BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


16

 絶叫を頼りに、桃園愛里(女子10番)は川に面する会場の東側へと駆けていた。人を払われた深夜の会場で、声は一際高く強く響く。
 辿り着いたのはエリアG−4、江戸村の玄関口へと通じる道の入り口だった。南には関所を思わせる作りの建物があり、あれが正に入場口だ。
 周囲には温泉街宜しく古風な作りの宿が数軒建ち並んでおり、情緒満点の水車小屋や、寺子屋と書かれた建物も見える。その宿の一軒で生じる物音を、愛里は聞き止めた。駆け出すと同時に、背後から呼び止める声が届く。
「ちょ、ちょっと愛里、速いってば」
 振り返った先、汗だくの水戸泉美(女子8番)が呼吸を荒げながらふらふらと駆け寄ってきていた。なるほど、太めの泉美では中原泰天(男子7番)の体を有する今の愛里の全力疾走には、ついていくのがやっとだったろう。場に急行する事に夢中で彼女の事を失念してしまっていた事を反省する。
「ご、ごめんね、泉美」
 泉美は腰を落とし、息を切らしながら愛里を睨み上げる。
「あのね、気持ちはわかる、けどさ……一人じゃ危ない、っての……。借り物の体なんだから、少し強い体だからって過信しちゃダメ」
「あう……はい」
 泉美の正論を前に、愛里としては俯くしかない。喧騒を察知して駆けるのはいいが、それで泉美を単独にして危険にさらしては本末転倒である。
 しかし愛里がそこまで我を忘れたのには理由があった。響いた声の一つが、とりわけ親しい六波羅舞花(女子12番)のそれに酷似していたのだ。
 舞花は優しい少女だった。殺し合いなどできないと思った。いわば攻めの手を持たぬ彼女だけに、やる気の生徒に遭遇すれば直ちに標的にされるだろう。
 できるだけ早く、手遅れになる前に、彼女と合流を果たしたかった。
「私の生まれたこの大東亜共和国が、正しい方向に導かれますように!」
「うわぁぁぁ!」
 突然の絶叫に、泉美と共に首を持ち上げる。声は目の前の旅籠宿の二階から響いていた。後の声は女子らしい以外は判別できなかったが、最初の声は確かに舞花のものだった。
「最初のほう、舞花だ」
「うん」
 顔を見合わせて頷くと、愛里は泉美と共に旅籠屋の玄関先へと飛び込んでいった。疲弊とは別に、心臓が鼓動を倍速化させていた。

 旅籠屋の中は薄暗く、一階に人の気配はない。靴も脱がずに廊下へと躍り出た愛里は、脇に見える木製の大階段へと目をやった。上に邪悪な瘴気が漂ってる感じを覚えて鳥肌が立った。
「いそうね、とんでもないのが。覚悟はいい?」
 横に並んだ泉美の声に首を倒し、一歩階段に足を近付ける。その愛里を出し抜く感じで、泉美が階段を駆け上がり始めた。
「まどろっこしい事する必要もないよ、ここまできたら!」
「う、うん!」 
 慌てて泉美の後を追う。既に物音は舞花達も察知しているはずだ。舞花と仲間との口論ならば良いが、その可能性はほぼ否定されている。仲間同士の小競り合いで、あんな大声での罵り合いはしない。危険過ぎるのだ。
 もしも誰かに襲われているならば――警戒が必要だ。
 愛里は踏み込む足に力を込め、泉美と同時に二階の廊下へと躍り出た。

