BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
63
入手したばかりの二連発デリンジャーを見詰めながら、黒野紀広(男子6番)はほくそえんだ。
紀広はエリアC=5からゆっくり東に進みながら、銃の餌食になる生徒を捜していたのだった。
紀広は、比較的裕福な家庭の1人息子だった。俗に言うところの成金であったのだが。
両親は紀広に溢れんばかりの愛情を注いで育てたのだが、それは過保護とも言うべきものだった。
欲しがるものは何でも買い与えたし、休日のたびに遊園地などへ連れて行き、好きなように遊ばせていた。
当然の結果として紀広は、わがままな男に育っていった。典型的な自分勝手人間になってしまったのだった。
自分の思い通りにならないのは成績くらいのもので、世の中の全てが自分中心に回っているように感じていた。
全て自分こそが法律だった。
言うまでもなく、クラスメートには相手にされず孤立していたのだが、紀広は平気だった。
彼の立場から言えば、周囲の者たちが自分に従わない無法者に過ぎないのだから。
中学生にもなると、さすがに周囲の一人一人が人格と自分の主張を持っていることを理解できるようになったが、いまさら協調性などを身に付けることは出来なかった。
プログラムに参加させられた紀広は、無論自分だけが生き残りたいと考えた。別に自分だけが他のクラスメートよりも価値のある人間だとか、自分こそが生き残るべき人間だとか思っているわけではない。各々の生命の価値が平等であることは承知している。それぞれに生きる権利があることも了解している。ただ単に、自分が生き残るためにはクラスメートを殺さねばならないと考えた。罪悪感もあるし、負ければ自分が死ぬことになるのも納得できている。勿論、負けなければ良いわけだが。
だから、脱出のことは考えなかった。生き残っても家に帰れず亡命生活をするしかないのでは意味がないからだ。
出発前に、周囲の者たちが相談をしているのは片腹痛いと思った。1人しか生き残れないのに相談をする価値などあるはずがないと思った。
出発順は満足だった。自分の前は4人だけ。出発時の態度を見た限りでは、ゲームに乗っている可能性があるのは梶田広幸ただ1人だ。だが広幸がそのつもりなら、大薗規子あたりが襲われて悲鳴を上げているはずだ。何も聞こえないと言うことは、さほど危険な状況では無いと考えた。体育館を一歩出たところで、周囲を見回した。直前に出発した尾崎奈々の後姿でも見えれば全力で追跡して仕留めようと思ったのだが、誰も発見できなかった。
今度はデイパックの中を探った。マシンガンでもあればベストだが、拳銃でもかまわないと思った。2分毎に1人ずつ出てくるのだから、正確に狙うことさえ出来れば弾の数は問題ではない。とにかく、自分の後から出発する35人を血祭りに上げれば良いのだから。
体育館の前に、死体が山のように折り重なっているさまを思い浮かべた。後は、残りの4人を捜して討ち取るのみだ。
だが、妄想もそこまでだった。なぜなら、デイパックから出てきたのは出刃包丁だったのだから。これでは、クラスメートをバタバタとなぎ倒すのは夢のまた夢だ。
せめて1人でもと思ったが、自分の次は川越あゆみだ。恐らくあゆみは、紀広の顔を見れば迷わず逃げるだろう。恥ずかしながら、自分はあゆみより走るのは遅い。倒すのは難しそうだ。
結局選んだ作戦は、ひとまず隠れて待ち、通りがかる者を闇討ちにすることだった。
だが、隠れた茂みに近寄ってきたのは2人組の女子だった。おまけに2人とも足が速い。というより、自分が遅すぎるのだが。
まともに襲い掛かっても逃げられてしまうと判断した紀広は策を弄した。だが、遠山奈津紀を片付けたものの、遠山奈津美(女子13番)に銃を突きつけられて逃げる羽目となり、全ての荷物を失うという最悪の結果になってしまった。
それから、病院に侵入して食料などを確保することには成功したが、佐々木はる奈(女子10番)にまたもや銃を突きつけられて逃げるほかはなかった。
2度にわたって女子に追い払われた紀広は、屈辱感で一杯だった。なんとなく女子に馬鹿にされたような気分になった。
しばらくして、血まみれの本吉美樹の骸を見つけた。まだ、ぬくもりの残っている美樹を脱がせて全裸にした。月明かりの下とはいえ、初めて見る女子の裸体だった。グロテスクな傷があっても、とても美しく見えた。思わず、全身を撫で回してみたが、突如それが死体であることを思い出して戦慄が走った。
俺は、何をやっているんだ。死んだ奴にかかわっている場合じゃないだろ。
立ち去りかけて思いついた。女子の死体に化けていれば、心配した女子や変態男が油断して近寄ってくるだろう。そこで突如襲い掛かれば、自分より強い相手も倒せるのではないだろうか。
早速、民家から包丁を調達してきた紀広は美樹のセーラー服を着込むと、目立つように道路に横たわって獲物を待った。
しばらくして足音が近づいてきた。いきなり小石を投げつけられたが、微動だにせず耐えた。折角の作戦を自らぶち壊しにはできない。
そして、接近した相手が誰なのか知らぬまま襲撃しようとしたが見事に失敗した。
それどころか、三度銃を突きつけられて退散する結果となった。おまけに作戦そのものを相手の川越あゆみに否定されてしまった。
セーラー服を脱ぎ捨てた後、深い森に隠れた紀広は将来を悲観した。やはり体力のない自分が優勝するのは難しいのだろうか。女子相手でこのざまでは、屈強の男子には敵うはずもない。
しかし、そこで考え直した。自分が負け続けているのは銃がないからに過ぎない。銃があれば遭遇した女子たちを倒すのも可能だったはずだ。それに、彼女たちの中にやる気の者がいれば自分はとっくに死んでいたことだろう。その点では、自分はツイているとも言える。プログラムで生存するには運も大事な要素であることは間違いないだろう。これだけの幸運があれば、諦めることはない。
開き直った紀広は、再び他の生徒を捜し始めた。そして、先刻の戦いで念願の銃を入手したのだった。
あっさり殺させてくれた上に、銃をくれた吉村克明には一応感謝しておいた。
そうだ。やっぱり俺は運がいいんだ。もう残り人数も少ないはずだし、優勝のチャンスは充分あるはずだ。やるぞ、俺は!
紀広は気合を入れなおした。マシンガンを持っている者がいることも、ここまで生き残っている者たちがそれなりの実力者であることも全く自覚できていなかった。
エリアC=6に入った紀広は目を輝かせた。遠方に念願の人影を見つけたのだ。しかも女子のようだ。
よし、絶対あの娘の土手っ腹に風穴を開けてやるぜ。
狂喜した紀広は、ゆっくりと標的に接近し始めた。
照りつける太陽は、間もなく南中しようとしていた。
<残り8人>