BATTLE
ROYALE
〜 背徳の瞳 〜
11
早朝からじりじりとした夏らしい暑さで、頬を汗が伝っている。
半開きの瞼を無理矢理押し上げ、村上陶子は昇りはじめる朝日を見詰めた。
上杉龍二の拘束により膠着状態となったデスゲームは、夜明けを向かえた。生還への切符を奪い合う相手はただ一人、しかもそれが目の前にいるのだから動く理由がない。
壁向かいに腰掛ける龍二はずっと陶子から視線を外さずにいる。真っ赤に泣き腫らした目の下瞼が捲れ、膨れ上がっているのが太陽の明るさで確認できた。
陶子は夜通し、龍二が垂れ流す愚痴と泣き言のオンパレードを聞き続けていた。それにより、次第に龍二の心に変化が生じている事がわかった。
無差別的な怒りから、深い絶望。ゆっくりと再燃を始めた怒りは政府サイドへと向けられ始めているようだった。陶子と同じ方向性を示しつつはあるが龍二のそれは単に自己保身の憤慨で、意気投合というには程遠い。
何より聞かされる陶子とすればいい加減うんざりだった。このゲームに意味はない、殺し合いなんて馬鹿げてる。龍二がさも悟りを開いたように口にするそれは、陶子からすれば「何を今更」という感じだったし、怒りが先行した言葉など吹けば飛ぶものだと思っていた。
ただ、やはり陶子に対する殺意は萎えきってしまっているように見えた。
それでも無防備に振舞えば再び”欲が湧く”可能性も否定できず、安易な行動はできない。視覚と聴覚は常に龍二に集中させていた。
徹夜疲れによる眠気を堪え、腕時計へと目を落とす。定時放送まであと僅かに迫っていた。この展開を志摩唐葉は歯噛みして眺めているだろうか。
しかしこのまま三日間過ごし続けるのは辛い。三日三晩龍二の泣き言をBGMに過ごし、仲良く首輪爆発であの世行きでは、生き永らえる意味に疑問すら覚えそうだ。
色々と考え事をしてはいたが、増すばかりの睡魔を前に脳の回転は鈍る一方だった。
そうこうしているうちに、時計の針が午前六時を指し示した。
家の外に広がる薄い青色の空でハウリング音が響き、続いてあの通りの良い声が聞こえてきた。唐葉のものだ。
『どうだい? そろそろやる気になってくれないかねえ』
唐葉は痺れを切らしている様子もなく、変わらぬ粘着質な喋りだった。内心はどうかわかったものではないが。
「畜生、帰せよ! こんなゲーム、中止にしろよ!」
龍二が本部まで届くはずもない絶叫を張り上げる。よくもそんな声量が残っていたと思い、呆れと感心を二分した感情を覚えた。
彼の足はビニール紐で拘束されたままで、その龍二が手を振って暴れる姿は釣られたての魚のようで滑稽だった。少し可笑しかったが笑っている場合ではない。
「黙ってよ、放送を聞き逃すでしょ。午前七時に首輪爆発させたいの?」
それで龍二は不愉快そうに陶子を見たが、次第に表情を硬直させると無言で俯いた。言わねばわからないのか、と嘆息しつつペンを取り、続く放送に備える。
『それじゃあ禁止エリアの予告をするよ。午前七時からD−1。午前七時からD−1。覚えたかい? ABCDの四番目のDだよ、聞き間違えるんじゃないよ』
必要以上な唐葉の説明の元、陶子は地図に禁止エリアを書き留めた。この場所はA−2付近に当たり、当座関係はない。あと最低六時間はここに留まれる事になる。
しかし、思わぬ展開が陶子達を待ち受けていた。
『さて……。ちょいと尻を叩かせてもらうよ。追加趣向さ』
陶子は眉をひそめた。やはり殺し合わない状況を打破しようと何か試みるつもりなのだろう。二人を煽る手段と言えば、家族を人質にする方法が考えられた。
しかし脅迫で促しても戦闘実験として成り立つものなのだろうか。政府ならばそれでも無理に理由付けをしてやりかねないとは言えないが。
危惧から冷や汗を流す陶子の耳に、唐葉の喉笑いが届いた。
『安心しな、家族を盾に煽ったりはしないさ。それじゃあ意味がないからねえ?』
心を見透かしたような――いや、実際に見透かされたのだろう――唐葉の言葉に、ぞくっとしながらも安堵する。しかしその言葉だけで家族への哀惜の念が過ぎり、帰りたい衝動が強まった。
これだけで信念を翻してしまう生徒もいるだろう。そう思うと改めて唐葉の巧みな話術に脅威を覚えた。横目で龍二を窺うと、どこか間抜けた表情でじっと外を眺めている。
しかし、尻叩きがこれで終わるはずはない。そう思った矢先の事だった。
『さぁて、追加参加者のご登場さ』
追加参加者。そのキーワードに身を硬直させる。同時に唐葉の意図を察した。唐葉が声のトーンを上げ、続けた。
『一時間後にそいつは出発するよ。勿論あんた達と遭遇すれば容赦なく仕掛けてくるから躊躇してる暇はないからね! 戦闘のプロだから勝ち目は薄いかもねぇ』
言葉尻は嘲笑うような感じだった。プロというからには専守防衛軍兵士の類なのだろう。確かに拳銃と探知機だけでは勝機は低い。
『ただ、そいつの出発前にあんた達のどちらかが死んで一人になれば、そこで優勝決定さ。悪い条件じゃないだろう? 今からでも殺し合うってのはどうだい?』
愕然とした。そこまでやるのか。お国の仕事の為ならば、ここまで非道になれるのか。無慈悲で理不尽なプレッシャーが陶子を襲う。
さすがにこの言葉にはどっと脱力感を覚えた。情けない事だが、抵抗する事に疲れ始めたのかもしれない。顔の位置を下げると、歯がカタカタを震えて音を発した。
プロの兵士と戦う事と、ここで足を拘束された龍二を手元に置いたBERSA サンダー9で仕留める事。どちらが容易いかは子供でもわかる。
銀色の光沢を放つその自動拳銃を握ると、龍二が情けない声を上げた。
「ヒイッ」
「……」
壁に張り付いて狼狽した表情を見せる龍二、それをじっと眺め続ける。立場が逆ならばあれが自分の姿なのだろうか。そして龍二は、引き金を引くだろうか。
ここまで自分を残酷と思った事はなかった。一体どれだけの時間龍二へと銃口を突きつけていただろう。放送は既に終了しており、静寂が場を支配している。
不意に龍二の口から、脆弱な呟きが漏れた。
「……助け……て……」
その弱々しい言葉こそが、陶子の腹を決めた。言葉一つで人をここまで操り通す唐葉には、感心すると同時に激しい怒りを覚えた。
例えこのまま生還しても、結局は政府の手の平で踊らされるのだろう。事故によって生じた歴史上最少人数のこのプログラム。そこで何かを残してやろう。
恋人だった中谷圭吾のように、いずれこの国に殺されるならば。いや、既に龍二も心を殺されたと言えるかもしれない。ならば深い傷を残してやろう。生まれたからには――
「自分からは折れない。ただじゃやられないから」
龍二に向けた銃口を静かに下げ、陶子は言葉で誓いを立てた。
強い決意に満ちた瞳は、山の先から全身を現した太陽を見詰めていた。