BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


14

 先刻の銃声は、生徒達を様々な角度から刺激した。
 古風な建築物が建ち並ぶこの会場に響いた、近代的な破裂音。それは旅籠屋――昔の少し高級な宿屋――の一室に立て篭もる六波羅舞花(女子12番)達の耳にも鮮明に届いていた。
 この旅籠屋は本部がある丘を下り、麓沿いに東に進んだ場所にある。そばには小さな建物が点在しており、見飽きる事がない。
 特に旅籠屋の隣にあった金張りの茶室は、茶道部に属する舞花の興味を僅かながら引いた。もっとも建物を悠長に眺める気持ちの余裕などないが。
 少し黄ばんだ障子窓を開き、周囲に聞き耳を立てる。無人島並みの静寂さを誇るこの場所では、僅かな物音も致命的だ。確認の後、窓の向こうを伺う。
 銃声はすぐ北から流れる川の中間点、赤い橋付近からだった気がした。射手は特定不能だが、支給品に銃が含まれている事だけはわかった。
 舞花の支給品は手の平サイズのゲーム機で、二、三年前に流行したデジタルペット育成ゲームの一種のようだった。電源を入れるとドットで構成された卵の画像が出現し、間もなくそれが割れてヒヨコの画像へと変化していた。
 目を伏せると嘆息した。これは残念ながらハズレ支給品と言わざるを得ないだろう。
「嫌んなるよね、この空気ってさ。マジ鬱入るんだけど」
 背後から危機感に欠けたダミ声がかかり、振り返る。明るい茶色のボブショートが印象的な遠藤真紀(女子2番)が、咥えた煙草に着火しようとするところだった。慌てて手振りで抑え止めた。
「駄目ですよ、遠藤さん。煙の臭いはとても強いんですから」
 注意を促された真紀は一瞬渋い顔を見せ、しかし結局煙草を懐へと戻した。その代わりとばかりに爪先で幾度も畳を叩き始める。
 本音として、胃が痛かった。旅籠屋の前で遭遇した時は気さくな態度に思わず合流を承諾してしまったが、間違いだったかもしれない。
 お調子者で有名な真紀はどこのグループにつくでもなく、ほぼ全ての生徒と浅く広い付き合いをしている印象がある。強いて言えば天然ギャルの金子遠羽(女子3番)と親しいくらいか。
 プログラムで同行させるに足りる信頼があるかと言えば甚だ疑問だが、あの時は正直、極度の緊張から判断力を失っていた。
 常時温厚な”彼女”も、内心真紀を疎ましく思っているかもしれない。そう考えた矢先、彼女――山本彩葉(女子11番)が三つのマグカップを指に引っ掛けて入室してきた。
 彩葉も真紀同様に所属グループはないが、こちらは大人しく温厚な性格をしている。常に柔らかい笑顔を絶やさず、お嬢様堅気の舞花とは特に馬が合った。実際、彩葉の家も結構な良家らしい。
 災禍の渦中にある今も気丈に笑顔で振るまうその姿は、聖人のそれを思わせた。マグカップからは白い湯気が立ち昇っている。
 旅籠屋のスタッフルームには簡易コンロが置いてあり、更にコーンスープなどの食材もあったので彩葉が進んで作ってくれたのだ。
 真紀は床に置かれたそれを不快そうに眺め、愚痴を零した。
「あたし猫舌だから、冷めないとダメだなぁ」
「そうでしたか。すみません」
 気分を害する様子もなく、彩葉が軽く頭を下げた。髪をアップにしているのでうなじが露出しており、そこに大人びたものを感じさせる。対応もまた、大人だ。その冷静さには感心した。
 まず彩葉がマグカップを口に運び、それから言った。
「金子さん、心配ですね」
「何それ、あたしに喧嘩売ってんの?」
 真紀が彩葉を強く睨む。以前よりどうも彼女は特定のグループに属さない彩葉を嫌疑の目で見ているようだ。彩葉は首を軽く横に振り、気まずそうにスープを飲む。
「遠羽なんて信用できないって、あんな猫ッ被り」
