BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


57

 度会裕隆(男子21番)は立ち上がり、隠れていた炭焼き小屋から顔を出した。
 山頂に近く、エリアで言えばD=5に該当した。
 今日も暑くなりそうな天気だ。裕隆は大きく背のびをして気合を入れた。
 そろそろ行動開始といきますか。
 裕隆の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 裕隆は大変な女好きだった。
 好みの幅は非常に広くて、年齢でいえば小6から高3くらいまでオーケーだったし、顔などの条件も殆ど無くて、クラスの女子では
浅井里江(女子1番)と永田弥生を除く19人に好意を持っていた。
 といっても、手を出すことは全くなかったし、誰に告白することも無かった。
 ただ、女の子と雑談したり、一緒にいるのが好きだった。
 また、重い荷物を持っている女子に手を貸すなど大変親切にしていたし、会話も面白かったので、下心を見抜いている一部の女子以外にはなかなかの人気だった。
 決して特定の彼女を作ろうとはしなかったので(単に多くの女子と仲良くしたいだけなのだが)、彼氏のいる女子とも比較的親しかった。
 その代わりに男子の友人は殆どいなくて、休み時間などは女子の輪の中に入っていることが多かった。
 プログラムの宣告を受けた際には、できるだけ多くの女子を引き連れて脱出することを望んで、周囲にいた女子に声を掛けてみたが、具体的な脱出案があるわけではなく、軽いイメージを持たれていたこともあって、誰も同調してくれなかった。
 結局1人で行動する羽目になった裕隆は、考え方を改めた。
 女の子は世の中にいくらでもいるじゃないか。クラスの子にこだわる必要はないさ。ここは優勝して帰り、また別の学校の女の子と仲良くなろう。かわいそうだけど、クラスの子には死んでもらおう。
 と、ゲームに乗ることにしてしまった。
 ところが、運動能力は男子では平均レベルであったし、支給された武器は懐剣であったため、クラスメートを殺して回るのは困難であった。それに、死んでもらうことに決めたとはいえ仲良くしてきた女の子たちを自分の手で葬るのには強い忌避感があった。男子なら平気で殺せそうだったが。
 そこで、しばらくはひたすら隠れることにした。
 人数が減るまでじっとしていれば、女子は多分全滅するだろうし、残った男子も疲労しているだろうと考えた。そこで疲労した強者と自分の勝負になるわけで、それに勝てるとは限らないわけだが、自分で女子を殺さずに優勝確率をもっとも高める唯一の手段だと考えた。
 偶然見つけた炭焼き小屋で時を過ごした。施錠はできたので仮眠もとれたし、目覚まし時計も持っていたので放送を聞き逃すことも無かった。その間、幸運にも誰も通りかからなかった。その幸運は自分が優勝できる暗示だと裕隆は思った。
 だが、先刻の放送を聞いた裕隆は頭を抱えた。自分以外の生存者は男子6人・女子9人。女子が簡単に全滅するだろうという目算は大きく外れて、むしろ女子が優勢(?)だ。おまけに、
佐々木はる奈(女子10番)とか遠山奈津美(女子13番)とか川越あゆみ(女子6番)といった特に気に入っている面々が生き残っている。優勝するためにはどうしても彼女たちも死なせる必要がある。
 裕隆は散々悩んだが、ついに優勝のためには私情にこだわってはならないという結論を出した。きわめて不本意ながらも、今後出会う全ての者に刃を向ける決意を固めた。親しい女子にも容赦しないと誓った。残り人数が16人の段階で行動を開始したのは、あまり強くない者が残っているうちに武器を強化する作戦に変更したためだった。

