BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
11
聞き慣れた声を丘の麓に捉え、出発したばかりの桃園愛里(女子10番)は一目散に本部より続く丘を駆け下りた。体格に恵まれた彼氏、中原泰天(男子7番)の体である事も手伝い、大胆にも丘の真ん中を走る道を堂々と進んでいった。
汗を散らし、息も荒く、最愛の人を求め、その無事を願い。
「泰天くーん!」
叫びも虚しく、泰天の声は賑やかそうな町並みの通りへと消えていった。もう聞こえてはこなかった。只ならぬ事態が生じていたのは疑いようがない。多分泰天は愛里の出待ちを試み、途中で何か――例えば襲撃者に遭遇したりなど、したのだろう。
泰天は愛里のひ弱な体で生き抜かねばならないのだ。不安に駆り立てられ、脱力しかけていた体をぐっと押し出す。追わなければ。
麓に下りると眼前に小さな赤い鳥居が出現する。それを潜り、広場らしき場所へと立つ。左に小さな神社、前方は宿場町だろうか。右手に見える道は、途中で川に架る橋と分岐している。当然、進むのは前方だ。
踏み出しかけたその時、”ある事”を思い出した。自分一人では頼りないが、”彼女”と一緒なら――。泰天の声を聞く前に、愛里も”ある人物”を本部のそばで待っていたのだ。
苦渋の決断だった。”彼女”を待つ間に泰天が誰かに襲われたならば。しかしあと五分前後待てば。泰天も心配であるし、”彼女”とも合流を果たしたい。
結果、遭遇が確実な”彼女”を待つ結論へと達した。神社の境内へと入り、奥の拝殿へと身を隠す。緊張の絶えない外から一時的に解放された事で、安堵の吐息を漏らした。
ディパックは一応確認済みだ。ペットボトルは通常のもので、ペナルティ生徒には指定されなかった。支給品は多弾装式の自動拳銃パラ オーディナンス P14−45。おそらくは当たり武器のはずだ。
脅威の威力を秘めた黒い塊を両手で保持しながら、じっとその時を待つ。
一分、二分。時間の経過が嫌に緩慢に感じる。重圧に耐えかねて喉の奥から何かが飛び出してきそうだ。泰天の事も気になって仕方がない。
「早くきてよぉ……」
風貌とは不似合いな、弱音を潰してその時を待つ。
やがて”彼女”が鳥居の前へと姿を現した。待ちかねた愛里は、拝殿の扉を開くと最終出発者の彼女――水戸泉美(女子8番)へと駆け寄っていった。胸一杯の希望があふれ出す。彼女となら――。
気付いた泉美の目がこちらへと向き、彼女が息を呑むのが見えた。
「来ないで!」
これまで見た事のない険しい表情だった。右手に握る奇妙な剣が、愛里への警戒を示している。
もどかしい距離を挟んで二人が静止する。今すぐにでも泉美に飛びつきたいが、それは色んな意味でまずい。
「中原君、あたしを待っていたの? 愛里もいないのに」
疑問と疑念の色がたっぷりと混ざった声色だった。友人の彼氏とは言え、泉美にとってやはり泰天は信頼に足る人物ではないようだ。理解してはいたが、少し悲しくなった。けれど落ち込む暇はない。
最善の方法を導き出したいが、生憎今の愛里にそこまでの頭の回転を求めるのは酷だった。次第に泉美の顔が焦れたものへと変化してきた。
意を決して口を開く。他に方法は浮かばなかった。
「泉美、あたしだよ、愛里、あたし、桃園愛里」
「はぁ?」
案の定、泉美が眉を歪めて口を半開きにしてみせた。
一通りの説明を終え、それでも泉美の警戒は解けない。当然か。
「で、あなたはそれをあたしに信じろって事よね?」
二人称と口調に変化が見え、泉美なりに完全否定だけはしていない事がわかる。親友に突き放されている現実が、愛里の瞳を熱い涙で濡らした。
泉美は困窮の表情のまま、首を深くゆっくりと捻ってみせた。泰天の姿をした何者かを品定めしているようだ。
「……本物の中原君なら、確かにこんな回りくどい事しないと思うんだけどさ……。でも変装には見えないし……。こんな事普通に信じてもらえないって、愛里わかってるでしょ?」
二人称が愛里へと変わり、愛里は必死に何度も首を倒してみせる。信じて欲しい、その想いだけが胸にあった。
元より発砲するつもりはなかった拳銃を地面に置き、両手を左右に開いてみせる。泉美に盲目的信頼を寄せているからこそできる行動だ。それで泉美の表情がまた変化を見せた。
「ふーん……。それじゃ愛里、これからあたしが数回質問するから答えてみて。中原君じゃまず知らない事ばかりだから」
その手があったか。愛里は思わず目を丸く開き、笑顔を輝かせた。
「第一問。あたしの部屋は家のどこにある?」
はっきり言って余裕だった。泉美の家に訪れた回数は、両手でも足りないほどである。そして確かに泰天ではわからない質問だろう。上手い。
「玄関脇の階段を上がって、右に曲がった突き当たり。そばにお手洗いがあるよね」
「正解」
続く四つの質問にも見事正答を示し、泉美が遂に警戒を解いた。脱力感と共に両膝を着く。ひと時の安堵が訪れた瞬間だった。
愛里は一先ず泉美を境内へと勧め、事の顛末を話す事にした。泰天が心配でたまらないが、ここを説明せねば始まらないのも事実だ。
突然の事故、雷、入れ替わった二人の体。胡坐をかいたままふくよかな体を揺らしていた泉美は、話を聞き終えると同時に深い溜息を吐いた。
「それを信じろっていうんだよねぇ……。ていうかそんなので入れ替わるなんて聞いた事ない。あなた、本当に愛里?」
泉美が訝しげに泰天の姿の愛里を見上げる。ここまでして疑われるのでは、最早説明のしようがない。
「今更そんな事言わないでよぉ」
愛里は泣き顔で泉美に縋りつく。また突き放されるのは嫌だった。泉美がその顔を見て苦笑いし、愛里の頭を撫でてきた。
「はいはい、もう疑わないってば」
「……ぐすん」
大柄な男子生徒が体を丸めて泣き、それを女子生徒があやす姿は滑稽ではあったがともかく。親友との早々の合流は、愛里にとって何よりの希望となった。
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