BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
53
遠山奈津美(女子13番)は全力で走った。
疲れている上に傷も痛むが、ここは頑張るしかない。
病院の屋上にいる者に発見される確率を少しでも下げるために、林から病院に一番近い場所を探して最短距離を走ることにしたのだから。
息を切らしながら病院の壁に辿り着いた奈津美は、恐る恐る上を見上げた。
何と屋上にいる者は、フェンスから身を乗り出すようにしてこちらを見下ろしている。どうやら、走った甲斐も無く見つかってしまったようだった。
相手が誰なのかまでは判らない。相手が自分を奈津美であると見切っているかどうかも判らない。
相手がゲームに乗っていれば無条件に危険だが、乗っていない相手だとしても自分を襲撃者と見なす可能性も充分にあって、同様に危険だ。
自分の名を告げれば誤解される可能性はかなり軽減するはずだが、プログラム会場で大声を出すのはご法度なのでそれは実行するわけにはいかない。とすると、先制攻撃される虞は充分にある。
立ち止まっているのは格好の的で、このまま上から狙撃されてはたまらない。でも、正面玄関まで回り込めば小屋根があるはずだ。そこなら多少は安全か。
奈津美は壁伝いに玄関へ急いだ。壁から離れなければ、相手も銃の狙いを付けにくいだろう。そもそも、相手が銃を持っているかどうかも判ってはいないのだけれども。
旧式の鉄筋コンクリートの建物なので、柱がところどころ外部に出っ張っていて真っ直ぐには走れない。おまけに、医療廃棄物を収納したコンテナとか自転車置き場とかがあって、この上も無く走りにくい。
しかし、命が懸かっているという意識は限界近くまで疲労した体をドーピング全開にした。後で疲れが倍増しそうだが、そんなことを言っている場合ではない。
自分でも驚くほど素早く、正面玄関の脇に辿り着いた。頭上には立派な小屋根があり、屋上からの攻撃はひとまず免れそうだった。
奈津美は壁に体を密着させたまま、そっと中を覗き込んだ。建物の東側に当たるので、朝の光が上手く差し込んで中の様子がよく判った。
玄関のガラスが広範囲に割れているので、おそらく立て篭もっている者はここから侵入したのだと思われた。そして、その中には机や長椅子を積み上げたバリケードが築かれているようだ。だが、人の気配はない。
奈津美はそっと近寄り、ガラスの破片に注意しながらバリケードを取り除こうとしたが、かなり困難だった。
バリケードは2重になっている上に、かなりガラスに近いところに作られていた。一番手前の長椅子を取り除こうとしても向こう側へ押しやるのは無理で、ガラスの外まで引き出すほかはない。しかし、それを実行しようとすると、自分の体か長椅子がガラスに当たってしまうため怪我をする危険が高い。
命がけなのだから少々の怪我はかまわないのだが、自分が入れる状態にするには相当量のガラスの破片を浴びてしまうと予想される。
少し躊躇した奈津美だが、やはりガラスなどを気にしている場合ではない。やるしかない。
と、その時病院の内部から足音が聞こえてきた。足音は確実に大きくなってきていてこちらへ向かっているのは明白だ。しかも、1人ではなさそうだ。立て篭もっている者たちが、自分を撃退しに来たのだと奈津美は思った。
奈津美は急いで玄関脇へ引き返し、壁に背中を密着させて息を潜めた。モデルガンを握った手に汗が滲んできた。
やがて、足音は玄関の内側まで来て止まった。奈津美は息を呑んだ。
銃声が鳴り響くことを予想したのだが、待っていても銃声は聞こえない。むしろ、何かを引きずるような音がする。
奈津美は、そっと頭の半分だけを出して片目で中の様子を窺った。そして見たものは、一瞬目を疑うような光景だった。
中にいる2人の女生徒らしい人物が、バリケードを内部から取り除こうとしているのだ。しかし、バリケードのために彼女たちの顔が確認できない。
え? あたしを迎え入れようとしている? いや、おびき寄せて殺すつもりかも。彼女たちが銃を持っていないならありうることだ。
再び考えた。あれは誰だろう。
先程の放送の段階で、生存している女子は自分以外に8人いる。そのうち、先刻出会った坂持美咲(女子9番)は病院にいるはずがないので除外できる。残りの7人のうち、佐々木はる奈(女子10番)と川越あゆみ(女子6番)は無条件に信頼できる。逆に浅井里江(女子1番)は絶対に危険と言える。判断しにくいのが残りの4人だ。豊浜ほのか(女子14番)に関しては、里江と離れて行動しているのなら信頼できそうな気がした。大薗規子(女子4番)、真砂彩香(女子16番)、山野由加(女子18番)の3人はゲームに乗るとは思えない。しかし、3人とも精神的に強靭とは言い難い。錯乱している可能性が無きにしも非ずだ。だが、錯乱している者がチームを組み、バリケードを崩しておびき寄せるなどという策を用いるとは考えにくい。
結局、奈津美の頭のコンピューターは、2人が里江とほのかのコンビでない限りは大丈夫だという結論を弾き出した。
そしてその危険は、出発前のほのかの態度を見る限り十中八九否定的ではあるのだが。
しかし悩む必要は全くなかった。中の人物がいきなり声を掛けてきたからだ。
「奈津美! あたしよ。はる奈よ。一緒にいるのは規子なの。もう入れるようにしたから、安心して入ってきて」
間違いなくはる奈の声だ。どうして自分だと判るのかを不思議に思う余裕はなかった。
奈津美は安堵の気持ちと脱力感を同時に味わった。女子では最も会いたかった人物が中にいたのだ。逆に言えば、こんなに慎重になる必要は全くなかったのだ。結果論ではあるけれど。
奈津美は素早く病院内に駆け込んだ。はる奈と規子がにこやかに出迎えてくれた。そして、奈津美とはる奈は無言でしっかりと抱きしめあった。
その時、もう1つの足音が軽やかに近づいてきた。そのままその人物は奈津美に走り寄ってきた。由加だった。
「由加もここにいたの?」
はる奈と体を離した奈津美の問いかけに、由加は息を弾ませながら答えた。
「そうよ。屋上にいたのはあたしだったの。双眼鏡で奈津美だって判ったから、はる奈に知らせて・・・」
だが、その言葉をはる奈が遮った。
「由加。見張りを中断しちゃダメよ。悪いけど屋上へ戻って。バリケードを作り直したら、あたしたちも行くから」
「あ、ゴメン」
一瞬、しまったという表情になった由加は、一言言い残すと急いで奥へと引き返して行った。そちらに階段があるのだろう。
「ゆっくり話したいけど、まずバリケードを」
はる奈の言葉に奈津美は大きく頷いた。
そして、3人がバリケードの修復を始めた時だった。何かが弾けるような音が響いた。奈津美の左にいた規子が体をのけぞらせたかと思うとそのまま仰向けに倒れた。
「規子!」
奈津美とはる奈は同時に規子を見た。規子の額には穴が開いていて赤黒いものがとろとろと流れ出していた。手足の先がピクピクと痙攣していたが、すぐに動かなくなった。
何が起こったのか判らず呆然としていたところへ、同じ音がもう一度響いた。今度は、規子が長椅子の上に置いていたトランシーバーが吹っ飛んだ。
その光景で、奈津美は我に返った。
今のは銃声だ。襲撃されてるんだ、あたしたち。
「はる奈、ゴメン」
言うが早いか奈津美は、素早くはる奈を押し倒すと低い姿勢のまま外に視線をやった。
玄関の少し先に拳銃を構えて立っていたのは浅井里江だった。
女子4番 大薗規子 没
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