BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
64
「そろそろ放送ね」
佐々木はる奈の言葉に遠山奈津美は小さく頷いた。
はる奈の表情が暗い。無理もないだろう。またもや、クラスメートの死を宣告される時が来たのだから。
生命の尊さが身に染み付いているはる奈には、1人1人の死が耐え難い苦痛になるのだ。
程度の差こそあれ、奈津美も同じような気分だった。
今は、脱出すること以外に頭脳を消費するべきではないのだが、どうしてもそこまで割り切ることが出来ないのだった。
奈津美は前方の松崎稔(男子16番)の方を見た。既に稔は立ち止まり、地図を取り出してメモの準備をしていた。
禁止エリアのために病院を追われた奈津美たちは、中上勇一(男子11番)を捜すために移動を開始して、丁度エリアC=6の西部を歩いていたところだった。
かろうじて浅井里江を病院から追い出した奈津美たちは、バリケードを急いで修復した。
早速、はる奈は妨害電波を使った脱出案を稔に説明して協力を要請したのだが、稔は拒絶した。
当然、奈津美とはる奈は理由を訊いた。返事はこうだった。
「妨害電波を出すことは可能だし、それによって政府の連中を混乱させることも出来るだろう。だけど、ここで連中の立場で考えて欲しいんだ」
奈津美もはる奈も目をパチパチさせたまま、言葉が出なかった。
稔は続けた。
「突然、生徒たち全員の情報が入らなくなる。プログラムの管理が困難になり、脱出される心配もある。妨害電波が相手では修復も容易じゃない。逆探知をかけて兵士を差し向けると言う方法もあるけれど、それは兵士たちにとっても危険な任務だ。とすれば、連中が考えることは自明だよね」
奈津美はそっと首輪に触れた。はる奈も同じことをしている。思わず背筋が冷たくなった。
稔が言葉を繋いだ。
「そういうことさ。首輪から出ている電波の波長は恐らく共通しているだろうが、爆破を指令する電波の波長は違うはずだ。そして、俺たちはその波長を知る術がないから妨害するのは無理だ。つまり、全員の首輪が爆破されておしまいということさ」
納得するしかなかった。はる奈の作戦は、残念ながら自殺行為だったのだ。
落胆したはる奈を、奈津美と稔は力づけた。
「まだ、他にも手段はあると思う。中上を捜そう。でも、その前に遠山を休ませてやらないと。禁止エリアになるまでまだ時間はあるし」
稔の言葉にはる奈は少し元気を取り戻しながら答えた。
「そうね、でも稔君も寝てないでしょ、多分。あたしがしっかり見張るから寝てていいよ」
稔は答えた。
「では、お言葉に甘えさせてもらうかな」
結局、奈津美と稔は3時間弱眠った。普通、プログラム中は緊張と恐怖で眠りたくても眠れないことが多いだろうが、はる奈が見張っている要塞ということで、奈津美は熟睡することが出来た。悪夢などを見なかったのも、疲労が限界だったからだろう。
体力を取り戻した奈津美は、はる奈と協力して大薗規子と山野由加の亡骸を病室に安置して布をかけた。黙祷して別れを告げた。無論、稔には見張りを依頼してあった。
禁止エリアの発動時刻は午前11時。30分前に出発することとした。
はる奈はグロック19を稔に渡した。稔は防弾チョッキをはる奈に渡そうとした。だが、はる奈は言った。
「あ、それは受け取れないわ。あたしが死んでも大勢に影響ないけど、稔君が死んだら正にゲームオーバーだもの。だから、それは稔君が持ってなきゃ駄目」
「その気持ちだけ受け取っておくよ。でも、脱出に成功しても君が死んでしまったら俺は・・・ わかってくれ」
稔は強引に押し付けた。今度ははる奈は快く受け取って身につけた。
少し羨ましそうに見ていた奈津美だが、客観的に言えば運動能力が1番低いはる奈が持っているのが自然だろうとは思った。
そして奈津美たちは、静かに病院を後にしたのだった。
放送が始まった。
“みんな元気か〜。川渕だぞ。正午の放送を始めるぞ。お前たちの頑張りで俺はとても機嫌がいいぞ”
奈津美は顔を顰めた。はる奈も顔を曇らせた。川渕の機嫌が良いということは、すなわち死者が多いということだ。
“まず死んだ奴から発表するぞ〜。女子4番 大薗規子、女子18番 山野由加、女子6番 川越あゆみ、男子12番 服部伸也、男子21番 度会裕隆、男子20番 吉村克明、女子14番 豊浜ほのか、女子1番 浅井里江 以上8名だ。本当によく頑張ったな。俺は涙が出るほど嬉しいぞ。あと7人死んだら終了だ。楽しみにしてるぞ”
