BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
<序盤戦>
13
月明かりに照らされて、まだ細く若い木の並ぶ通りが江戸村の西部に広がっている。昼間は観光客で最も賑わっていそうな場所だ。
というのは大きな芝居小屋が二つ、通りの曲がり角にそれぞれ配置されており、向かいの並びには関連グッズの販売店が軒を連ねているからだ。
その一角。息を殺して潜伏していた一人の少女は、人気がない事を確認すると静かに芝居小屋の前へと足を踏み出した。
「……撒けたぜ。まったくよ」
心労ごと吐き出す感じで唾棄した中原泰天(男子7番)は、湿ったバンダナを外して両手で捻り絞る。僅かな量の汗が地面に滴り落ちた。九月とは言え前半、厳しい残暑が時折訪れている。
そのまま睨むように南方を確認した。泰天を襲った槇村彰(男子10番)の姿は見えない。小柄な恋人の体を利した逃走術に、さすがの彼も泰天を見失ったようだ。今頃はどこぞでほぞをかんでいるだろう。
だが”してやったり”とほくそえむ気にはなれない。拭い切れない今後への不安が泰天の内を満たしていた。
――愛里とは合流し損ねたし、悪夢だな。
額に手を当て、苦渋の表情で首を振る。
彰も古谷一臣(男子9番)もつい昨日までは親しい仲間だった。
彼らが突如反旗を翻した理由。想像はつかないがともかく、泰天は天秤にかけられ、それよりも軽い場所に位置したわけだ。
それが現実で、理解はしているけれど、釈然としない一欠けらの気持ちが泰天の胸を強く打った。
「……やり返せば満足かよ、彰?」
口にしてみたが、できるとは思えない。仲間と戦う事への抵抗は多いにある。しかし二人はそれを看破し、泰天へ牙を剥いた。
例えば教室での授業そっちのけの会話だとか、放課後に寄ったファーストフード店での腕相撲だとか、あるいは海での馬鹿騒ぎを思い出せば、禁忌に身を抑え付けられるのではないか。少なくとも泰天はそうだった。
自らを飾り立て、内面で常に人の目を気にしている典型的な小心者の一臣は、きっと勢いで恐怖を凌駕しようとしたのかもしれない。
彰はもっと落ち着いた、人並み以上の思考ができる。やはり只ならぬ理由があるのだろう。
けれど――ここより先の道には仲間の屍が積み重なるのだ。
政府に踊らされる事を嫌い、逃げの一手を続ける。敗者の烙印を押される事だろう。――この最悪なゲーム的には。
人としての勝利はゲームの放棄、つまり、死か。
しかしそれも受け入れ難い。泰天が死んだとして何が変わるのか。政府は何食わぬ顔で次のゲームを開催するだけだ。ましてや今、泰天の体は自分だけのものではない。
指を開き、仰向かせた手の平をじっと見下ろす。白く短い指がいかにもか弱そうだ。スカートの履き心地も上々とは言えない。
何より呟く度に口から漏れるアニメ声は、自らの声となると途端気分が悪く感じる。誰もが生涯味わえぬこの非現実的な違和感には、泰天も困惑するより他ない。
愛里も泰天の体を同様の思いで見ているだろうか。誰かがそばにいなければ、パニックに陥るのは時間の問題だろう。そしてオカマじみた泰天に対し、誰が警戒を解いてくれるだろうか。
一刻の猶予もない。愛里に寄り添えるのは今や自分しかいない。そんな妙な義務感が泰天の心を突き動かした。
ゲームには乗らないが死ぬ気もない。まずは愛里を探す、それからだ。そう決めた。これまでで一番納得のいく選択肢だった。
――愛里、早まるんじゃねぇぞ。
泰天は再びバンダナを頭に巻き、気を引き締め直した。
見上げた空では雲が月を覆い隠したところだった。下界に注がれる光が途切れる。靴底を捻ると砂利が擦れて音を立てた。
薄暗い闇の先を見詰め、泰天は深く吐息した。
小さくなった体に普段と変わらぬ激しい闘志を燃やして。
残り19人