BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
56
診察室の扉が音もなく開かれた。
同時に、はる奈の銃が火を噴いた。里江の足先を狙ったようだったが命中しなかった。
ワンテンポ遅れて里江も発砲した。机の上のペン立てが吹っ飛んだ。
奈津美ははる奈の手を引きながら、カーテンをくぐって隣の処置室へ飛び込んだ。
当然のように追ってきた里江に、奈津美は消毒液の瓶とかピンセットとかを手当たり次第に投げつけた。
はる奈も消火器のピンを外して、里江に向けて泡を放出した。
里江が怯んでいる間に、2人は廊下に飛び出して向かいの心電図室に駆け込んだ。扉を開けた里江に向かって、車輪つきの心電図計を力一杯押し出した。上手くいけば里江を転倒させることが出来ると思ったのだが、里江は踏ん張って逆に押し返してきた。
が、その時には奈津美とはる奈は隣の検査室に逃げ込んでいた。
扉の陰から里江が怒鳴りつけた。
「こそこそしてないで、堂々と戦ったらどうなのさ。そっちにも銃があるのだし。今まで、何人か始末したけどこんなに往生際の悪い人はいなかったわよ。さっきの由加のほうがずっと潔かったわ」
巨大な検査機器の陰から奈津美が怒鳴り返した。
「あたしたちは戦いたくないの。貴女がいくらその気でも、あたしたちは嫌なの。自分たちが死ぬのも、貴女を死なせるのも嫌なの」
里江が呆れたような声を出した。
「何それ。そっちはそうでも、あたしは違うよ。あたしは全員殺すつもりなんだから。絶対、優勝するつもりなんだから。相手がやる気のない子でも遠慮なく撃つからね。でも大人しく降参してくれれば、褒美として一発で仕留めてあげるわ。一瞬の衝撃だけで、何の苦痛もなく逝けるわよ。このまま戦えば、貴女たちは傷だらけの悲惨な死に方になってしまうわ。それでもいいの? とにかく、貴女たちが息絶えるまで絶対に引き揚げるつもりはないからね」
はる奈が凛とした声を発した。
「悪いけどあたしたちはちゃんと戦ってるわ。自分が勝つものと勝手に決め付けている貴女に負ける気はしないわ」
里江の声が小馬鹿にしたような調子に変わった。
「これはこれは、委員長さん。いつもお世話になってます。委員長さんのお宅の辞書では、じたばたと見苦しく逃げ回ることを“戦う”と定義しているのかしら。それで、よく委員長のバッジを下げられるわね。恥ずかしくはないのかしら」
はる奈は負けずに言い返した。
「あたしは、何も恥じるところなんかないわ。“逃げるが勝ち”という言葉をご存知ないかしら。逃げるのも立派な戦い方の一つだわ。それが解らない貴女の方が恥じるべきよ。それにね、往生際がどうのこうのって言ったけど、貴女に威圧されたら気の弱い子は萎縮して動けなくなるわ。心では逃げたくても体が反応しないだけよ。それを勘違いしてるのも恥じて欲しいところね」
また、里江の口調が荒々しくなった。
「うるさいわね。逃げてたって最終的には絶対勝てないじゃないのよ。“攻撃は最大の防御”って言うでしょ。攻撃こそ全てよ。強いものが正義よ」
はる奈は、全く口調を変えなかった。
「それは、打たれ弱い人のセリフよ。打たれ弱いから攻撃的になる。すぐに相手を威嚇する。でも、それはみせかけの強さだわ。はっきり言うけど、貴女は弱い人だわ」
奈津美は感心したようにはる奈を見詰めた。自分が口をはさむ余地がない。流石は委員長だと思った。里江を挑発して怒らせるのは得策では無いようにも思えるが、怒らせなくても里江の自分たちに対する殺意は揺るぐことはない。であれば、怒らせて冷静さを失わせた方が銃の狙いも不正確になるだろうし、注意力や判断力も低下するはずで、間違いなく自分たちに有利な状況になるはずだ。そして、里江は見事にその策に嵌っているようだ。
里江の声がさらに大きくなった。雄たけびと言っても過言ではなかった。
「うるさい! とにかく、勝った方が強いの! 今すぐ、あんたたちをぶっ殺して強さを見せてやるわ! この世の最後の思い出に、あたしの強さを思い知るがいいさ!」
里江は扉の陰から飛び出して、銃を構えた。乱射するつもりだろう。
“今だ!”
