BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
60
いかに振り払おうとしても、頭に浮かぶのは彼女の面影ばかり。一刻も早く敵を討たねば。
吉村克明(男子20番)は、必死で度会裕隆(男子21番)を捜し求めていた。
もはや自分がなすべきことはただ1つだけだった。
丁度エリアD=3の道を注意深く歩いていた克明の耳に、人が争うような声が微かに聞こえてきた。
克明は耳を澄ました。男子同士のようだが、どうやら片方は裕隆の声のようだ。
ついに、見つけたぞ。これで、敵がとれるぞ、あゆみ。
克明は気配を殺しながら声の方へと向かい始めた。
恋人だった川越あゆみの介錯をした克明は、半狂乱状態で裕隆を追って走り始めた。
何も考えられなかった。とにかく、裕隆を憎む気持ちだけで行動していた。
本来ならば怒りの対象は政府であるべきだが、とにかく裕隆が許せなかった。
だが、しばらく走って少し息切れしたところで我に返った。
何してるんだ、俺は。もっと、落ち着かねば。
怒りに任せて行動している状態で裕隆に会っても冷静に戦える筈がなく、身体能力が数段劣る裕隆に返り討ちにされかねない。
この怒りは正当なものだし、けっして消すことは出来ない。でも、行動だけは冷静であらねばならない。
それに、あゆみを助けようとしていた豊浜ほのかと真砂彩香に一言の礼も言っていないことを思い出した。
普段紳士的な自分としては考えられないような失態であった。それだけ、怒りが大きく動揺が激しかったわけなのだが。
考えれば考えるほど、あゆみとの楽しい想い出が甦ってくる。もう2度と、あの笑顔を見ることは出来ないのだ。乞われたとはいえ、あゆみの介錯をしたことを悔いる気持ちも残っている。自分がやらなければ、まだあゆみは生きていたかもしれないのだ。結局、助からないにしても。
あゆみのいない生活など想像すらできない。あゆみのいない世界などに何の興味もない。首尾よく裕隆を討ち取ったとして、その後のことは何も考えられない。脱出する気力も失われた。それ以上は、生きていたくもない。あゆみは克明が生き延びることを望んでいた。あゆみの性格ならば、敵討ちさえも望んではいないだろう。だが、男としてのプライドがそんなことは許さない。
少し休憩した克明は何とか感情をコントロールできるようになってきた。静かな怒りの炎を燃やしながらも、慎重に裕隆を捜し続けた。後は、裕隆に会った際にも落ち着いた行動をとることが重要だ。
その時、斜面の上方でマシンガンらしき銃声がした。まだ上にいるはずのほのかと彩香の身が心配だったが、今は第3者にかまってはいられない。むしろ、他の者が裕隆を殺してしまうことを恐れた。
克明は慎重に進んだ。裕隆が自分の接近を知れば、戦いを中断してでも逃走してしまうだろう。決して、派手な足音を立てて近づくわけにはいかない。それに、裕隆に会う前に自分が他の者に襲撃されるのも避けねばならない。そのためにも、静かな行動が必要だ。
だが、自分が到着する前に裕隆が死んでしまう危険もある。急ぐ必要もあるのだ。
しかし、心配には及ばなかった。辿り着いてみれば、思ったより裕隆たちは近いところにいたのだから。
叢が途絶えて、荒地の広がった場所で2人の男子が格闘していた。1人は裕隆で、相手は黒野紀広(男子6番)だった。当然ながら格闘に必死の2人は克明には気付いていない。
克明は銃を構えかけてやめた。この状況で発砲しても、どちらに命中するかわからない。自分勝手男の紀広を助ける必要もないのだが、裕隆以外を殺したくはない。裕隆が死にそうにならない限り、いつでも発砲できる状態のまま手を出さずに様子を見ることとした。この2人なら、裕隆の方が強そうであったし。
実際その通りで、裕隆はどうにか紀広を組み伏せた。しばらく肩で息をしていた裕隆が、懐から刃物を取り出してゆっくりと振り上げた。紀広の首めがけて振り下ろそうというのだろう。
あ、あれであゆみを刺したのか。
もう、我慢できない。それに、紀広も気に入らない男ではあるが、目の前でむざむざ殺させるのは気分が悪い。しかも、今の姿勢ならば組み伏せられている紀広に弾が命中する可能性は低い。
よし、やるぞ。
克明は素早く銃を構えて引き金をひいた。
一瞬反動で目を閉じた克明だったが、再度目を開いた際には裕隆の体が横向きに倒れるのが見えた。見事に脇腹に命中したようだった。
克明は素早く駆け寄り、裕隆の額に銃を向けた。
裕隆が苦しそうに言った。
「ゴメン、吉村。彼女のこと、許してくれ」
克明は怒鳴るように答えた。
「問答無用! あゆみの痛み思い知れ」
そして、銃声・・・
裕隆の骸の前に克明は跪いた。
何だ、このむなしさは。敵をとったのに何も嬉しくないじゃないか。
どうしようもない虚無感が克明を包んだ。こんなことをして何になるのか。あゆみが蘇生するわけでもないし。
「ありがとう、吉村。おかげで助かったぜ」
起き上がった紀広が言ったが、克明は返事をしなかった。返事が出来る状態ではなかったし、もともと紀広を助けようという意志などはなかったのだから。
茫然自失に近い状態に陥っていた克明は、突如首筋への激痛で我に返った。いや、激痛どころじゃない。息も苦しく、口からは鮮血が噴き出した。横の方にも消防車の放水のような勢いで出血しているようだ。
紀広の手には、裕隆の懐剣がしっかりと握られていた。勿論、血が滴っている。
ニタリとした紀広が言った。
「感謝してるぜ、吉村。助けてくれた上にあっさりと殺らせてくれるんだものな。今だって、俺が先に度会を襲ったのさ。出会って話していたら、奴は『今、あゆみちゃんを刺してしまった。とても後味が悪い。もう誰も殺したくない』と言った。だったら俺が殺らせてもらうぞと思ったのだが・・・ まぁ、奴にとっては正当防衛だけどな。てなわけで、奴が川越を刺したのと同じ刃物でお前も刺してやったのさ。有難く思ってくれよな。それに、おかげで銃も手に入る。生きて帰ったら、お前に線香の一本でもあげてやるぜ」
もう、腹も立たなかった。むなしい敵討ちをした上に、こんな奴を助けてしまうとは。馬鹿馬鹿しいの一言だった。
一体、俺は何をやっていたのだ。
「どうにでもするがいいさ。どのみち俺は自殺するつもりだった。あゆみと同じ刃物であゆみのところへ行けるなら悪くはないさ」
と言ったつもりだったが、気管を切り裂かれているため声は出なかった。
脳への血流が不足してきた克明は、意識が徐々に失われていくのを感じた。
目を閉じると、あゆみの幻覚が見えた。いつもの笑顔のあゆみだった。最高の笑顔だった。
あゆみ、これからはずっと一緒だぜ。
これが、克明の最後の思考となった。
銃を奪った紀広は不敵な笑みとともに、その場を静かに立ち去った。
男子20番 吉村克明 没
男子21番 度会裕隆 没
<残り10人>