BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
10
どこからか、虫が鈴を連想させる鳴き声を発していた。古風な佇まいの戦場に風情をもたらし、けれどそれも時折生じる悲鳴や絶叫で台無しとされる。
赤いのれんが目に映える、茶屋を模した土産物屋の店内に中原泰天(男子7番)はいた。小柄な体で豪快な胡坐をかき、ディパックと鞄を開いて荷物の準備を行っている。未だ馴染まぬ小さな手では、手際良くとはいかないが。
ディパックの中身は和田夏子(担当教官)の説明通りの品揃えで、言葉からすると泰天の支給品は小さな水晶玉”サーチボール”のようだった。
「やれやれだぜ…」
期待外れにも程がある品を前に頭痛を覚える。幸先が悪い。しかし選んだのは泰天ではなく兵士だ。悔いても仕方がない。
ちなみにペットボトルの蓋は通常のもので、ペナルティ生徒だかに指名はされなかった事が判明する。それで安堵するのも癪だが、まあそれはマシだと言える。
準備完了。やがて重い腰を上げると、店先へと通じるガラス扉を開いた。
泰天は桃色のリボンで二つ結びにされていた髪を下ろし、鞄の中にあった青いスカーフをバンダナ代わりに巻いている。邪魔な前髪が少し楽になった。
涼しい内股も気になったが、スカートの丈に関してはこれで構わないと思った。長過ぎても動き辛いだろう。
土足で上がったのでそのまま店内の石床へと着地する。にら饅頭や刀など独特の土産物が店内にひしめいており、開かれた軒先には赤い布を被せた長椅子が見える。普段は青空を眺めながらお茶休憩でもするのだろう。
周囲に気を配りながら、身を屈めて軒先へと進む。この体で戦闘実験は何かと不憫だ。改めて自らに降りかかった二つの不幸を呪った。
一体、神は何を望んでいるのか。この不可思議現象を前に、無神論者の泰天すら神の存在及び悪戯を可能性の一つとして考えてしまう。
ともかく、相方の愛里が無事でなければいけない。泰天の体の愛里の出発まではあと約三分。出迎えねばならない。愛里も泰天を待っているはずだ。
それにしても視界の低さには妙な不快感があった。だが本来の体と同じ視点を求めると、つい顔が上向き首が凝る。
「やり辛ぇな、本当によ」
泰天は表情を渋くしながら茶屋から離れていった。
一分とせず、丘の上に建つ出発地点の本部が現れた。やがて愛里が半泣き状態で下ってくるはずだ。泰天としても装備がないに等しいので、迅速に愛里と合流してこの場をおさらばしたい。
しかし事はそう簡単にいくはずがなかった。背後から差し込んだ影を視認するや否や、泰天は反射的にその場を飛び退いた。ぶぅんという風切り音が耳に届き、同時に泰天は地面で滑り込み前転をする事となった。
「何すんだ、テメェ!」
怒気満々で振り返り、抉るような眼光を相手へと飛ばす。――狐につままれた気分だった。一見豪華な装飾のハンマーを所持した襲撃者は、泰天の仲間である槇村彰(男子10番)だったからだ。
彼の表情からは戸惑いや困惑といった色がまるで感じられない。ただ淡々と泰天を見下ろしている。すぐに彰がハンマーを構え直した。
柔らかな肌にピリピリとした彼の殺気が伝わってくる。彰は泰天が出待ちに来る事を読んで待ち伏せしていたのだろうか。
「……彰? 何だよ、まさかお前――」
「それが地の口調か、桃園?」
投げかけられた疑問に答える事も面倒だった。第一、説明しても結局待つのは命を賭けた死闘に違いない。
ふと手元のサーチボールを見ると青く発光していた。何か意味があるのだろうか。ただ、武器になりえないのは確かだ。
ディパックを担いだままで彰と対峙する。ただ逃走するのでは駄目だ。やってくる愛里から離さねばならない。実に面倒、この上なく面倒である。
出発してから一時間としていないにも関わらず、随分と嫌なものばかり拝んでいる気がした。仲間である古谷一臣(男子9番)の嫉妬的殺意といい、今度は彰だ。これまで築いた関係に虚しさすら感じる。
「仲間の彼女を殺すのかよ」
「他人事みたいに言うな? ……泰天も一緒だ、俺が殺す。わかる必要はないぜ、俺には俺の正義がある」
正義。随分と臭い事を言うな、と思った。彰らしからぬ饒舌ぶりに、微かな彼の動揺が見て取れた。やはり殺人には戸惑いがあるのだろう。
「ハッ、正義? 暴力に正義もクソもあるかよ」
あえて挑発的に口元を歪め――愛里には悪いが――、彰の憤慨を誘った。頭に血が上れば隙もできる。しかし彰は比較的冷静な様子を保っていた。
「それしか手段のない奴もいる。奇麗事や理想論じゃ、大東亜で生き残れない」
思わぬスケールでの反論。話が飛躍したように感じた。彰は冷淡な双眸で一体何を見詰めているというのか。更なる反論の暇はなかった。
彰が一歩踏み込み、ハンマーを振り被る。合わせてバックステップをした泰天は、遠心力を用いて愛里の鞄を振り回す。途中、横回転から縦回転へと方向を変え、がら空きの彰の顎へと鞄の一撃を叩き込んだ。彰の大柄な体が弾かれ、大きく仰け反る。
初撃は呼吸を合わせた泰天に分があった。しかし悲しいまでに威力は貧弱で、すぐに彰が体勢を立て直してきた。当然、泰天も承知している。
――悪ぃな、手加減する余裕はねぇぜ!
泰天は彰に接近すると、踏み止まった拍子に軽く折れた彼の膝を踏み台にして跳躍した。遂に彰の顔が驚愕の色に染まる。してやったり。
「うぉらぁぁあ!」
ブイサインの形にした右手の指を彰の両目に打ち込み、たじろいだ彼のこめかみに渾身の膝蹴りを叩き込んだ。泰天自身の体で放てば、いかに彰でもダウンは免れないだろう。その前に泰天の大柄な体ではありえない戦法だが。
今度こそ彰の足が地面を離れ、体が地面へと崩れ落ちた。反射的に丘の上を確認する。愛里の姿はまだ見えない。
ここは一旦彰を引き離すしかなさそうだ。愛里との合流は果たせないが、さすがにこの体で彼女を守りながら彰を退ける自信はない。
目を擦りながら彰が立ち上がってくる。泰天は宿場町のほうへと駆けながら、彰へと罵声を浴びせる。内心、こちらへ来いと願いながら。
「俺……あたしにやられてる奴が泰天に勝てるわけないだろ、バーカ!」
自身を持ち上げる台詞がここまで背を痒くするとは思わなかった。その甲斐あってか、彰はハンマーを再び手に取ると猛然と泰天を追走してきた。
「怒ったかよ、木偶の坊! テメェの鈍足じゃ誰も殺せやしねぇよ!」
悪態ならば幾らでも浮かんだ。他校の生徒に喧嘩を売る時の基本だ。正直、早くも息が上がり始めていたが休んではいられない。自分が殺されては本末転倒だ。
背後の足音に内心焦燥しながらも、宿場町へとひた走る。その最中、泰天は愛里の無事と彼女との再会を願っていた。
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