 小屋を出た裕隆は、西の方へ向かって山を下り始めた。細い道の両側は深い森だ。
 先手を打って襲われてはたまらない。裕隆は四方に気を配りながらゆっくり進んだ。
 急に視界が開けて少し広い場所に出た。キャンプ場なのだろうか。色とりどりのバンガローが並んでいる。
 そして、周囲を見渡した裕隆の目に人影が飛び込んできた。人影はバンガローの陰に消えた。
 一瞬しか見えなかったが、スカート姿ではないことだけは確かだった。
 よし、男だ。絶対、片付けてやる。
 裕隆は足音を殺しながらバンガローに接近し、相手が出てきそうな場所に先回りして懐剣を構えた。
 だが、接近してくる気配は無い。判断を誤ったかと思ったとき、隣のバンガローの陰から人物が現れた。
 裕隆を発見して立ち止まった相手は川越あゆみであった。
 とすると、さっき見たのはあゆみの彼氏の
吉村克明(男子20番)なのだろうか。
 一瞬そんなことを考えたが、よく見るとあゆみは体操服姿だ。そういえば、見たのは学ランではなかったような気がする。やはり、先程の人物はあゆみだったのだ。用心して不規則な行動をしていたのだろう。
 一旦、女子でも殺す決意をしたはずだったのだが、実際に目前に可愛らしい少女が現れると、とても命を奪う気にはなれない。
 思わず、話しかけていた。
「吉村は一緒じゃないのかい?」
 あゆみは静かに答えた。
「見ての通りよ。捜してるんだけどね」
 再び裕隆は悩み始めた。
 俺が生き残るためには、あゆみも殺さねばならない。吉村がいないなら好都合だ。だが、こんな可愛い子を殺すなんて。
 頭の中で2人の自分がバトルを始めた。決着はなかなかつきそうにない。
 無意識のうちに裕隆は、懐剣を構えたままゆっくりとあゆみに近づきつつあった。
 あゆみが声を掛けてきた。
「度会君。やる気なの? 嘘でしょ? あんなに女の子に親切な人なのに」
 我に返った裕隆は、あゆみが拳銃をこちらに向けているのを見た。だが、姿勢は明らかに逃げ腰だ。
 拳銃を見た途端に、あゆみを殺そうとしている裕隆が優勢になった。
 あゆみを殺すんじゃない。目的は拳銃を奪うことだ。拳銃があれば、この先有利だ。拳銃を奪った結果、あゆみが死んでしまったと考えればいいのじゃないか。
 結論は出た。自分の行動は銃を奪うことだ。その手段として、あゆみに死んでもらうのだ。
 あゆみの性格はよく知っている。決して人を殺せる人物ではない。銃を向けているのは威嚇にすぎないはずだ。
 裕隆は懐剣をベルトに戻した。テニス部選手のあゆみが本気で逃げ出したら、追いつける自信はない。出来るだけ接近して一撃で倒す必要がある。笑顔を作りながら、一歩一歩近づいた。
 だが、あゆみは裕隆の殺気を読み取っていたようだ。悲しそうな表情に変わったかと思うと踵を返して走り出した。
 慌てた裕隆はあゆみを全力で追った。だが、あゆみはとてもすばしこくて、差はなかなか詰まらない。持久走になったら、先に息切れするのは間違いなく自分だ。
 だが、ここで裕隆に幸運が訪れた。あゆみには致命的な不運だったが。
 あゆみが地面から突き出た大きな石を飛び越えた時、着地地点に別の石が突き出ていたのだった。あゆみにとって、普段から走りなれている運動場とは勝手が違ったわけだった。
 バランスを崩したあゆみは、派手に転倒してしまった。千載一遇の好機とばかりに、裕隆は懐剣を抜いてあゆみの上にのしかかった。
 懐剣は見事にあゆみの脇腹を抉った。裕隆が懐剣をひねりながら抜いて立ち上がると、傷口の皮下脂肪が露になり、血が流れ出した。あゆみは呻き声をあげながら、のた打ち回りはじめた。
 その姿をみた裕隆は呆然と立ち尽くした。普段よく雑談を交わしていた美少女が、顔を歪めて苦しんでいる。血を流して悶えている。しかも、それは自分の行為がもたらした結果なのだ。頭の中は後悔の念で満たされた。銃を奪う目的などとっくに忘れて、思わず声を掛けていた。
「ごめん、あゆみ。大丈夫?」
 あゆみは一瞬裕隆を睨んだが、すぐに視線をそらした。
 当然だろう。襲っておいて大丈夫かと訊いたのだから。
 裕隆はあゆみを抱き起こそうとしたが、あゆみは払いのけた。
「あんた、何やってんのよ!」
 背後から声がしたかと思うと、裕隆の背中に強烈な痛みが走った。
 よろけながら立ち上がって振り向くと、鞭を持った
豊浜ほのか(女子14番)が自分を睨みつけていた。
 ほのかもなかなかの美少女だ。結構、好みだったりするのだが、そんなことを言っている場合ではない。友好的に接触できる状況ではないし、戦おうとしたところで、間違っても懐剣で立ち向かえる相手ではない。逃げる一手だ。
 裕隆は、振り向くことなく逃げ出した。ほのかの背後にもう1人女子がいたようにも見えたが、確認することも出来なかった。
 その時、坂を駆け下りる裕隆から少し離れた場所に、坂を上がってくる1人の男子生徒の姿があった。

 

  
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