BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


54

 山野由加は愕然としていた。
 眼前に横たわる無残な姿の友。
 これは、自分のせいなのか。

 由加は雑貨屋の娘として育った。
 母は由加が幼児の頃に病没しており、由加と2つ違いの姉の佳枝は小学生の頃からよく店番をしていた。
 愛嬌のいい由加は近所の主婦たちにも評判だった。
 だが、由加が小学6年だったある日、仕入れから帰ってきた父が突然胸を押さえて苦しみ始めた。かなり痛みが強いらしく、顔色も悪く脂汗が噴出していた。
 姉が塾に行っていて留守だったために1人だった由加は、それでも冷静に救急車を呼んだ。
 救急病院に搬送された父は集中治療室に入院となり、由加は面会が出来ずに治療室の前のベンチに腰掛けて涙していた。
 これで、父にもしものことがあったら、姉とあたしはどうやって生きていけばいいのだろう。父も母も一人っ子なので、田舎にいる年老いた祖父母以外に親戚はいない。後から後から涙が溢れた。
「今、運び込まれたのは貴女のお父さん?」
 急に声を掛けられて顔を上げると、そこにいたのは由加と同じ年頃の少女だった。
 涙で声の出なかった由加は小さく頷いた。
「大丈夫よ。きっと。貴女がしっかりしてなきゃ、お父さんも頑張れないよ」
 涙を拭きながら由加は答えた。
「有難う。あたしが泣いててもパパは治らないよね。で、貴女は誰?」
 少女は答えた。
「あたしははる奈。今、中でお父さんの治療をしてるのがあたしのパパ。パパは、この病院の院長なの」
 その時、集中治療室のドアが開いて院長が姿を現した。
「山野さんの娘さんだね?」
 由加は答えずに、別のことを言った。
「お願いします。パパを助けてください」
 院長は微笑みながら答えた。
「心臓の筋肉の一部がダメになる病気なんだけど、心臓全体としての働きは保たれてるし、脈も乱れていないから多分大丈夫だよ。明後日まではベッドの上でじっとしていてもらうけどね。でも、君が素早く救急車を呼ばなかったら危なかったかもしれない。君がお父さんを助けたことになるんだよ」
 由加は胸に手を当ててホッと一息ついた。また、涙が滲んできた。
 はる奈という少女が声を掛けた。
「よかったじゃない。あとはうちのパパに任せておけば大丈夫よ」
「こら。大人みたいなことを言うんじゃない」
 一声残して院長は去っていったが、由加は思わずはる奈に抱きついていた。泣きながらではあったが。
 これが、由加と
佐々木はる奈の出会いだった。
 由加の父は順調に回復し、由加が付き添っている時ははる奈が頻繁に顔を出していた。
 由加は、はる奈と自分が同じ学年であることを知って、さらに親近感が湧いた。中学に上がれば同じ学校になることも判って喜んだ。
 そして中学2年の時、今度ははる奈の父が倒れた。必死で看病するはる奈たちを、由加は毎日のように訪れて励ました。
 結局、はる奈の父は助からなかったが、由加ははる奈たちの心を随分と癒すことができた。由加にとっては、はる奈は最高の友だった。はる奈にとっての由加は、たくさんいる友人の1人に過ぎなかったかもしれないが。
 そして襲ってきたのがプログラム。
 出発前に震えている由加や
大薗規子を、はる奈は優しく力づけてくれた。
 由加は誓った。何があっても、はる奈について行こうと。
 その通りに、ここまで由加ははる奈と行動を共にしてきた。はる奈の作戦に期待していた。一緒に脱出することを夢見ていた。
 今朝は6時の放送と共に見張りを交代して屋上に上がった。
 外部に注意を払いながらゆっくりと屋上を周回していた由加の目は、林の中から飛び出して真っ直ぐ病院に向かってくる何者かの姿を捉えた。
 慌てて双眼鏡で見てみると、それは
遠山奈津美だった。はる奈が会いたがっている人物の1人で、由加にとっても充分信頼できる人物だ。喜び勇んだ由加は、トランシーバーではる奈に報告した後、フェンスに駆け寄って直下の壁に張り付いた奈津美を見下ろした。残念ながら奈津美は上にいるのが自分だとは判らなかったらしく、壁際をかなりの速度で玄関の方へ移動していった。
 由加は、早く奈津美に会いたくてたまらなくなってしまった。思わず見張りの重要さを忘れて階段を駆け下りた。
 玄関に辿り着くと、丁度奈津美とはる奈が抱き合っているところだった。はる奈に、見張りに戻るように言われて蒼白になった。急いで、階段を4階まで駆け上がったところで銃声らしき音が聞こえた。思わず立ち止まったところでもう一発。
 一体、何が起こったのか。トランシーバーではる奈と連絡を取ろうとしたが応答はなかった。
 胸の奥底から込み上げてくる不安の中、由加は再度階段を駆け下り始めていた。そして・・・