 遠羽は真紀の相方として誰もが認める存在で、出発が四分前の真紀は当然合流していると舞花も予想していた。だが真紀はその一言で合流を拒んだらしい。
 裏の事情は知らないが、寂しく感じた。こういう時にこそ信じ合るべき関係の友達を簡単に見限った真紀を、正直快く思えなかった。
 舞花自身、水戸泉美(女子8番)や桃園愛里(女子10番)の安否が気掛かりで仕方ない。自分とは悉く対照的な真紀に、改めて衝撃を受けていた。
 彩葉に目配せをすると、彼女は苦笑いで応じた。合流を承諾した事を少し申し訳なく思った。
 真紀は壁に寄り掛かると支給品のティッシュ箱で鼻をかみ、脇のゴミ箱へとティッシュを放る。弧を描いたそれはゴミ箱の縁に弾かれたが、真紀に入れ直す様子はない。真紀に恋する男子生徒も幻滅しそうだ。
「それにしてもクソなのは政府よねー。何か総統とかってのも存在胡散臭いらしいよね。生き残ったらテロ組織入っちゃうわ、あたしマジに。六波羅ちゃん達もお嬢様ゴッコしてる時じゃないよ? もうこの国、ぶち壊してやらない?」
「え、ええ。確かにこれは酷いと思います」
 舞花は相槌を打ったものの、真紀のあまりに過激な発言に戸惑うばかりだ。彩葉は愛想笑いと共に黙々とスープを喉に流し込み続けている。
 今後、彼女と最後まで時間を共にする事を思うと頭痛すら覚えた。泉美と愛里に会いたい衝動も増すばかりだ。彼女達は無事だろうか。
 その間も真紀はしきりに政府への恨みつらみを語っていた。気持ちはわかるが、ここで愚痴を続けても仕方がない。
「遠藤さん、そろそろスープは冷めましたよ」
 空気を変えようとしたのか、彩葉がそう促した。既に彼女のスープは飲み干されている。真紀が目を細めて自分の分のスープを眺めた。
「あたし、皆が大丈夫っていうのより更に冷めてないとマズイんだけどねぇ」
 懲りず文句を言いながら、真紀がマグカップを口元へと運ぶ。そこで一旦手を止め、一際低い声で彩葉に訊いた。
「……毒とか入れてないよね?」
「入れませんよ。安心して下さい」
 呆れた事に、合流を希望した舞花達すら信用しきってはいないようだ。あるいは最初は仮眠時の見張りに、と思ったが急に不安になってきたのか。それにしても失礼極まりない。
「遠藤さん、彩葉に失礼じゃないですか」
「あ、ごめん。言い過ぎたよ……ね」
 さすがに堪えきれず、真紀を叱責した。これには真紀も驚き謝罪するも、頭を軽く下げただけのいい加減なものだった。鬱積が晴れたとは言い難かったが、ここはこれで抑えるのが吉と判断した。更に追及すれば逆切れされるのは明白だ。
 彩葉を見ると、少しばかり眉間に溝が生まれていた。やはり今の発言はさすがの彩葉も憤慨心を覚えたのだろう。
 突然鈍い音が傍らで生じ、舞花は驚いて首を向けた。マグカップを落とした真紀が、苦悶の表情で床へと倒れこんでいる。
「遠藤さん?」
 舞花は駆け寄り、真紀の背を揺らした。苦しげに咳き込む彼女の口からはスープが垂れ流れ、それには赤い斑模様が混ざっていた。
 更に見れば、何か光る粒が嘔吐物に混入されている。米粒大のそれは、舞花の経験から察するにガラス片にしか見えない。
 軽い混乱状態に陥る。わけがわからなかった。一体、誰が。
 その時、背後でジーッという音が響き、反射的に振り返る。
「……総統陛下に謝れ」
 露骨な怒りを宿した、唸りに似た声が舞花達を威圧する。背後に立つ人影の手には、残虐性の高い凶器が握られていた。
 最初、舞花はその声を侵入者のものかと誤認した。何故ならその低い声は――背後に立つ彩葉のイメージとはあまりにかけ離れていたので。
 鬼の形相をした彩葉を前に、舞花は言葉を失っていた。   

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