BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


12

 複数の靴音が、深夜の長者屋敷(G−1)に響いている。次第にそれは機械の駆動音が響く部屋へと近付いていき、その前で足音は止まった。
 扉を開けた和田夏子(担当教官)は、管理室にて作業に勤しむ兵士達を見回してから威勢良く労いの言葉を発した。
「皆さん、ご苦労様ー!」
「ハイ、教官」
 兵士達からも気分の良い返事が返ってきた。夏子は満面の笑みで頷くと、部屋の奥にある専用の重役机へと向かう。本来は男性用の机だが、大柄な夏子にはなかなか似合いの机となっている。
「ああ、今回も緊張したわね。ルール説明はどうしても慣れないのよ」
 脱いだスーツの上着を脇に立つ坊主頭の兵士――阿門か吽門(共に兵士)か、どちらかわからないが――に渡しながら、革張りの椅子へと腰を下ろす。強い照明が汗を一層多く噴出させた。
「何ぃを言ってるの? フライパン持ってノリノリだったくせに」
 上司に対等な口で対するのは七三ヘアーにサングラスが特徴的なコモリ(教官補佐)だ。年齢的には夏子よりやや上で、五十代前後に見える。前々回のプログラムから職場を共にしている、愛想笑いの上手い、食えない男だ。彼はこの熱気にも汗一つかかず、文字通り涼しい顔でやはり今も愛想笑いを夏子へと向けている。
「いやー、私フライパンで人の頭が弾ける瞬間初めて見ましたよ。エグイですねぇ〜。和田さん、ゴリラの子孫かと思っちゃいましたよ」
 コミカルな仕草で過剰な驚嘆ぶりを見せているのは鳥田伸輔(兵士)だ。今いる政府陣の中では一番付き合いが長いが、おちゃらけた部分を除けば優秀な兵士という認識がある。

「坊主君、資料頂戴」
 二人の冗談を受け流し、阿門だか吽門に手を伸ばす。彼は彫刻のような顔を頷かせると、小脇に抱えた関係資料を渡してきた。寡黙だが、夏子としては一番神経を使わずに接触できる兵士だ。
「今回の生徒、面白いでしょう。神様っているのかねぇ」
「何か格闘技とか好きそうな神がいるんちゃいますかねぇ」
 コモリと伸輔の言葉には、確かに一部納得できる部分があった。今回の参加者には癖のある人物が多い。この学級にこの面子が揃った事自体、宿命的な物を覚える。
「地主の息子はともかくとして、剣豪の子孫にカムロに、あの山本中将の孫娘まで……。元モデルなんてのもいるのね」
「いやー、和田さんもスタイル”だけ”なら完ッ全にモデルですよー」
「伸輔、うるさい」
 すかさず机の下から取り出したフライパンで伸輔の頭頂部を一撃する。伸輔は千鳥足状態で回ってみせた。いちいち芸が細かい。

 一通り資料を確認すると、机のコードレス電話が発信音を鳴らし始めた。流麗な動きでコモリがそれを取る。電話対応は基本的にコモリの仕事だ。
「はい、こちら月光江戸村長者屋敷。青葉中3年1組戦闘実験実施本部です。……あ、はい。これはどうも」
 コモリが目配せしてきた。自分で事足りる用件という意味である。夏子は頷くと机を指で二度叩き、それで伸輔が部屋の中央にあるプリンタへと駆けていった。
 しばらくして伸輔が数枚の紙を手に戻ってきた。手渡されたそれは開始からの途中経過をまとめた用紙だ。コモリはまだ電話対応を続けている。どうやらトトカルチョに関する内容のようだ。
 経過を見てまず思った事は、ペースが早いな、という事だった。出発前に退場した二人を除き、既に一時間で三人が退場している。
 後藤雅彦(男子3番)を片付けたのは”カムロ”綾瀬澪奈(女子1番)、島谷梨絵(女子5番)は不良グループ副将の槇村彰(男子10番)に葬られている。これは順当かつ予想通りに思えた。
 興味を引いたのはもう一件、古谷一臣(男子9番)を死に至らしめた人物だった。生徒資料の性格欄からは想像のつかない結果。だがこれも資料全体から見れば充分に納得できた。この生徒こそが台風の目になる気がした。
「ああ、その子さすがですよねぇ」
「閉鎖されていた心の開放ほど怖いものはないわよ」
 伸輔が殊更同感という感じで何度も頷いた。
「和田さんが言うと何か説得力充分ですよねぇ」
「何だと!」
 今度は派手なモーションでフライパンを振り上げる。伸輔が萎縮しながら頼りない防御ポーズをとった。それが滑稽で内心笑いが起こる。
「いや、只でさえ少ない脳味噌砕かんといて下さいよぉ」
「ならそうされないように振る舞いなさい、伸輔!」
 腰を戻してフライパンを机の下に立て掛ける。同時にコモリが受話器を置き、苦笑いしながら話し掛けてきた。
「ナッコ、今の騒動相手方に筒抜けだったぞ」
 ナッコとはコモリ専用の夏子の愛称だ。夏子は伏目がちに頬杖を突き、伸輔を睨みながら嘆息した。伸輔は愛想笑いするだけである。

 そう言えば引っ掛かる事があったのを思い出す。それを口にするより先にコモリが水を向けてきた。
「ところで中原と桃園が入れ替わったとかどうとか、何なんだろうねぇ」
「まあ、作戦としか思えないわよねぇ、常識的に」
 頬杖のままコモリを見上げて返答する。入れ替わりなど非常識、いや、非現実的の一言だ。教室からの一連の奇妙な動向は全て芝居のはずだ。
「いや、でもですねぇ。おかしいんですよ」
 珍しく伸輔が神妙な調子で言い、コモリと共にそちらを見る。
「拉致の時からおかしな感じだったんですよねぇ。それに拉致中は打ち合わせの類は一ッ切、してなかったんですよ」
「じゃあ拉致の前から打ち合わせてそうしてたって事か?」
「でしょうねぇ」
 サングラスの下は困惑の眼差しか、コモリが拳を顎に当てて唸る。夏子としても芝居をするメリットがわからない。百歩譲って中原泰天(男子7番)がするならともかく、桃園愛里(女子10番)が危険人物である恋人を演じる理由が解明できないのだ。
 それに水戸泉美(女子8番)との会話ログも釈然としない。愛里でしかわからないであろう事柄にも彼、泰天は答えている。
 隠れ泉美ストーカーという事なのか。顔はともかく相撲体型の泉美の。だとすれば大した趣味、そして二股状況である。
「とりあえずこの二人は充分な監視が必要ね」
「まぁ、今はそれしかありませんかねぇ」
 伸輔は相槌を打つと再び部屋の中央へと歩いていった。
「ナッコ、失礼」
 コモリもまた、煙草を吸うジェスチャーをした後、ライターを手に部屋の外へと退出していく。机のそばには夏子と阿吽兄弟が残った。
「大変な事が起こりそうな気がするのよねぇ」
 夏子は一人ごちり、静かにその双眸を瞑った。
   
 残り19人


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