BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
15
悪夢の中で、更なる悪夢を見た。他に形容のしようがない。
六波羅舞花(女子12番)は、眼前に広がる惨事に言葉を失っていた。
激しく吐血を繰り返す遠藤真紀(女子2番)の苦痛に喘ぐ、痛々しい姿。その傍らで、鈍く光る軍刀を手にした山本彩葉(女子11番)の、なんと憎悪に満ちた表情か。天然系お嬢様と謳われた彼女の面影は、どこにもない。
彩葉の険しい顔から、呪詛のような声が響き渡る。
「総統陛下が愛でた草木が我々を育んできた。祖国の土を踏み締めて我々は生きている。生活の全てに総統陛下の慈愛が満ちている。自己愛しか持てない輩など、生きる価値もない」
語尾を荒げ、彩葉の軍刀が振り上げられた。鞭宜しくしなりを帯びたそれは、真紀の背中に一文字の赤い筋を刻んだ。真紀がフライパン上の海老のように跳ね狂う。その光景で舞花は我に返った。
「彩葉、止めて下さい!」
再び軍刀を振り上げた腕を掴み、制止を試みた。しかし彩葉の腕力は想像以上に強く、汗を滲ませる舞花に対し、彼女は表情一つ変えずに対応している。すぐに振り払われ、舞花は床に倒れ込んだ。
「舞花。こんな国の恩恵も総統陛下への日々の感謝の心がけも持てない非国民は、鬼畜米帝の民と同じよ。粛清する必要があるわ」
迷い一つない顔付きだった。思わず背筋が凍りつく。
確かに真紀の態度にも問題はあるが、その祖国によって殺し合いを強制されている現状では、彩葉の言い分に頷けるはずもなかった。
「ぶぅぅ……」
声にならない声を発し、体をくの字にした真紀が再び吐血する。今度はその頬に軍刀による刻印が刻み込まれた。頬から流れる血がたちまち彼女の顔を染めていく。
「ガラス片入りのシチュー、随分と気に入ってもらえたようね。非国民は食事もゲテモノ主義ね」
その言葉を皮切りに、彩葉の顔が益々鬼面へと変化していく。無数の深い溝で歪めたその顔に、最早日常の面影はない。
彩葉はこれまでも真紀達が口にしていた政府や国の批判を内心、腸が煮えくり返る思いで聞いていたのだろう。いつか復讐する事を誓っていたのだろう。
思えば政府への文句に対し、彩葉が頷いた記憶はない。常に曖昧な返答で流していた気がする。
その彼女がプログラムに選ばれた。これは総統陛下の思し召しだ、と彩葉が考えるのは当然の結果だろう。
「舞花、手を出さないでね」
こちらを向いた瞬間だけ、その顔が幾分穏やかになる。どうやら舞花は真紀を嗜めた事もあってか非国民と意識されていないようだ。
しかし舞花は当然、今の国の意向に納得はしていない。
「総統陛下に謝れ! 育てた大地に詫びろ!」
怒声混じりの叱責の中、次々と軍刀の刃が蹲る真紀の背中を掠めていく。白い布地の下の肌が露出し、その肌も裂けていく。
真紀の背中には、赤と白のストライプ模様が誕生していた。今や彼女は痙攣を繰り返すだけで、白目となった双眸には命の危険信号が現れている。
「彩葉、止めて下さい! 貴方は間違っています」
舞花は無我夢中で彩葉へとしがみ付いた。タックルのような感じになり、脇腹に直撃を受けた彩葉は崩れこむ。顔を起こした時、憤怒の表情の彩葉と目が合った。
「何故止めるの。ずっと我慢してきた。不遜の輩を粛清するこの時を待ち侘びていた。舞花もそうでしょ?」
期待を込めた彩葉の目が、じっと舞花を見据えている。高まる心音の中で、無意識に唾を飲み下した。回答次第でどうなるかは目に見えていた。
けれど。例え最悪の結末となっても、自分を曲げたくはなかった。
舞花はおもむろに首を横に振った。否定の意志を確認した彩葉の目の輝きが揺らぐ。それでも、言った。
「こんなのおかしい。恨みに報復したって、何も良くなんてならない。それに、こんな殺し合いなんて何の意味もない!」