 先ほどまで響いていた、舞花ではない誰かの咆哮は、嘘のように途絶えていた。穏やかではない。息を潜め、奇襲の時を待っているのか――。
 泉美が立てた指を口元へと当ててみせた。言われるまでもなく口を固く結び、周囲の気配を窺う。手元の自動拳銃パラ オーディナンス P14−45が火を噴く事となるのだろうか。全身を汗が伝う感触が心地悪い。
 どちらのものか、不意に足元からぎぃっと床が軋む音が響いた。
 突然、脇の襖から何か輝く棒が突き出して愛里は狼狽する。肩に激しい痛みが走り、転倒するもオーディナイスは握り続けた。
「あぐっ!」
 続いて襖が衝撃と共に愛里へと倒れてきた。一瞬、棒の抜けた隙間から誰かの恐ろしい形相が見え、それから襖の向こうが騒々しくなる。
「貴様等、殺されにきたか!」
 聞き覚えのない女子生徒の、凄まじい怒号が聞こえる。何かが床を叩く音と、泉美らしき足音が激しく交差していた。
 肩を負傷したらしいが、動かせないほどではない。第一、この危機に襖に潰されて唸っている暇もない。体躯を利して襖を跳ね上げる。
 そこでは黒髪をアップにした女子生徒の白いうなじが、薄暗い廊下に浮かび上がっていた。振り向いた彼女――山本彩葉(女子11番)が般若の形相で愛里を見下ろし、その手に握られた軍刀が毒々しい輝きを放った。
「山本さん?」
 返事はなく、代わりに軍刀が風をきって横薙ぎに迫った。咄嗟に出した腕、握るオーディナンスと激突して愛里はそれを手放してしまった。
 床に落ちたそれを拾おうとするも、一歩早く彩葉がそれを廊下の端へと蹴り飛ばす。二人を同時に相手にしながら、大した判断力と度胸だ。感心している場合ではないが。
「人非人が、粛清してくれるわ!」
 彩葉が軍刀を真上へと振り被った。大ピンチ。刹那、背後から泉美の足音が響いた。彩葉が振り向きざまに軍刀を振り下ろす。
「――え」
 彩葉が驚嘆のこもった、しかし少し間抜けた声を発した。泉美は充分な間合いを保っており、軍刀はその先端を床に食い込ませただけだった。今度は逆に泉美が右腕を振り被り、彩葉へと何かを投げ付けた。
「ぎゃぁっ!」
 白い粉が廊下に舞い散り、彩葉が表情を歪めて身を捻らせた。泉美の支給品である粗塩だとすぐにわかった。ハズレ支給品の思わぬ活躍だ。
「愛里、銃!」
 言われた時には愛里は既にオーディナンスを取り直していた。そのまま立ち上がり、しゃがみ込む彩葉を見下ろす。形勢逆転だ。
「目を覚ましな、狂人」
「あ、あたしがこんな不遜な輩どもに……。総統陛下……!」
 声を震わせる彩葉の目は、正気とは思えないほどに血走っていた。それが愛里と泉美を交互に睨み付けている。正直、恐ろしい。反撃の機会を窺っているのだろうが、愛里の銃がある以上はそれも困難である。
 これが天然系お嬢様と呼ばれた山本彩葉と同一人物だとは到底思えなかった。改めてプログラムの異常な環境、そしてそこにおける人の変化を実感した。そして――打ちのめされた。
 泉美が腰を下ろし、低く唸る彩葉に質問を試みた。
「山本。舞花と一緒だろう? 舞花はどこに……」
「わぁぁぁぁっ」
 突然彩葉が立ち上がり、獣のように猛る。瞬間、何と彩葉は軍刀を手にしたままで脇の手摺りから大階段へと跳躍した。
「えっ」
 泉美が眉間を寄せて驚愕する。当然だ、大怪我しかねない行為だ。
 三メートルもの落差から着地した彩葉は、階段の中腹で転がりながら一階へと落ちていった。手摺りから階下を見ると、彩葉がふら付きながら起き上がるのが見えた。
「お、覚えていろ、この非国民が! 必ずその首、並べて河原にさらしてやる!」
 捨て台詞と共に彼女の足音が玄関先へと遠ざかっていく。泉美へと目をやると、彼女は首を振って追撃を制止した。
 そうだ。舞花の安否確認が最優先である。愛里は泉美と顔を並べ、固唾を呑み下しながら、彩葉が蹴り倒した襖の奥を覗いた。
 六畳程度の和室に、二人の女子生徒が寝転がっている。疑うべくもなく、青葉中学校の制服だ。コップのようなものも三つ、床に置かれている。
 恐る恐る足を踏み出す。手前の女子生徒は遠藤真紀(女子2番)だとわかった。口から夥しい量の出血があり、当然死亡していた。背中には無数の切り傷があり、露出した背中まで無残な事になっている。
 不吉な予感が確信に変化しつつあった。奥で転がるもう一つの亡骸は――やはり。目を凝らしながら近付こうとした時。
「愛里、見に来ちゃダメ」
 その亡骸を調べている泉美が、手を突き出して制止してきた。首を何度もゆっくりと横に往復させながら、失意の呟きを床に落とした。
「舞花だ。……酷い。どうしたらこんな事を……」
 予感は的中した。漠然とした喪失感と、悲哀感が直ちに胸を満たす。
 一目見たい衝動に駆られたが、震える泉美の背中に、彼女の背中を越えてはいけないのだと思った。泉美の心が必死に愛里を抑えている。愛里までもこれ以上悲しませたくはないと懇願している。
 死に目に間に合わなかった事、ここまで来ながら彼女を拝めない事、何より舞花の死という現実。悔しくて、悲しくて、辛くて、気がおかしくなりそうだった。
 一心不乱に泣いた。泰天の体で、涙腺を崩壊させた。彼が見たならば「俺の体で情けない事をするな」と言うだろうけれど、今はそうするしかなかった。
 物言わぬ友人との再会は、愛里の心に深い傷を残した。

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