BATTLE ROYALE
〜 背徳の瞳 〜


10


 管理用の機械がひしめく管理事務所内に、機械の作動音が重奏を奏でている。その中で唐突に、張りのある音が大きく響き渡った。ディスプレイを眺めている兵士、キーボードに指を走らせている兵士、書類に文字を書き連ねている兵士、それらの全てが音の元へと視線を動かした。
「まどろっこしいねぇ。こんな筈じゃなかったのにさ」
 黒いスーツに身を固めた志摩唐葉が、露骨に顔をしかめて唾棄した。先ほどの音は唐葉の扇子が机を叩いた音で、扇子は今も唐葉の手の中でパチパチと開閉音を発している。
 そこにガタイの良い兵士――小関がやってくる。小関はすっかり明るくなった窓の外を眺めながら、唐葉に言葉をかけてきた。
「もう明るくなっちまいやしたねえ、姐さん」
「志摩教官と呼べと言ってるじゃないかい!」
 唐葉は小関の額の古傷付近を扇子で叩き、それからまたそれで机を叩き付けた。兵士たちの中には背を震わせている者までいた。
「あれだけ言ってやったのにわからないもんなのかい。歯痒いねぇ……」
 今回のプログラムは即座に決着が着くとばかり思っていた。心理誘導も上手くいっていたし、上杉龍二の殺意は激しいものだったからだ。支給品に探知機を入れた事もあったし、案の定戦闘はすぐに開始された。
 しかし蓋を開けてみれば、やる気満々の龍二は拘束された上にその牙を失ってしまった。更には陶子は龍二を殺す意志はないようで、そんなこんなでプログラム継続中のまま朝日を拝む結果となってしまった。
 二人だけのプログラムにも関わらず夜を越えてしまったという事で、それに対する苦情的な電話が先ほどから本部に何度もかかってきていた。腕利きで知られる唐葉としても不本意だった。
 その中には龍二の父親からの電話もあった。苛立たしげに「女子生徒と二人だというのに、まだ龍二の優勝は決まらないのか!」と捲くし立てられた時には、さすがに唐葉も堪忍袋の尾が切れかけた。

 ――あんたの腰抜け息子がしゃんとしてくれりゃ、とっくに終わってるんだよ!

 この調子だと龍二が生還叶わなかった時は更に怒鳴られる事は明白で、それでまた少し頭が痛くなった。
「いつも思うんでやんすが、プログラム会場の空気ってのはこう、冷たく胸に染みるつううか、切ないものでやすねえ教官」
「なんだい小関、今日はやけにロマンチストじゃないかい? 似合っちゃいないよ」
 それで小関が苦笑いを浮かべ、傷跡を指で掻きながら更に言った。
「二人だけのプログラムって事で、見たくない感情的なものが見えてしまうのかもしれやせんねえ」
「生涯最後の舞台なんだ、もう少し思うようにやらせてあげたいけれどねぇ」
 唐葉は感慨深い思いに駆られながら、そう呟いた。血の色を思わせる口紅を塗った唇が、少し山型に傾く。
 不意に過去の事を思い出した。修学旅行中に拉致され、無言の帰宅を遂げた唐葉の弟は、戦闘ではなくルール説明中に反抗したという事で射殺されたという。
 弟は戦場にすら立つ事ができなかった。どれだけ無念だった事だろう。同じクラスだった恋人も同じく落命していたが、彼女を残して死ぬ事にどう感じただろうか。弟の銃創は頭部ではなく右胸で、多分それを考える時間の猶予はあったはずだった。そう思うと更に可哀相に思えた。
 成績は優秀だった唐葉が、プログラム教官を目指したのもこの時からだった。理不尽な殺戮ゲームの中で、それでも最後の戦場までは無事に向かって欲しい。それすら叶わぬというのは悲し過ぎるから。
 実際、唐葉が担当するプログラムでは、見せしめを含むルール説明時の死者は一人として出ていない。それでプログラムが潤滑に進行するのは唐葉の巧みな心理誘導などもあり、それが唐葉が評価される一因でもあった。
 当然プログラム自体にも批判的ではあったが、それを廃止するのは上流家庭であった唐葉ですら身分も能力も、足りないと到底自覚していた。プログラムはこの”良くも悪くも完成された国”の歯車として欠かせない存在だったので。
 時折自身に対して疑問が生じる事はある。これは本当に自身がすべき事なのか、と。けれども他に道は見付からない。引く事叶わぬ場所まで来たという事もある。
 ともかく今、志摩唐葉はプログラム担当教官として存在するより他ない。

 唐葉は黒髪の兵士――浦木晃一が陣取るモニターの前に立ち、晃一の背後からそれを覗き見る。緑の波紋模様の中で輝く二つの点を見詰め、ある決意を固めた。
「やむを得ない、か……」
 その言葉に小関と晃一が唐葉を見やる。時計は間もなく午前六時、定時放送をむかえようとしていた。もう一刻の猶予もない。
「ケツを叩いてやる必要があるようだねえ」
 言うや否や唐葉は扇子を開き、周囲へと向けて大きく一振りしてみせた。
「臨時ルール、採用するよ! 準備はいいかい?」
「はい!」
 兵士達の声が上がり、にわかに空気が慌しくなる。唐葉はその様を見届けた後、電話の受話器を手に取った。発信音を耳にしながら、唐葉は微笑を浮かべる。
 やはり自分もこの国の悪気に汚染されているな、と思う。微笑は自虐の笑みだった。


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