BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


61

 午前11時を過ぎて、日差しはさらに厳しくなった。今日も暑くなりそうだ。
 
豊浜ほのか(女子14番)は、慎重に周囲を見回しながら額の汗を拭った。背後で真砂彩香(女子16番)も同じ行為をしている。
 エリアC=7の集落は静まり返っていて人の気配はない。
 ほのかたちは、手持ちの飲料水が不足してきたので調達に来たのだった。
 見通しが悪い集落なので少々危険だったが、遠方からの狙撃以外ならば事前に察知できる自信はあった。
 2人は狭い路地から広い通りへ出た。
 ほのかは何となく嫌な予感がした。本来は自分の予感など信じない性格なのだが、それでも気になって仕方がなかった。
 早くこの道は横断してしまったほうがよさそうだ。だが、急げば注意力が低下する。
 一瞬の迷いが生じた。
 その時、何かが空を切る気配を感じ、同時に弾けるような音がした。銃声であることは明らかであった。
 ほのかはとっさに彩香の手を引いて駐車してあったライトバンの陰に飛び込んだ。
 ふと見ると、彩香の怯え方は尋常ではない。顔色は悪く、全身を小刻みに震わせている。
 銃で狙われたのだから怖いのは当然だが、銃声自体は彩香も何度も聞いているはずだ。
 そんなものに慣れたくはないけれど、多少は感覚が麻痺していてもおかしくはない。
 不思議に思ってよく見ると、彩香の頭頂部の髪が少し焦げているようだ。
 ということは、弾丸は彩香の頭をかすっていたということだ。
 もし彩香の身長が女子の平均くらいあったら、彩香は頭を撃ち抜かれて散っていたことになる。
 これなら、彩香の恐怖も充分に理解できる。
 彩香の肩をしっかり抱きしめながら、ほのかはそっと顔を出して、銃弾が飛んできたと思われる方向を見てみた。
 再度の銃声がしてほのかはまた隠れたが、30メートルほど先の車の陰から自分たちを狙っている者は確認できた。
 
浅井里江(女子1番)だった。

 ロクな武器を持っていなかったほのかはあまり動かないようにしていたのだが、藤井清吾とのバトルで鞭を入手してからは、大胆に移動していた。
 鞭があれば飛び道具以外に負ける気はしなかったし、隠れているだけでは仲間を作って脱出することなど出来るはずもない。
 それに、可能ならば里江を仕留めておきたかった。さんざん部下として使われたことに対する借りは返したいし、何よりも間違いなく脱出の妨げになるからだ。里江以外でも自分や彩香を殺そうとする者には容赦しないつもりだった。実際、既に清吾を消したわけであるし。
 半島の西側に移動したほのかが山の斜面を登っていると、キャンプ場が見つかった。
 ちょっと休憩でもしようかと思って足を踏み入れると、度会裕隆が川越あゆみを追っている姿が目に飛び込んできた。
 あゆみならば間違いなく仲間に出来る。しかも、とても頼もしい仲間だ。
 これも、彩香を仲間にした効果だ。自分ひとりでは、あゆみの警戒心を解いて仲間にするのは困難を極めそうだけれども。
 とにかく、この場はあゆみを助ける必要があった。裕隆など自分の顔を見れば逃げ出してしまうだろうから、さほど難しいとも思えない。
 が、近寄ろうと思った途端にあゆみは転倒して裕隆に刺されてしまった。
 ほのかは全力で駆け寄った。あゆみがとどめを刺される前に裕隆を追い払う必要があったからだ。
 裕隆を鞭で打って一喝すると、案の定裕隆は逃げ出した。
 もとより追う気はなく、あゆみを助け起こそうとしたが、あゆみの傷は致命的なものだった。
 追いついてきた彩香とともに治療の手段を考えたが、何も出来そうになかった。
 あゆみの傍らに拳銃が落ちているのが、ふと目に留まった。
 拾い上げると、苦しんでいたあゆみが口を開いた。
「それは、もうあたしには無用だからほのかに譲るわ」
 ほのかは小さく頷いた。あゆみは続けた。
「あと、克明に会ったらよろしく伝えてね。あたしの末路をね」
「わかったわ。約束する」
 ほのかが答えた時、背後で足音がした。
 しまった、油断してた。
 と、慌てて振り向くと吉村克明の姿が見えた。
 ホッとした。今のが里江だったりしたら、間違いなくゲームオーバーだった。どんな事態になっても油断は禁物だ。
 だが、克明はほのかを疑って銃を向けた。引き金をひかれる前に鞭で弾き飛ばす自信はあったけれど。
 やっぱり、不良のレッテルはこんな時に損だと痛感した。自分としては、むしろ克明を仲間にしたいところなのに。
 ひと悶着の後であゆみにとどめを刺した克明は、目を血走らせたままで駆け出した。
 ほのかは慌てて声を掛けた。
「ちょっと待ちなよ。落ち着かなきゃ返り討ちにあうかもよ。それより、あたしたちと脱出を試みる気はないのかい?」
 だが、克明には全く聞こえないようだった。
 克明の足の速さは知っている。追いつけるはずもなく、見送るほかはなかった。
 彩香の手を借りてあゆみの両手を胸の前で組ませた後、バンガローの中に安置した。
 扉には、“開けると爆発する。政府”と書いた紙を貼り付けた。これなら、陵辱されることはないだろう。
 銃を入手したので、これからはさらに積極的に行動できそうだった。彩香には、最初から持っていた果物ナイフだけを渡してあった。
 それから、急いで山を下った。銃声のした場所に留まっているのは危険だからだ。
 案の定、しばらく下ったところでマシンガンの音を聞く羽目になった。
 それが里江ではないという保証はなかったけれど、一旦は逃げることとした。
 そして、海岸線に沿って集落まで移動してきたのであった。