奈津美とはる奈は顔を見合わせた。この累々たる死者の数、何ということだ。特に、克明とあゆみのカップルが入っていたのはショックだった。脱出への協力を期待できる人材だったからだ。2人の名前が連続していないということは、一緒に倒されたわけではないだろうし、ましてや心中でもない。何があったのだろう。
また、里江の名前があったのにも驚いた。簡単に倒せる相手ではない。誰が倒したのだろうか。
はる奈はハンカチを目に当てている。禁止エリアのメモの方は稔におまかせだ。奈津美は、そっと手をはる奈の肩に置いた。
「もう、いや! お願いだからこれ以上誰も死なないで! 残った8人全員で脱出したい!」
はる奈は悲痛な叫びを上げた。はる奈にとっては、里江でさえ死んで欲しくはなかったのだ。
奈津美は、はる奈にどう声を掛けるべきか分からなかった。自分も感情的には似たようなものだったし。ただ、もう少しだけ現実的だった。8人の中に脱出に協力するはずがない人物が混ざっていることを了解していたのだから。
いつのまにか放送は終わっていた。禁止エリアはこうだった。
“午後1時からI=8”市街地の一部だ。
“午後3時からF=3”体育館の北西方向だ。
“午後5時からB=9”半島の北東の端だ。
はる奈が顔を上げた。
「あたしらしくないね。取り乱しちゃって。さぁ、頑張って皆を捜そうよ」
奈津美は大きく頷いた。
「ちょっと、用を足してくる。油断するなよ」
一声かけた稔が銃をはる奈に渡して、少し離れたところの深い茂みに姿を消した。
見送った奈津美は、突如強烈な殺気を感じた。同時に、乾いた音と共に足元の草が弾け飛んだ。
状況は、すぐに把握できた。そんなものに慣れたくはないけれど慣れてしまった。自分たちは狙撃されているのだ。
奈津美は、はる奈の手を引いて近くの岩陰に飛び込んだ。そして、頭の半分だけを出して、襲撃者を確認しようとした。
大木の陰から顔を出していたのは黒野紀広だった。無二の親友、遠山奈津紀の命を奪った男だ。勿論、手には銃が握られている。
その銃口がすっと動き、奈津美の方に向いた。奈津美はサッと頭を引っ込めた。
銃声がしたが、吹っ飛んだのは2mほど離れた木の小枝だった。不器用な紀広が、初めて扱う銃を上手くコントロールできるはずはない。といっても、まぐれあたりの可能性もあるので油断は出来ないが。
紀広が吠えるように叫んだ。
「遠山、佐々木! 見つけたぞ。昨日はよくも屈辱を味わわせてくれたな。借りは倍にして返させてもらうぞ。覚悟しろよ」
はる奈が呆れて答えた。
「黒野君、何言ってるの? 単に隠れ場所を変えてもらっただけじゃない。それが屈辱なの? そんなことであたしたちを殺しに来たの?」
紀広が怒鳴り返した。
「あのなぁ、俺はこのゲームに乗ってるんだよ。皆、殺すつもりなんだよ。ただ、昨日は銃がなかったから逃げるしかなかったんだ。男にとっては、女に銃を突きつけられて逃げるなんて大変な屈辱なんだぞ」
今度は、奈津美が答えた。
「それって、一種の男女差別発言なんだけど。間違っても、貴方なんかに討たれるわけにはいかないわ。奈津紀のためにもね」
紀広は笑いながら答えた。
「遠山! 俺は、お前の相棒の敵だぜ。俺を殺して敵討ちしたくはないのかい? 勿論、返り討ちにさせてもらうつもりだがな。仲良くあの世へ送ってやるから、有難く思いなよ」
奈津美は、こみあがる怒りを抑えながら答えた。
「言っときますけどね、奈津紀はつまらない敵討ちなどを望むような子じゃないわ。奈津紀もあたしも、許せないのはあくまでも政府よ。貴方に腹が立っていないとは言わない。でも、クラス全員がプログラムの被害者よ。だから、貴方に死んで欲しいとは思わない」
はる奈が追加した。
「そうよ。あたしたちは誰にも死んで欲しくないの。今からでも遅くないわ。ゲームから降りなさいよ。それでね、あたしたちは脱出を目指してるの。一緒に脱出しようよ」
紀広は高笑いをした。
「何を言い出すかと思えば脱出だと? 脱出なんかしたら犯罪者だぞ。お尋ね者だぞ。一生、家にも帰れず家族にも会えず逃げ続けなきゃならないだろ。そんなの意味がないだろうが」
ワンテンポ置いて続けた。
「しかし、お前たちにやる気がないってのは有難いね。俺は、一方的にお前たちをなぶり殺しに出来るってことだろ」
紀広はこちらにダッシュをかけてきた。足音が迫る。
しまった! せめて、守備的な戦意くらいは示しておくべきだった。
奈津美は、慌ててはる奈に目配せした。その意図を察したはる奈は、空に向けて発砲した。
だが、遅かった。紀広は既に奈津美たちが隠れた岩陰に回りこんでいて、銃口をピタリと奈津美の胸に向けた。
