BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
62
真砂彩香は悔やんでいた。
どうして、さっき実行できなかったのか。でも・・・
先程は正に危機一髪だった。弾丸が髪を掠めていったのだから。
あと10センチ、いや5センチ背が高かったら、確実に天国行きだった。
物心ついてから今まで、背の低さにこれほど感謝したことはなかった。
とにかく、何度“チビ”と呼ばれて苛められたことか。
身長は遺伝の影響が大きいので、ある程度はやむをえない。それでも、背の低い両親を恨んだことがないとはいえない。
だが、今回ばかりは命拾いをしたのだ。
でも体の震えは止まらない。豊浜ほのかが優しく抱きしめてくれた。
襲撃者は浅井里江。ほのかが、どうしても倒したいと言っていた相手だ。
ほのかは自分に離れるように指示をした。
当然のことだ。自分を守りながら戦うのでは、確実にほのかが不利になる。
彩香は、快諾した。ここは、ほのかに思う存分戦わせてあげることが必要だ。
ほのかの援護射撃のおかげで、彩香は無事に建物の陰に飛び込んだ。恐らくほのかは、自分がこのまま戦闘終了まで隠れていることを期待していたのだろう。
だが修羅場をくぐっているうちに、彩香は僅かだが逞しくなっていた。例えてみれば、RPGで経験値を重ねるとレベルが上がるようなものだ。涙もろさだけは変わってなかったけれども。
何とか、強敵と対決しているほのかを援護する方法はないのだろうか。ほのかの銃が複数あるのなら、弾切れの際に装填を手伝うことも出来るのだが、あいにく銃は1丁だ。
それならば・・・
彩香は裏路地を走った。その間、時々銃声が聞こえた。第三者に襲われたら危険だということは忘れていた。ほのかを援護したい気持ちで一杯だった。
既にほのかが倒されているのではないかという一抹の不安はあったけれども、計算どおりに里江の背後に回りこむことが出来た。前方、十数メートルのところに里江の背中が見える。里江は強敵のほのかに意識を集中しているのだから、息を潜めている限りは自分の存在はバレないだろう。
だが、そこで行動が止まった。一体、自分に何が出来るのか。持っているのは、果物ナイフだけ。投げて命中するとも思えないし、突き刺せる距離まで忍び寄れるはずもない。
わざと声を掛けて里江を撹乱する方法もあるが、それで一撃の下に倒されたりしたら、自分を庇ってくれているほのかに申し訳が立たない。
結局、名案は浮かばず、ほのかの応援に徹することにした。
再び裏路地に戻った彩香は、里江がいた場所に接している3階建ての家に入ろうとした。
幸いにも勝手口の鍵はかかっていなかった。足音をたてないように注意しながら階段を上がった。3階の部屋に辿り着いた彩香は、通りに面した窓を音を立てないようにそっと開いた。静かに顔を出した彩香は思わず息を呑んだ。正しく直下に里江の頭が見えたからだ。これならば頭上から里江に攻撃を加えることも可能だろう。もし、ほのかが負けそうならば何かを投げつけてやろうと考えた。
頭上に落とすのだから、果物ナイフなどではなくて何か重いもののほうが効果的だろう。適当な物はないだろうか。
彩香は室内を見回した。トロフィーと賞状が並んでいる。この部屋の主は何かの選手なのか。
彩香はトロフィーをよく見た。いずれも、ボウリング大会のものだ。大会名を見る限り、アマチュアの大会のようだが。
トロフィーは勿論レプリカなので軽い。もっと、重いものが欲しい。しかも、投げられる大きさでなければならない。
そうだ。アマチュアとはいえ、これだけ何度も入賞しているような人ならばマイボールを持っているのでは。
彩香は部屋の隅のスポーツバッグを開けた。狙い通り、ボウリングの球がシューズと共に出てきた。
よし、これならば。
重い球をかかえて窓際まで戻った。両手でしっかり持たないと落としそうなほど重い。自分がボウリング場で使う球の5割増し以上の重さだろう。自分の足の上にでも落としたら、骨折してしまうかもしれない。
外からは里江とほのかの声がしている。里江はかなりエキサイトしているようだ。
丁度、窓から顔を出した時、里江が左腕を撃ち抜かれてしゃがみこんだ。血しぶきが飛んでいる。
彩香は両手で里江の頭上に球をコントロールした。これで、手を離すだけで里江を倒せるだろう。
だが、やはり殺人には抵抗がある。決心がつかない。
考え直した。里江は負傷したのだ。手を出さなくても、ほのかが勝つ可能性は高いだろう。ほのかが優勢なのに自分が手を出したりしたら、ほのかを怒らせてしまうかもしれないし。
ひとまず球を窓枠まで戻して様子をみることとした。
再びほのかの挑発に乗った里江が銃を撃ち始めた。彩香にもほのかの作戦がよく判る。
里江はかなり取り乱している。明らかにほのかが有利だ。
がんばれ、ほのか。
彩香は緊張しながら戦況を見守った。
だが、彩香が見たものは胸を撃ち抜かれて倒れるほのかの姿だった。
さっき、この球を落としておけば・・・ けれど・・・
ほのかが死んでいるかどうかは判らない。でも、胸を撃たれては。
後悔しても遅い。下を見ると、里江は跪いてじっとしている。負傷と疲労で動けないのだろうか。
再び球を持ち上げた。ほのかの敵・・・
で、でもやっぱり人殺しなんてあたしには出来ない。ゴメン、ほのか。
昨日出会ったときから、ずっと自分を守ってくれていたほのかの面影が頭に浮かんだ。ほのかがいなければ自分はとっくに消されていたはずだ。
そう、あたしが今まで生き残ってこられたのはほのかのおかげ。あたしは、その恩に全然報いていない。だけど・・・
半分呆然としている頭で考えても何の結論も出ない。無意識に手の力が緩んだ。
アッと思う間もなく、ボウリングの球は彩香の手を離れて自由落下を始めた。
しまった・・・
何かが潰れるような音がして、我に返った彩香は窓から身を乗り出して下を見た。思わず、両手で顔を覆った。
無理もない。壁に叩きつけられた卵のように、里江の頭蓋が無残に砕けていたのだから。そして、赤いものや豆腐状のものが飛散していたのだから。
部屋の中央に戻った彩香は頭を抱えたまま跪いて激しく嘔吐した。2度3度と。
や、やっちゃったよ、あたし。な、なんて事を・・・
肩で息をしている彩香は、しばらくの間立ち上がることが出来なかった。
道路上では、頭蓋から飛び出した里江の2つの眼球が、恨めしげに虚空を睨んでいた。
女子1番 浅井里江 没
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