 捜し求めていた里江を遂に発見した。
 しかも、マシンガンなどは持っていないようだ。ならば、充分戦える。
 まず、彩香にこう告げた。
「悪いけど、里江を片付けるまで離れていて」
 彩香は大きく頷いた。
 ほのかは、里江が隠れている方向に1発だけ撃った。
 彩香が無事に建物の陰に入れるようにするための援護射撃だ。
 彩香は背を丸めた低い姿勢で、上手く逃げ切ったようだ。これで、心置きなく戦える。
 里江は暴力団組長代行だから、銃には慣れている。
 だが、ほのかも何度か里江のお供で射撃場に行っているので充分に扱える。
 あたしに、銃の扱いを教えたことを後悔させてあげるからね。
 里江が怒鳴ってきた。
「とよのか! やっと見つけたぞ。このあたしを裏切ったらどうなるか。覚悟しなよ」
 また、あたしの一番嫌いな呼び方を。あたしはイチゴじゃないっちゅうの。
「裏切ったことは確かかもしれない。でも、あんたは人間として正しくない。だから、裏切ったというよりも、見限ったという感じよ。そして、クラスのみんなのためにあんたを全力で倒させてもらうわ」
 ほのかの返事に里江は発砲しながら答えた。
「口の減らない子ね。まぁ、いいわ。間もなく貴女は二度と口がきけなくなるのだから」
 それからしばらくにらみ合いが続いた。
 ときどき、少し顔を出して1発撃っては隠れていた。
 お互いに弾切れが怖いから乱射はできない。相手の銃の装弾数が判らないから慎重にならざるをえない。
 やがて何となく里江の動きが本来よりも少し悪いように、ほのかには思えた。
 ひょっとしたら、今までの戦いで負傷しているのかもしれない。充分、ありうる事ではあるが。
 そうならば、無傷の自分の方が有利かもしれない。
 それでも接近戦で勝つのは難しそうだ。銃撃戦で決着を付けねばならないだろう。
 また、里江の声がした。
「出てきなさい。堂々と決闘しようじゃないの。このままじゃ埒が明かないし」
 冗談じゃない。そんなの承知したらどんな卑怯な手段で殺されるやら。
 確かに他校の不良との決闘では、里江は比較的堂々と戦っている。
 だが、命が懸かっている状況では手段を選ぶとは思えない。
「お断りよ。さては、卑怯な手を使わなければあたしに勝てないと思っているわけね」
 この言葉は、当然里江の逆鱗に触れた。
「何ですって。もう一度、言って御覧なさい。あたしの強さを知らないはずはないでしょ! もう一度、実力の差を痛感して死んでいくがいいわ」
 ええ、あんたの強さは知り尽くしてますよ。悔しいけど、とっても悔しいけどそれは認めるわ。でもね、あたしはそれ以上にあんたの性格をよく知ってるわよ。ボスにはふさわしくないほどのキレやすさ。それこそが、あんたの最大の欠点よ。そしてそれが、命取りになるんだわ。
 ほのかはさらに挑発した。
「そうかしら。強いのはケンカだけじゃないのかしら。銃撃戦も強いとは思えないんだけど」
「いい加減にしなさい!」
 怒声とともに立ち上がった里江が乱射してきた。計算通りだ。
 やがて銃声は止まった。弾切れだろう。無論、ほのかはしっかりと銃声の回数を数えてあった。
 さらに、里江が姿勢を低くする前に1発撃った。里江が左腕を押さえるのが見えた。
 よし、重傷を負わせた。それに、装弾数も判った。
 少し待ってみた。銃声はしない。里江は別の銃は持っていないようだ。これであたしの勝ちだ。
 ほのかは全力で、少し前方の車の陰まで移動した。
 ほぼ同時に銃声がした。里江が装填を終えたようだ。
「怪我の具合はいかが? あたしはまだ無傷だよ。あたしの方が優勢かもね」
 さらに、里江を怒らせそうな発言を続けた。
「五月蝿い! 絶対、ぶっ殺してやる」
 再度、里江が乱射を始めた。
 弾切れを待って距離を詰める。これを繰り返して、弾切れ状態で至近距離に迫れば確実に里江を射殺できる。里江の拳が届く距離まで迫ってはだめだけど。
 そして、先程と同じ数の銃声が轟いた。
 それ、行くわよ。
 同時に、ほのかはさらに前方の車の陰めがけてダッシュを始めた。
 ところが1歩も進まぬうちにほのかは胸の中央に信じがたいほどの衝撃を受けていた。
 とても、立ってはいられなかった。尻餅をつき、そのまま仰向けに倒れた。胸の傷からは夥しい量の真紅の液体が吹き出ていた。
 弾切れのはずなのにどうして? 絶対、あたしの勝ちだったのに。
 薄れ行く意識の中で悟った。
 そうか、初めに乱射を始めた時に里江の銃はフル装填されていなかったのか。ドジ踏んだものだよ、あたしも。
 悔しい・・・ とっても、悔しい・・・ だ、誰か里江を倒して・・・ お願い・・・
 自嘲の笑みを浮かべたまま、女子不良ナンバー2だった豊浜ほのかは静かに息を引き取った。
 道路には赤い水溜りが出来かけていた。
 

  
  女子14番 豊浜ほのか 没
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