しゃがんだ姿勢の2人にはとても逃げられない。いや、俊足の奈津美だけなら逃げられるかもしれない。だが、はる奈の足では無理だ。
紀広は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
とっさにはる奈が叫んだ。
「待って。先にあたしを撃ってよ。委員長を仕留めるのも気持ちいいんじゃない?」
同時に奈津美の脇腹を指で突っついた。
はる奈の意図は判る。
紀広がはる奈の胸を撃つ。だが、防弾チョッキを着ているはる奈は死なない。紀広が戸惑っているところへ、奈津美がタックルをして転倒させる。そして、銃を奪って追い払う。
というわけだが、上手く行くだろうか。この場合は、紀広の不器用さが不安材料だ。胸を狙わせても頭に命中するかもしれない。
だが、紀広は答えた。
「いや、俺にとっては遠山の方が手強い。手強い方から倒すのが当然だろ。死ね! 遠山」
観念した奈津美は目を閉じた。まさか、こいつに討ち取られるなんて。奈津紀にあわせる顔がないよ。
そして銃声・・・
ん? あたし、生きてるの? 外してくれたのかな? そ、それともまさかはる奈に。
奈津美は目を開いた。紀広は右ひじを押さえてうずくまっている。銃口からは煙が上がっていたが、あさっての方向を向いている。
が、紀広は再び立ち上がり、改めて銃を奈津美に向けた。今度は額を狙っているようだ。
しかし紀広は突如悲鳴を上げると、銃を取り落として右手の甲を押さえた。
同時に誰かの叫び声がした。
「奪え!」
その大声で我に返った奈津美は、紀広の足下にヘッドスライディングするように飛び込んで銃を拾い上げ、間髪をいれず紀広に突きつけた。
紀広が怒鳴った。
「くっそ〜! あと一歩だったのに。誰が邪魔しやがった」
「黒野、俺だよ」
紀広とはる奈は声のした方を見た。奈津美は紀広から目を離すわけにはいかなかったが。
2人の視線の先には稔がいた。
紀広がうめいた。
「うっ、松崎も一緒だったのか。うかつだったぜ」
駆け寄ってきた稔は、2人を助けるのに使った吹き矢を懐にしまいながら、立ち上がったはる奈からグロック19を受け取って紀広に銃口を向けた。
「黒野、悪いがお前には死んでもらうしかなさそうだ」
紀広は震えながら2歩3歩と後退した。顔は恐怖で引き攣っている。
だが、はる奈が稔の腕を掴んだ。
「やめて、殺すのだけは」
稔ははる奈の手を振り払いながら言った。
「甘い! こいつを説得するのは無理だ」
奈津美は迷った。
紀広を味方にするのは無理だろう。見逃せば、また自分たちを攻撃してくるかもしれない。だからといって、殺していいのだろうか。自分たちの目的は脱出することだ。例えば、自分たちが脱出成功した後で会場に残った紀広が、形式的に優勝者になってもかまわないのではないか。紀広が死ななければならない理由はないはずだ。やっぱり、ここは逃がしてあげよう。
「あたしからもお願いするわ。見逃してあげて」
視線を紀広に向けて続けた。
「黒野君。罪を憎んで人を憎まずって言うでしょ。奈津紀を殺したこと自体は決して許せるものじゃない。でも、だからといって貴方を殺したくはないわ。さ、早く逃げて!」
稔が怒鳴った。
「遠山、何言ってんだ。ここで仕留めとかないとどうなるか分からんのだぞ。脱出の妨げになるかもしれんぞ。とにかく俺は撃つぞ」
奈津美は素早く稔の腕を掴んだ。振り払われても離さなかった。
そこで稔は奈津美の腹に肘鉄砲を食らわせた。だが、予測していた奈津美は腹筋に思い切り力を入れていたので、辛うじて耐えることが出来た。
その間に、紀広は逃げ去った。
銃口を下げた稔がいまいましそうに言った。
「君たちは甘い! 甘すぎる! 誰も殺したくない気持ちは解るし、俺も本来はそうだ。だが、この場合は違うんだ。理想を追うだけでは勝利は得られないんだよ。今度、奴に会ったら戦う前に君たちを失神させた方がよさそうだね」
腹をさすりながら奈津美は答えた。
「ごめんね、松崎君。でも、あたしはやっぱりできない。政府の連中なら話は別だけど」
はる奈も口を開いた。
「あたしも。自分が助かるためにクラスの子を殺すってのは」
稔は厳しい視線で虚空を睨みながら答えた。
「本当に君たちは心が美しいよ。素敵だよ。だが、それだけじゃダメなんだ。この状況ではね。解ってくれよ」
溜息をつきながら奈津美は答えた。
「解ったわ。今後は少なくとも邪魔はしないと約束するわ」
はる奈も俯きながら同調した。はる奈の性格では、納得しているはずもないが。
「よし、急いで中上を捜そう」
稔の合図で3人は歩き始めた。
雲ひとつ無い空には、太陽だけが燦然と輝いていた。
<残り8人>