BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
58
坂を上がってキャンプ場に辿り着いた吉村克明は、顔色を変えた。
あそこに倒れているのはもしや・・・
克明の父はプロのテニスプレイヤーだった。
といっても準鎖国政策のため国際試合には無縁で、もっぱら国内の大会で活躍して何度も優勝していた。
克明も幼い時から父に仕込まれ、中学進学の頃にはセミプロなみの実力になっていた。
父の跡を継ぐ次世代のチャンピオン誕生かともてはやされてもいた。
おまけに、母が元女優だったこともあってなかなかの美形だったため、注目度はさらに増していた。
だが、克明はマスコミに追われるのがイヤだった。
そこで、山之江市に住んでいる母方の叔父の所に養子に入って姿をくらました。
転校先の中学でもテニス部には入ったが、大会では適当にセーブして優勝などしないようにしていた。
もっとも、高校卒業後にはプロに転向するつもりで秘密の特訓は続けていたし、国内では無敵になるのが夢だった。
そんな彼の正体を知っているのは、クラスでは恋人の川越あゆみただ1人で、情報通の矢山千恵さえも把握していなかった。
ちなみに、あゆみはしばしば克明の家を訪問して本気の練習を見たり特訓を受けたりしていた。
そしてあゆみの視線があると、克明はますます練習に気合が入るのだった。
克明にとってのあゆみは、徐々になくてはならない存在となっていった。
だからプログラムに参加しても、とにかくあゆみと行動することが先決だった。それから、他の仲間を集めて脱出を図ろうと考えた。
テニスなら海外亡命しても問題なく続けられるわけであるし。
待ち合わせ場所にあゆみがいなかったことには、克明は大変驚いて不安になった。たとえ太陽が西から昇っても、あゆみが自分を裏切るなんて考えられなかったからだ。だが、付近で頭部を砕かれて果てている木原涼子を発見して納得した。
精神的には強いあゆみとはいえ、深夜に1人で殺害現場に潜めというのは無理な注文だろうから。
それから支給武器の2連発デリンジャーを握り締めた克明は、ひたすらにあゆみを捜し続けていたのだった。
しかし、得体の知れない塩沢冴子を見て身を隠した以外は、誰にも出会わなかったのだ。
運動能力も高いあゆみだが、屈強の男子に襲われたら生きてはいられない可能性が高い。おまけに、あゆみは学年でも屈指のスタイルの持ち主なので、別の理由で男子に狙われる危険もある。いずれにせよ一刻も早く見つけなければならない。
放送の度にヒヤヒヤしていたが、あゆみは上手く生き延びているようだ。きっと、あゆみも自分を捜していることだろう。
時と共に疲労も重なってきたが、あゆみに会うまでは倒れるわけにはいかない。克明は根性で頑張っていた。
そして山頂から周囲を見渡してみようと考えて山の西斜面を登っていた時、少し離れたところを駆け下りていく男子生徒が目に入った。
よく見ると、度会裕隆だった。よく教室であゆみに話しかけている裕隆(自分は教室内では、ほとんどあゆみと接触せずに男子の仲間と過ごしていた)などに声を掛ける気にはならない。無視して、坂を上り続けた。目前にはキャンプ場の看板が見えていた。
倒れている人物の両側に2人の女子がしゃがみこんで声を掛けているようだ。
克明は、走って接近した。
倒れて苦しんでいる人物の顔は見えないが、体格は判った。見間違うはずもない。あれは、あゆみだ。
足音に気付いた2人の女子がこちらを向いた。豊浜ほのかと真砂彩香(女子16番)だった。
克明は、2人を無視してあゆみに声をかけた。
「あゆみ! しっかりしろ」
あゆみは薄目を開けて克明を確認すると一瞬微笑んだが、すぐに苦悶の表情に変わった。脇腹の無残な傷がよく見える。
誰が、こんなことを・・・
彩香がやるとは思えない。ほのかに決まっている。克明は迷わずに銃口をほのかに向けた。同時に叫んだ。
「豊浜! よくも、よくもあゆみをやってくれたな。絶対、許さんぞ」
ほのかは立ち上がりながら無言で克明を見詰めた。やれるものならやってみろという態度だ。
彩香が背後から克明の腕を掴んで言った。
「違うの。ほのかじゃないの。話を聞いて」
「嘘付け!」
怒鳴った克明は彩香を突き飛ばした。悲鳴とともに彩香は尻餅をついた。
しかし、この怒鳴り声と彩香の悲鳴があゆみの意識を覚醒させた。
「ほのかじゃないわ。度会君にやられたの。ほのかと彩香はあたしを助けようとしてくれてるの」
