BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
52
エリアG=7にある会場内唯一の病院にも朝の光が射していた。
院長室のソファに深く腰掛けた佐々木はる奈(女子10番)の表情には、翳りが見えていた。
先刻の放送で、またもや大事なクラスメートたちの死が報告されたからだ。
中でも、石本竜太郎の名前があったのはショックだった。
はる奈の計画を実行に移すためには、松崎稔(男子16番)の協力が必須だ。稔と竜太郎は親友なので一緒に行動していたと考えるのが自然だ。竜太郎が死んだとすれば、稔も無事とは限らない。瀕死状態になっている可能性も考えられる。
さらにショックなのは、ここが5時間後には禁止エリアになってしまうということだった。
早く、早く松崎君を見つけないと。でも、折角バリケードで固めたここを抜け出して捜すのは危険だし。
実は、はる奈は稔に憧れていた。はる奈も機械いじりは好きな方だったが、稔の腕を見た途端にある意味で一目ぼれしてしまった。稔に会いたいのは脱出の目的のほかに私的な感情も少々混入していたのだった。それでも稔さえ見つければ、かなりの確率で脱出に成功する自信があった。それも、成功すればその時点での生存者全員を助けることが出来る方法で。だが、時間とともにクラスメートはどんどん減っていく。そして禁止エリアの指定。焦りの色を隠すことは出来なかった。
はる奈の父は小規模な救急病院の院長だった。
住居も病院内にあったため、はる奈は患者の救命に奔走する父の姿を毎日のように見て育った。
意識不明で入院した患者が元気に退院していく姿も何度も見た。
また、薬石効なく亡くなった患者が病院の裏口から静かに運び出される姿もしばしばだった。そして、それを見送る沈痛な表情の父。
生命の尊さは幼かったはる奈の胸にも深く刻み込まれた。
一方、母は家庭的で優しかった。3人の娘に平等に愛情を注いで育んだ。
そして、長女だったはる奈は妹たちの面倒をよく見ていた。
はる奈が誰にも好かれる人格者になったのも当然の流れだっただろう。
成績も良かったため、小学生の時からクラス委員に選ばれなかったことは一度もなかった。
そして、中3の今年も満場一致で委員長に推されていた。
そんなはる奈にとって、プログラムなどは言語道断以外の何物でもなかった。
健康に留意していれば、平均してあと60から70年くらいは生きられるはずの中学生に、強制的に死を賜るとは何事なのか。
国は人の命を何だと思っているのか。所詮は使い捨ての駒なのか。
多くの中学生にとって、自分や兄弟・親戚・友人などが参加させられない限り、プログラムは他人事だっただろう。だがはる奈は、たとえ自分に無縁であっても自分と同学年の少年少女が散っていくことには耐えられなかった。
勿論、その中には不良や鼻つまみ者も多くいるだろう。だが、どんな者でも生命の価値に差はない。プログラムのようなもので失われる命がたとえ1つでもあってはならないといつも考えていた。
父が骨身を削って人命を救っているのを見てきたはる奈には、到底受け入れられない事態だった。
その父は、昨年ついに過労死してしまった。今は叔父が院長になって、父同様に奮闘している。叔父には子供がなく、はる奈は医師になって跡を継ぐつもりだった。父と同じように、救急患者の人命救助に生涯を捧げるのが夢だった。
自然科学系全般に強かったし、手先は器用なので素質としては充分だっただろう。近隣住民からも将来を期待されていたが、決して高慢にならないはる奈は、さらに人望を集めていた。
だが、そこへプログラムの魔の手が伸びてきた。
プログラムだと告げられた瞬間は、多くのクラスメートと同様に目の前が真っ暗になったはる奈だが、すぐに冷静さを取り戻した。
当然ながら、自分にクラスメートを殺すことなど出来るはずもない。いや、絶対そんなことはしたくない。委員長の自分が代表として犠牲になれば他の41人が助かると言うのなら喜んで命を投げ出そうかとも思ったが、政府がそんな取引に応じるはずがないことは自明だった。
