美もそうだけど。はっきり言って、このクラスで1人しか生き残れないなんて国にとっても損失でしかないと思う。でも、あたしたちは共和国民。命は国に捧げるしかないのよ。考えてもみてよ。もし脱出なんかしたら、もう国のために働けないのよ。あたしは、そこまでして生き残りたいとは思わないよ」
 だんだん、奈津美の声の方が大きくなってきた。
「解ってるじゃない、美咲。こんなところで無駄死にする必要なんかないよ。あたしたちには生きる権利だってあるはずよ」
 美咲は小声で答えた。
「昔の総統の演説を知ってるよね。プログラムはこの国唯一の徴兵制だって言ってるよね。他の国なんか、男子全員に兵役義務があったりするわ。そのことを思えばプログラム程度は国の小さなほころびとして看過してもいいじゃない。仕方ないのよ。共和国民である限り」
 奈津美も必死だ。美咲を本気で怒らせないように説得しなければならない。一つ間違えば火葬場への直行便に乗せられてしまう。
「立派だわ、美咲。そこまで国のことを思えるなんて。あたしも愛国心はあるつもり。でも、最近疑問に思ってる。本当にこの国を愛していていいんだろうかって。プログラムに参加させられてみて、その疑問は確実なものになったけど」
 また、美咲の眼光が鋭くなった。
「何よ、それ。自分の国を愛せなくなったら終わりじゃない。自分の存在を否定してるようなものだわ」
 奈津美は淡々と答えた。
「でも、その国があたしたちに何をしてくれてるというの。学校で習う国の歴史は出鱈目だって噂だし。言論や表現は制限されてるし。はっきりしない罪状ですぐ死刑にするし。高い税金を徴収してプログラムなんかに使うし。本当にこの国は愛するに値する国なの? あたしはそうは思えなくなってきたの。ねぇ、人間って国のために存在しているの? 人間のために国が存在するべきじゃないの?」
 再度、美咲が銃口を持ち上げた。だが、銃は少し震えている。さしもの美咲も動揺を隠せないようだ。だが、言葉だけは相変らずクールだった。美咲の国に対する忠誠心を支えているのは、もはやプライドだけのようだ。
「言いたいことはそれだけ? 国をそこまで侮辱したからには、命で償ってもらうわ。覚悟はいいわね」
 奈津美は一歩も引かなかった。
 もちろん、逃げるのは無駄だし戦っても勝ち目がない以上は舌戦で勝つほかはないのだから。
 奈津美は心の中で呟いた。
 勇一君、見守っていてね。これが、最後の勝負。失敗すればあたしは死ぬことになるけれど、勇一君は必ず生き残ってね。
「美咲、それであたしを殺したところで国が貴女に何かしてくれると思う? 非国民を始末したからって表彰してくれると思う? 貴女ほどの人なら判るはずだわ。これ以上この国に尽くすことに何の価値があるのよ。それでも、あたしを殺すというのなら殺していいわ。でもこれだけは言っておくわ。国に人の命を弄ぶ権利なんてないわ。こんな、こんな国なんか、くそっくらえよ!」
 最後は自分でも信じられないほどの口調と言葉遣いになっていた。
 美咲は奈津美から視線をそらしながらため息混じりに言った。
「やっぱり奈津美はここで散らせるには惜しい人だわ。ひとまず、命は預けておくわね」
 銃口を下げた美咲は回れ右をして立ち去りかけたが、数歩進んだところで振り向いて告げた。
「言っておくけど、あたしは納得したわけじゃないからね。あたしの命はあくまでも共和国と総統のものだもの」
 美咲の姿が見えなくなると、奈津美はその場に崩れるように両膝をつき、何度も肩で大きく息をした。
 全身、冷や汗でびっしょりだった。
 もしここに、ゲームに乗っている者が現れたらお手上げだっただろう。
 その時、突如川渕の大声が響き渡った。
“川渕だぞー。諸君、おはよう。午前6時の放送だ。皆は俺のようにゆっくり仮眠は出来んだろうが、頑張るんだぞ。まず、死んだ奴の報告からな。男子14番 藤井清吾、男子9番 登内陽介、女子20番 冷泉静香、男子1番 石本竜太郎、女子21番 和栗怜花、以上5名。なかなかのペースだな。でも、まだ16人もいるぞ。早く1人になるんだぞ”
 奈津美は顔をしかめた。
 相変らずムカツクことを言ってくれるわね。
 何が仮眠よ。こっちは全然寝れないわ。まだ16人もいるって何よ。もう16人しか残ってないじゃないの。
 そこで奈津美は違和感を感じた。
 ん? 今、誰かの名前が入ってなかったっけ。
 無意識にメモしたものを見直した。全身がゾクッとした。間違いない、石本竜太郎の名前がある。脱出には竜太郎の頭脳が不可欠だと考えていた奈津美には大ダメージだった。
 呆然となりそうな頭をなんとか制御した。
 今は、1人なのだ。禁止エリアの情報の聞き逃しは許されない。
“午前7時からH=5”
 体育館の東側だ。
“午前9時からI=1”
 会場の南西の端だ。
“午前11時からG=7”
 今、自分がいる場所だ。
 つまり、目の前の病院は5時間後には禁止エリアになってしまうわけだ。
 ツイてないと言わざるを得ない。午前7時からじゃなかったのは幸いだが。
 急いで病院に入って治療と仮眠を・・・
 誰が待ち構えているか判らないけど。
 竜太郎の死を悼みながらも、奈津美はゆっくりと立ち上がった。
 朝の光は、新緑の林の中に鮮やかに差し込んでいた。 

  

                           <残り16人>


   次のページ   前のページ   名簿一覧  表紙