「貴様もかぁ!」
瞬間、再び狂気のスイッチが入った彩葉が腕を振り上げ、舞花の頬骨に拳を叩き込んできた。目の前で火花が散り、もんどりうって倒れる。
目眩を堪えるのが精一杯で、馬乗りになってきた彩葉に対しての抵抗すらかなわなかった。強烈な平手打ちが往復し、目眩が加速する。
「待っていなさい。先にあの人非人を始末してくるわ」
そう言うと彩葉は舞花から立ち上がり、既に鼓動を停止しかけている真紀へと歩み寄った。畳は真っ赤に染まっており、畳と鉄の臭いが入り混じって充満している。
「この世への名残りは尽きた? 貴様にこの国の恩恵は勿体無いわ」
真紀が答える様子はなかった。生死の境を彷徨う彼女に対して容赦のない蹴りが打ち込まれる。鈍い音が木霊したが、もう真紀が暴れる様子はない。
静かに腰を下ろして膝立ちになった彩葉が、両手で軍刀を逆手持ちすると真紀の頭上で狙いを定める。脳内の警鐘に促されて制止を求めかけたが、それより先に真紀の口中へと軍刀が挿入された。
痛む上体を起こして呆然と惨状を眺める。出来の悪い手品を見ているようだった。たちまち口から溢れ出す真紅の液体。激しい痙攣が数秒続いた後、遂に真紀の鼓動が停止した。
生徒同士の殺し合い、否、一方的な虐殺ではあったがともかく、衝撃を受けた。彩葉の豹変も、真紀の死も、未だに信じきれない部分があった。衝撃が止むと、次第に悲しさが胸に満たされていく。
「どうして……」
涙目の先、真紀の口から軍刀を抜いた彩葉が軽くそれを振る。障子窓に赤い斑点が付着した。一方の真紀の首が横へと折れ、口中に溜まった血が一気に床を汚した。
立ち上がった彩葉が、軍刀の先端を突きつけてくる。その顔は真紀へ向けたのとは違う、複雑なものがあった。怒りと不安と期待を三で割ったような、そんな表情。
「舞花。戦闘実験のルールだから貴方も殺さないといけない。けど貴方は他の売国奴とは違う。さっきのは気の迷いでしょ? 総統陛下への敬意は一緒だよね?」
退路はなし。部屋から逃げようにも襖を開ける手間があり、その際に背中を斬りつけられるのは明白だ。自分は助からない。願いとは程遠い形の最期を前に、そっと天井を仰ぐ。
そこには家族や友達の姿が映っていた。これまで舞花を見守ってくれた人達。幸せをくれた皆の幻影は、変わらず微笑んでいる。
覚悟を決めた。彩葉への返答次第で殺され方は変わるかもしれない。最期に舞花がどう答えたかなど、誰にも知られる事はないだろう。
それでも、最後まで自分に嘘はつかないと決めた。
「私は、この国を許しません。少しでもこの国が真の安らぎに満ちた国に変わるように、祈りながら旅立ちます」
彩葉の顔が今度こそ、真紀へと向けていたそれに変わった。しかし微塵も怯まなかった。命の終焉に放つ文句を、言い誤りはしない。
舞花は一際胸を張り、渾身の叫びを彩葉へとぶつけた。
「私の生まれたこの大東亜共和国が、正しい方向に導かれますように!」
「うわぁぁぁ!」
胸の中心に鋭い痛みと熱が生じ、汗だくとなった彩葉が修羅の形相で軍刀をそこに突き刺していた。心臓を中心に鼓動が激しく変化し、弾みで鼻と口から血が噴出した。
最早目眩に抗えず、床へと倒れ伏した。彩葉がまた馬乗りになって絶叫を繰り返している。
舞花は彩葉の凶行にも無抵抗で体を貫かれ続けた。痛みはすぐに消失し、温かい感覚と共に意識が手放された。
最期に浮かんだのは、今後彩葉と接触する可能性のある友人達の姿だった。彼女達には死なないで欲しい。その祈りを胸に、舞花は旅立った。
濃い異臭漂う室内で、彩葉の猛りが響き渡っている。壁に付着した鮮血が筋となり、床へと向かい垂れていった。
舞花の亡骸に浮かぶ涙も、頬を滑り床へと沈んでいった。
退場者 遠藤真紀(女子2番)
六波羅舞花(女子12番) 残り17人