様子を見ているうちに、2人が政府に殺されてしまった。何ということだ。これいじょう、クラスメートを失いたくない。こうなったら、皆で脱出するほかはない。
首輪の説明を聞いていて閃いたのは、首輪から出ている電波の波長を調べて、同じ波長の強力な妨害電波を政府に送りつけて自分たちの居所を不明にする作戦だった。政府が混乱しているうちに、海を渡って電波の届かないところまで逃げればよい。犯罪者になってしまうし、一生首輪と付き合うことになってしまうが、死ぬよりマシであることは確かだ。
どちらにせよ、これで父の跡を継ぐことは不可能になってしまった。妹たちに期待するほかはない。まさか、3姉妹全員プログラムに参加なんてことはないだろう。とにかくこの場は、出来るだけ大勢で逃げ延びることを優先することとした。
早速、周囲の者を仲間に誘おうとしたのだが、すでに疑心暗鬼になっている者たちは、はる奈の誘いといえどもなかなか応じなかった。はる奈のほうも、脱出のアイデアがあることをこの段階で告げてしまうのは危険だと考えたために普通に誘うしかなく、結果として難渋した。それでも何人かが同調してくれたが、表情を見ただけで方便であることが丸わかりの者もいた。
体育館を出て、デイパックの中身を確認した。支給された武器はグロック19という銃だった。見た瞬間から決して威嚇以外には使用しないと心に誓った。
案の定集合場所に現れなかった者もいて、結局は大薗規子(女子4番)と山野由加(女子18番)の2人だけを仲間にできた。
すでに集合後の行動は決めてあったので、手際よく商店などから必要なアイテムを集めて病院に向かった。
病院には黒野紀広(男子6番)という先客がいたが、信用しない方がよいと判断して銃を突きつけて追い払った。それでも、脱出確定すれば仲間に加えるつもりだったが。
作戦が成功するまでは不用意に不特定のクラスメートとは接触しない方が良いと考え、あらゆる出入り口を封鎖した。
この6階建ての病院は父の病院よりも大規模で、設備なども予想以上だった。自家発電装置・非常食なども確認でき篭城準備は万全だった。
さらに、病院内の間取りをしっかり把握した。万一戦闘になった場合に、間取りを把握していれば地の利として生かせるからだ。
6階の院長室兼用の応接室を本拠地にして、交代で屋上に出て周囲を見張ることとした。この場合、規子の支給品の双眼鏡は非常に有用だった。そして、異常があれば電器店で入手したトランシーバーで院長室に連絡することにしていた。また、見張り以外のうちの1人はソファで仮眠できることにしていた。
つまり、常に3人のうちの1人が屋上で見張りをして、1人が院長室で待機し、1人が仮眠するというシステムを確立していたのであった。食事の用意などは待機の者がすればよく、理論的にはかなりの長期の篭城にも耐えられそうな状態になっていた。
だが、稔に会えない限り脱出策は使えない。時間切れを待つだけにもなりかねなかった。さらに、不安そうな規子と由加を元気付けるのも大変で(勿論、自分だって不安だ)、体力はともかく精神的な消耗が酷かった。
精神面ならばかなりタフなつもりの自分がこの状態なのだから、規子や由加の精神が破綻するのは時間の問題のような気がしていた。
そんな状況のもとでの先刻の放送だった。
心の中の支柱が音を立てて崩れ落ちていきそうな猛烈な不安がはる奈を包んでいた。
仮眠していた規子も、放送で目を覚まし青ざめている。
もう限界だ。リーダーのあたしが何か行動を起こさなければ。
と思っても、どうしてよいのやら分らなかった。
その時、手元のトランシーバーから見張りをしている由加の弾んだ声が聞こえてきた。
「はる奈、奈津美よ。奈津美が来たわよ。玄関に向かってる」
はる奈は、一瞬呆然とした後、飛びはねるように立ち上がった。先刻までとは別人のような輝いた表情になっていた。稔の次に会いたかったのが遠山奈津美だったのだから、当然のことだろう。
はる奈は、奈津美を出迎えるため脱兎のごとく階段を駆け下りはじめた。規子もトランシーバーを持って後に続いた。
その時階段を下りる足音がもう1つあることに、はる奈は気付いていなかった。
<残り16人>