BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


59

 服部伸也(男子12番)は、山頂に辿り着いた。
 周囲を見回したが特に変わったところはなく、人影もない。
 先刻の銃声からはかなりの時間が経っているので、正確な場所を把握するのも困難だった。
 遅かったか。少し遠かったしな。
 冷静な伸也も人数が減るに連れて焦ってきていたのだ。

 基本的な姿勢は変わっていない。
 仲間の敵をとるため、一旦脱出した後で政府関係者を攻撃するつもりだった。
 そのためには仲間が欲しい。しかし、一番仲間にしやすそうな
浅井里江(女子1番)はゲームに乗っていて仲間どころではなかった。
 その後も、塩沢冴子に襲われたり
坂持美咲(女子9番)に出会ったりしたが、当然仲間には出来なかった。
 というよりも、仲間に出来そうな人材がいなかった。
 自分が信用できる相手ならば何人か残っている。脱出を検討していそうな連中も残っている。
 だが、自分を信用してくれる人物が見当たらない。敵意が無いことを示しても、おそらく追い払われてしまうだろう。
 とすれば、誰かが脱出を始めたときに便乗するしかない。もちろん、そんな場面に遭遇できる確率は恐ろしく低いと思われる。
 そこで、とにかくいろいろな人間に声を掛けてみることにしてみた。ひょっとしたら、話を聞いてくれる者もいるかもしれない。
 山の東斜面にいた時、山頂の方向から銃声がした。誰かがいることは確かだ。ゲームに乗っている者なら始末したいし、そうでない者には話しかけたいと思った。