 額を撃ち抜かれて事切れている規子。破壊されたトランシーバー。
 信じられない事態を目前にして、由加はがっくりと膝をついた。
 まさか奈津美がやったとは思えない。何者かが侵入してきたのだ。
 あたしのせいだよね。あたしが見張りを怠らなければ。ごめんね、規子。
 ふと、我に返った。はる奈も奈津美も、そして侵入者も姿が見えない。
 その後銃声は聞こえていないが、院内のどこかで戦っているのだろうか。
 冗談じゃない。これは、あたしの責任だ。あたしのミスで規子は死んでしまった。でも、はる奈と奈津美は絶対殺させない。あたしの命に代えても。
 もう役に立たないトランシーバーを投げ捨て、懐から支給武器の千枚通しを取り出した。
 侵入者が何者かは分からない。性別さえ不明だ。分かってるのは、銃を持っているということだけだ。
 そんな相手にこんな武器で勝てるのだろうか。でも、間違っても自分のミスのためにはる奈を死なせることはできない。
 不利は明白だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
 しっかりと千枚通しを握り締めた由加は、耳を澄ましながら侵入者を捜し始めた。
 院内の構造は、3人で下見して把握している。それだけは、自分の方が有利な点だ。それを最大限に生かすことが出来れば、自分が勝つチャンスもあるだろう。
 その時、地下で足音がしたような気がした。勿論、侵入者とは限らない。はる奈や奈津美の可能性もある。でも、行ってみなければ判らない。
 由加は、そっと階段を地下へ下りた。
 地下にあるのは、倉庫、機械室、職員の更衣室、職員食堂、剖検室、霊安室などで、通常ならば外来者は入らない空間だ。
 朝とはいえ、照明のない地下は暗い。少女が1人で歩くには怖い雰囲気なのだが、ミスを償いたいという強い意志が恐怖に打ち勝っていた。
 一部屋一部屋、由加は確認しながらゆっくりと廊下を進んだ。今の所、人の気配はない。
 その時、廊下の端のほうで微かな足音がした。目を凝らしてみると、ぼんやりと人影が見える。人影は突き当たりの扉を開いて中に消えていった。
 あそこは、確か霊安室だ。由加は、そっと近づいた。中から物音が聞こえていたがやがて聞こえなくなった。
 怖いが、入らなければ何も進展しない。意を決して観音開きの扉を手前に開いて、陰に隠れた。中からは何の音も聞こえず、代わりに死臭が立ち込めてきた。住民が退去させられた時、ここに安置されていた亡骸はそのまま放置されてしまったのだろう。
 由加は、鼻をつまみながら背を低くして転がるように入室し、部屋の隅の机の下に飛び込んだ。当然ながら非常に暗い。目が慣れるのを待って、室内を見回すと正面に祭壇があるのが判ったが、あとは数脚の椅子があるに過ぎない。先程の人物はどこへ行ったのだろうか。
 見えていないのは祭壇の裏だけだ。由加は、這うようにして祭壇の横の厚いカーテンの下を潜り抜け裏に回り込んだ。
 祭壇の裏側には、ストレッチャーが置かれていてその上には布を被ったままの遺体があるようだ。臭いもカーテンの手前より強くなっている。鼻が曲がりそうだ。それでも、由加は勇気を振り絞ってストレッチャーに接近した。もはや、相手が隠れていそうな場所は反対側のカーテンの隙間くらいしかない。隠れているのがはる奈や奈津美ならば、既に自分が由加であることは判るはずの距離なので、当然声を掛けてくるはずだ。とすれば、やはり侵入者だ。銃を撃ってこないということは、弾切れなのだろうか。勿論、銃を撃とうとすれば相手は一瞬動くはずだ。動きがあればすぐに伏せねばならない。
 由加は、カーテンに目を光らせながらストレッチャーの横を通過しようとした。その時、至近距離の足下に大きな物体があるのが判った。
 え? 足下に隠れていたの?
 由加は千枚通しを振り上げて突き刺そうとした。が、突如その右腕を何者かに掴まれて震え上がった。振り向くと共に、戦慄が走った。何と、ストレッチャーの上の死体が起き上がって左手で由加の腕を掴んでいるのだ。ゾ、ゾンビか・・・
「きゃあぁぁぁ!」
 由加は思わず絶叫した。
「あたしだよ」
 今度は死体が喋った。由加はもう悲鳴も上げれず、恐怖のあまり意識を失いかけた。その時、足下の物体が確認できた。腐敗しかけた屍だった。ということは・・・
 我に返った由加は、喋る死体を見据えた。死体は、また口を開いた。
「死体に化けるのも面白いもんだね。うまく、騙されてくれたし」
 ようやく由加は、相手の正体を把握した。この偽死体は
浅井里江だ。だが、判るのが遅すぎた。既に里江の右手に握られた銃は、由加の左のこめかみにピタリと押し付けられていた。里江がおどけた口調で言った。
「あたしもね、暗闇で銃の狙いをつけるのは一寸自信がないのよね。だから、至近距離で撃つためにこんな芝居をしてみたの。賢いでしょ」
 最早、観念するほかはない。父や姉やはる奈の顔が頭に浮かんだ。でも、せめてこれだけは言ってやる。
「死者を冒涜するなんて最低だわ。そんな貴女は絶対に優勝できないって保障してあげる。地獄に落ちるがいいわ」
「悪いけど、あたしは地獄なんか怖くないわ。死んだ後のことなんかどうだっていい。この場を生き抜くことだけに意味があるのよ」
 里江の言葉は銃声とほぼ同時だったので、由加は聞くことが出来なかった。
 天に召された由加の体は、ストレッチャーの上に無造作に安置された。

  
女子18番 山野由加 没
                           <残り14人>


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