あゆみの声を聞いて、慌てて克明は銃口を下げた。もう少し遅かったら、克明は引き金をひいていただろう。もっとも指に力を入れようとした瞬間に、ほのかの鞭で吹っ飛ばされる結果になっていたかもしれないが。
しまった。さっきの裕隆が犯人だったのか。俺の顔を見て、慌てて目を逸らしたのはこういう理由だったのか。だが、今はあゆみの手当てをしなければ。
あゆみを抱き起こすと、傷を確認した。明らかに内臓に達している傷で出血も酷く、とても助かりそうになかった。
涙をこらえながら話しかけた。
「あゆみ。大した傷じゃない。大丈夫さ。気をしっかり持ってくれ」
あゆみは首を左右に振ってから微笑んだ。
「その気持ち、とても嬉しい。でも、自分の体だもの。自分が一番わかるよ。もう、助かりっこないよ」
克明は、もう涙をせき止めていられなかった。
「ごめん、あゆみ。もっと早く見つけてやれれば」
あゆみは目を閉じて答えた。
「克明のせいじゃない。度会君の顔を見て、すぐに逃げなかったあたしのドジだもの」
克明は無言であゆみを抱きしめた。あゆみが苦しそうにしながらも首を回して接吻をした。そして言った。
「あたしの最後のお願いを聞いてくれる?」
「当たり前じゃないか」
涙声で答えた克明に、あゆみはこう告げた。はっきりした口調で。
「あたしにとどめをさして。あたしを愛してくれているなら、その手であたしを楽にして。お願い」
一瞬、何が起こったのか判らなかった。脳天を金槌で殴られたような衝撃だった。
と、とどめ? 俺にあゆみを殺せってのか? 出来るわけないだろ。
思わず叫んでいた。
「冗談じゃない。そんなこと出来るか!」
あゆみは静かに答えた。
「あたしは、どのみち死ぬのよ。それが少し早くなるだけよ。苦しみながら死ぬのはイヤだし、その姿を克明に見られるのもイヤなの。解って。お願い」
あゆみが言いたいことは理解できる。だが。だからといって。
再びあゆみはうめき声を上げて苦しみ始めた。今までの毅然とした態度は素晴らしい精神力のなせる技だったのだが、ついに力尽きたようだ。
男として恋人の頼みは聞かねばならない。苦しんでいるのだから楽にしてやりたい。しかし。
「気持ちは解るけど、この場合は楽にしてあげるのが情けじゃないかしら」
ほのかが話し掛けてきたが、克明は固まったままだった。
あゆみは苦しみながらも薄目を開けて克明を見ている。何かを訴えかける視線だった。
それでも克明は何の反応も出来なかった。どうしても頭の中が整理できなかった。
「もう、見ちゃいられない。あんたがやらないなら、あたしがやるさ」
ほのかが銃を抜きながら言い放った。その銃が、あゆみの持っていた銃であることなど克明は知る由もなかったけれども。
あゆみが、ふたたび声を出した。しかし、先ほどの元気はないし、目は閉じたままだ。
「いやよ、ほのか。あ、あたしは、克明・にやって・ほしいの」
黙っていた彩香も口添えした。
「吉村君。あたしからもお願いするわ。あゆみを楽にしてあげて」
突如、克明の脳内の配線がぶちきれた。雄叫びとともに、銃口をあゆみに向けた。
あゆみは再び目を開いてはっきりと言った。
「ありがとう、克明。でも、克明は死んじゃだめよ。絶対、生き残ってもっと素敵な彼女をつかまえて立派なプロになる夢をかなえてね。それじゃ、永遠にさよなら。今まで、ありがとう」
そして、あゆみは静かに目を閉じた。体のほうは苦痛で悶えていたが。
克明の手が大きく震えていた。このまま、発砲すればほのかや彩香に命中する可能性すらあった。
ほのかが克明の手に自分の手を添えて、銃口を正確にあゆみの心臓の位置に向けた。顔を傷つけないようにとの配慮だろう。
「あゆみぃ〜!」
克明の叫び声と共に銃は火を噴いた。あゆみの体が一度大きく揺れた後、ピクリとも動かなくなった。
しばらく呆然としていた克明は、彩香のすすり泣く声で我に返った。
最愛のあゆみが、生命を失った物体と化している。
もうここに、あゆみはいない。いや、ここどころかこの世のどこにもいない。ここにあるのは抜け殻だ。
裕隆、お前だけは絶対に許さん。この手で地獄に送ってやる。
「うぉ〜!」
一声叫んだ克明は、裕隆の去った方向へ全力で走り出した。
背後からほのかが声を掛けたが、克明には全く聞こえていなかった。
女子6番 川越あゆみ 没
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