BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


55

 遠山奈津美佐々木はる奈は診察室の机の陰に潜んでいた。
 診察室というものは、行き止まりで隠れるには不適当だと考えやすいが、実際は奥で他の診察室や処置室あるいは受付などと繋がっており、意外に身動きはとりやすい。
 病院で育ったはる奈ならではの発想だった。

 自分たちを襲撃してきたのが
浅井里江であることを確認した奈津美は、低い姿勢ではる奈をかばいながら廊下を走って逃げた。
 当然ながら里江は追ってきたが、修復されかけていたバリケードを乗り越えている間に、とにかく奈津美たちは身を隠すことが出来た。
 その時は、荷物専用エレベーターの中に飛び込んだのだが、扉を完全に閉めてしまうと中からは開けられないので、下端を少しだけ開けておくことも忘れなかった。
 まもなく、里江の足音が前を通過していった。さすがの里江も、こんな場所には注意を払わなかったようだ。
 足音が聞こえなくなると、奈津美たちはすばやく抜け出した。見つかったら100%アウトの場所にずっと篭るわけにはいかない。
 そして次の隠れ場所として選んだのは、里江が一旦はチェックしているはずの診察室だった。これで、かなりの時間が稼げるはずだ。山野由加の事も心配だったが、不用意には動けない。偶然命中したのだろうが、トランシーバーが壊れてしまったのはとても痛かった。
 少し落ちついた2人は、出発してから今までの経緯を語り合った。お互いの武器も見せ合った。
「奈津美、大変だったんだね。あたしは比較的楽をしていたから、これから頑張るね。里江をどうにかできたら、禁止エリアになるまでゆっくり休むといいわ」
 はる奈の言葉に頷いた奈津美だが、里江をどうしたらよいのか分からなかった。
 たとえ自分が襲われてもクラスメートを殺す気になれないのは、2人とも同じだ。無論相手が里江の場合は、殺そうと思ったところで容易ではないのだが。
 自分たちが病院から逃走してしまうという発想もあるのだが、折角脱出に使えそうな道具を集めてあるのに、それを放置して立ち去るのは辛すぎる。それに、由加を見捨てるわけにもいかない。やはり、里江を追い払わざるを得ない。しかし、どうやって追い払うのか・・・
 奈津美ははる奈の言葉とは無関係なことを言った。
「多分、里江はあたしが病院に入っていくところを遠くから見てたんだと思う。病院の中にばかり注意を払っていて、外に無警戒だったあたしの責任かも」
 はる奈は奈津美の肩をポンと叩いた。
「何言ってるのよ。奈津美のせいじゃないわ。理屈から言えば見張りを放棄した由加のミスなんだけど、一刻も早く奈津美に会いたくなる気持ちは当然だし、責めるわけにはいかないと思う。連絡を貰った時、持ち場を離れないように釘をささなかったあたしのミスと考えることも出来るしね。決して、誰の責任でもないわ。ちょっと、ツイてなかったのよ。プログラムに選ばれたという不運に比べたら、大した問題じゃないわよ。規子には申し訳ないんだけど」
 流石は委員長だと思いながらも、奈津美は悩みつづけた。折角、はる奈たちが平和に立て篭もっていたのに、自分が訪れたばかりに目茶目茶になってしまったことに変わりはないのだから。
 それに、規子は自分たちの身代わりで死んでいる可能性が高い。規子には大変失礼な憶測なのだが、里江が最初の不意打ちで狙うべきなのは統率力の高いはる奈か運動神経の良い自分であるはずで、規子は後回しになるはずだ。つまり里江ははる奈か自分を狙ったのだが、弾は外れて規子に命中してしまったと考えられるのだ。ついでに言えば、2発目ももちろんトランシーバーを狙ったわけではあるまい。当然、自分たちを狙ったのに外してしまったのであろう。
 間接的にではあっても、どうしても規子の死の責任が自分にあるような気がしてしまう奈津美であった。
 そんな奈津美の心を見透かしたようにはる奈が言った。
「後悔するのは脱出してからにしようよ。今は少しでも大勢で生き残って脱出することだけを考えるの。それ以外は、後回しにしなくちゃ」
 そしてボソッと付け加えた。
「由加も上手く隠れてくれているといいんだけど」
「そうだね」
 奈津美は相槌を打った。
 確かにはる奈の言うとおりだ。くよくよしていたために判断ミスをして昇天してしまったら、規子にあわせる顔が無い。規子だって、自分たちの死を望んではいないはずだ。
 その時、階下の方から悲鳴が聞こえた。由加の声であることは間違いない。そして、直後に銃声が響いた。それから再び、静寂が訪れた。
 今の銃声が由加の落命を意味することはほぼ確実だった。奈津美は、ぐっと唇をかみ締めた。何て自分は無力なのだろうかと思えた。ふと、はる奈に視線を送ると、握り締めた拳が怒りと悲しみで小刻みに震えているのが分かった。
 自分を信じてついてきた仲間を守れなかった悔しさは察するに余りある。奈津美はしばらくはる奈に声をかけることが出来なかった。

 奈津美とはる奈は、体をこわばらせた。
 里江と思われる足音が再び接近してきたからだ。
 本当は、里江が2人を捜すことを諦めて立ち去ってくれることを期待していたのだが、やはりそんなに甘くはない。自分たちを討ち取るまで、立ち去る気はなさそうだ。
 戦うしかない。だが、里江は自分たちを殺すつもりなのに対し、自分たちは里江を殺さずに追い払いたいのだから、1対2とはいっても自分たちのほうが不利だ。おまけに、自分たちの使える武器ははる奈の銃だけだ。
 はる奈は、もう一度銃の使い方を確かめている。絶対に殺さないようにダメージを与えるのは、殺すのよりもずっと難しいはずだ。でも、他に手段はない。でも、銃があるだけ奈津美よりは戦える。
 モデルガンしか持っていない奈津美はと言えば、いろいろな小物を投げるくらいしか戦い様がない。病院という所は、小物には事欠かないのだが。もし里江が接近戦に弱いのなら、何とかして懐に潜り込めばよいのだが、残念ながら里江に接近戦で勝てる可能性のある女子は永田弥生程度だろう。自分が立ち向かっても、パンチ一発でノックアウトされるのは確実だ。
 考えているうちに、足音が診察室の前で止まった。
 絶対、絶対殺されてたまるものですか。
 高鳴る動悸の中、奈津美は全神経を集中させていた。
 

  
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