里江が怒鳴っている間に密かに扉に最も近い機器の陰に移動していた奈津美は、立ち上がると同時に持っていたガラス製のフラスコを思い切り投げつけた。
フラスコは見事に里江の額に命中して、砕け散った。同時に銃声がして机の上の顕微鏡がバラバラになった。
里江の顔が血だらけになったのを確認した奈津美は、素早くはる奈の手を引いて廊下に飛び出した。
さらに、里江の怒声が響く。
「待ちやがれ。てめえら。絶対、ぶっ殺してやる」
廊下に出てきた里江が発砲したが、両目に血が滴る状態では命中するはずもない。
完全に形勢は逆転した。奈津美たちがその気になれば、里江を射殺することも可能だっただろう。だが、2人はそうしなかった。それだけは、したくなかった。
その時、背後から何者かの大声がした。
「2人とも、伏せろ!」
里江の銃口はあさっての方向を向いていて、伏せる必要などないはずだが、2人は反射的に従って伏せた。
何かが風を切るような音がして、里江がうめき声を上げながら左の太腿を押さえた。間髪を入れずに同じ音が聞こえ、今度は右の脛を押さえた。
「大丈夫か? 佐々木。遠山」
背後から駆け寄ってきた何者かが声をかけた。
奈津美とはる奈は顔を上げた。そこには、はる奈が捜し求めていた松崎稔(男子16番)の姿があった。稔の手には、川渕が持っていたのと同じような細い筒が握られていた。つまり、吹き矢だ。これで里江を攻撃したらしい。
「松崎君・・・」
一言呟いたはる奈が起き上がって稔に抱きついた。
だが、奈津美は見た。
セーラー服の袖で顔の血を拭った里江が再び銃を構えるのを。
吹き矢の痛みで、里江は冷静さを取り戻したようだ。
「危ない!」
叫んだ稔がはる奈を突き飛ばした。同時に銃声。
銃弾は稔の胸に命中し、稔は仰向けに倒れた。はる奈が悲鳴を上げた。
里江が勝ち誇ったように叫んだ。
「ふん。獲物が1人増えて助かったわ」
今度は、銃口を奈津美に向けた。
とても、逃げられない。奈津美は全身の血の気が引くのを感じた。これで、あたしの人生は終わった。
そして、銃声・・・
だが、のけぞったのは里江の方だった。左の肩に血が滲んでいる。
え? どうなってるの?
奈津美は背後を振り返った。
倒れていたはずの稔が起き上がって、はる奈の銃を引っ手繰って発砲したようだった。
稔が叫んだ。
「さっさと退散しろ、浅井。さもないと、今度は心臓を撃ち抜かせてもらうぞ。悪いが俺は彼女たちほど優しくはないぞ」
「わかったよ。この場は、一旦引いてやるよ。でも、必ずリベンジさせてもらうからな」
分が悪くなった里江は捨て台詞を残して走り去った。稔は銃を構えたまま後を追っていったが、しばらくすると戻ってきた。
「間違いなく浅井は院外へ出て行った。もう大丈夫だ」
奈津美は頭を下げた。
「有難う、松崎君。おかげで助かったわ」
はる奈は、またもや稔に抱きついた。
「会いたかった、松崎君」
そこで、はる奈は突如体を離して何かを思い出したように言った。
「ところで、撃たれた所は大丈夫なの?」
奈津美も我に返った。そうだ。稔は胸を撃たれたはずだ。
稔が答えた。
「衝撃はあったけど大丈夫さ。俺の支給武器は防弾チョッキなんだ。学ランの下に着ているのさ」
今度は奈津美が訊ねた。
「だったら、その吹き矢は?」
「これは、途中で見つけた梶田のデイパックに入ってた。毒が塗ってある訳ではないから、さっきくらいの威力しかないけどね」
なるほど、そういうことなのね。あ、でももう一つ訊かなくちゃ。
奈津美が稔に尋ねようとしたことを、一足先にはる奈が尋ねた。
「でも、どうしてここへ?」
稔が答えた。
「偶然、側を通ったら銃声が聞こえたから覗いてみたんだ。その時点では中までは入らないつもりだった。危険だからね。ところが、玄関に倒れていたのが大薗だろ。大薗は君と一緒にいる可能性が高い。君がピンチなんじゃないかと思ってね。間に合ってよかったよ」
ん? これは一種の告白かな?
はる奈の頬が赤くなった。はる奈が稔に憧れていることは奈津美も知っている。
「はる奈、よかったね。両想いだったじゃない」
奈津美の言葉にはる奈は小さく頷いて、またもや稔に抱きついた。
しばらくして、体を離したはる奈が言った。
「そうそう、感激してて忘れるところだった。松崎君に相談があるの」
はる奈は自分の脱出計画を稔に説明して、さらに妨害電波発信装置の作成を依頼した。
奈津美も、はる奈の計画の内容は先刻隠れている時に聞いている。かなり期待していた。
腕組みをしてじっと聞いていた稔が、重そうに口を開いた。
「作ること自体は可能だと思う。でも、俺は作らない」
え? 今、何て言ったの? 作れるけど作らないですって?
奈津美もはる奈も目が点になっていた。
<残り14人>