 誰もいない山頂に立ち尽くした伸也は考えた。
 銃声は山頂の方向ではあったが、山頂とは限らない。西斜面の可能性もある。であれば、さらに時間が経っているわけだから、今さら向かっても誰もいない可能性が高い。誰かの屍にならば会えるかもしれないが。
 諦めて周囲を見渡した。ここはなかなか眺めがよい。会場の大半が見えている。体育館の屋根も小さく見えるし、海も見ることができる。
 苛立っていた気持ちを少し落ち着けてくれるような風景だった。
 大きく深呼吸した伸也は、急に真面目な表情に戻った。西斜面の低木の茂みの中を移動する2つの点を見つけたからだ。
 誰だか判らないがとにかくクラスメートを発見したのだ。
 喜んだ伸也は、荷物から民家で調達したオペラグラスを取り出して2つの点を観察した。
 思わず、あっと叫んだ。
 それもそのはず、2人は
豊浜ほのか真砂彩香だったのだ。
 誰を仲間にしようかと考えていた時に、伸也は何故かほのかのことを忘れていた。
 忘れていたというよりも、いつも里江にくっついているほのかのことなので、里江を仲間に出来ないと判った時点で、頭の中のメモリーからほのかも消去してしまっていたのだった。
 そういえば里江に会った時、ほのかはそばにいなかった。ほのかは里江を裏切っているのかもしれない。とすれば、ほのかはゲームには乗っていないだろう。第一、乗っているのなら彩香が同伴しているはずがない。
 ほのかなら、自分を信じてくれる可能性があるだろう。確率は五分五分といったところだろうか。
 彩香の存在も気になるが、彩香は心が広い。ほのかが自分を受け入れるつもりならば、おそらく同意してくれるだろう。
 よし! 2人に話しかけよう。
 気合を入れた伸也は、2人のいる方向へ山を下り始めた。呼びかけておけば出会いやすくなるが、大声は禁物であるし、相手に不安を与える可能性も高い。
 常識的には、自分はやはり危険人物なのだ。特に彩香にとっては。
 先に自分が銃などを持っていないことを見せなければ、話し合いをする前に逃げ出されてしまうだろう。
 つまり、至近距離になるまで2人に自分の接近を気付かせない方が良さそうだ。
 結果として2人から目を離さず、足音を立てず、そして出来るだけ急ぐという芸当をしなくてはならない。しかも砂利と岩の散在する斜面で。
 それでも、伸也はそれを実行した。だが、その分だけ周囲に対する注意力は散漫になってしまっていた。
 そして、突如伸也の足下の砂利が撥ねとび、同時にコンクリートを砕くような連続音が聞こえてきた。
 伸也は、素早く大きな岩の陰に飛び込んだ。どうやらマシンガンを持った者に襲撃されたようだ。
 ふと見ると、ほのかと彩香は急速に遠ざかっていく。マシンガンの音を聞いたのだから当然だろう。
 クソ。誰だか知らんが邪魔しやがって。成敗してやる。
 再度、連続音がして砂利が弾けた。だがそれで、伸也は相手の大まかな位置を把握することが出来た。
 自分にはスタンガンしかないので、接近戦に持ち込むほかはない。そして接近戦ならば、クラスの誰にも負けるはずがない。懐に飛び込めれば勝ちだ。
 伸也は岩の陰から岩の陰への素早い移動を繰り返しながら、少しずつ相手に接近した。最初にいた岩陰に相手から一部が見えるように荷物を残してきたのが成功して、相手はずっとその岩だけを撃っている。
 ついに、伸也は相手の左側数メートルの位置まで接近した。ここに至って、相手の横顔が確認できた。
松尾康之(男子15番)だった。だが、マシンガンを乱射しながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている表情は伸也の知っている康之のものではない。プログラムに巻き込まれると狂う者がいることは想像に難くはないが、あれがそうなのか。だとすれば説得は不可能と考えられ、不本意だが殺してしまわざるを得ないだろう。スタンガンを握り締めた伸也は、全力で康之を倒す決意をした。
 伸也は康之めがけてダッシュをかけた。康之がこちらに銃口を向ける前に、懐に入れるタイミングだった。
 だが、康之は伸也の攻撃を予測していたかのように素早く銃口を向けた。おそらく康之は伸也を強敵と判断して、至近距離で仕留めるために故意に伸也の策に嵌った振りをしていたのだろう。
 だが、伸也の反射神経は康之の想像以上だった。
 素早く右側に飛び退くと、よろめくことなく康之へのダッシュを続けた。
 康之が銃の向きを変えると、伸也は姿勢を低くしてそのまま康之の脚にタックルするように飛び込んだ。
 脚をすくわれて転倒した康之だが、マシンガンは離さず、そのまま伸也を狙って撃ち続けた。
 伸也は地面を転がるようにしてかわしながら、スタンガンを康之の手首に当てた。
 康之がすぐに手首を引っ込めようとしたので直接のダメージは与えられなかったが、マシンガンを手放させることには成功した。
 これで、俺の勝ちだ。
 勝ち誇った伸也は康之に馬乗りになって、鉄兜を脱がせてから顔面を両拳で殴打した。
 だが鼻や口から血をたれ流しながらも、なお康之はニターッと笑い続けている。悲鳴どころか何の声も発しない。
 さすがの伸也も気持ち悪くなってきた。背中を冷たいものが走る。
 なんだこいつ。バケモノか。さっさと殺さないと。
 伸也は康之の首を両手で絞め始めた。それでも康之の表情は変わらなかったが、もう驚きはしない。握力には自信がある。充分に頚動脈を塞いでいるはずだ。数分で息の根を止めることが出来るだろう。だが、伸也は康之の首に力を入れるために少し腰を浮かさざるを得なかった。康之が右手を動かしているのを感じたが、気にしなかった。もし、この不自然な体勢からパンチなどを放っても大したダメージにはならないはずだから。だが、伸也が感じたのは下腹部全体を揺るがすような衝撃だった。同時に火薬が弾けるような音が少しこもって聞こえてきた。
 苦痛に顔を歪めながら、首を曲げて康之の右手を見た。そして見た。その手にしっかりと拳銃が握られているのを。
 しまった、油断した。だが、まだまだだ。
 伸也は素早く起き上がると、康之の手に蹴りを入れて拳銃を弾き飛ばそうとした。しかし、伸也の身体能力がいかに優れていようとも、先に銃弾を撃ち込まれているハンディはあまりにも大きかった。
 蹴りにはスピードがなく、康之にたやすくかわされた。そして、再度の銃声。
 銃弾は正確に伸也の心臓を撃ち抜いた。
 伸也は声も上げずに仰向けに倒れた。地面に血の海が出来かけていた。それでも、執念だろうか伸也の目は康之を睨みつづけていた。
 しかし、その目もマシンガンを拾い上げた康之の乱射によって無残にも潰された。
 鉄兜を回収した康之は、穴だらけの伸也を振り返ることもなくゆっくりと歩き始めた。

  男子12番 服部伸也 没
                           <残り12人>


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