BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
2
クラシックな雰囲気の建物の中に珈琲の匂いが漂っている。
通勤通学ラッシュを過ぎ、珈琲ショップに見える人影もまばらとなっていた。
そこにぽつりと、深刻な表情の学生服カップルが珈琲を啜っている姿は一種異様な光景である。
中原泰天(男子7番)は借り物の体でテーブルに頬杖を突き、溜息を吐いた。
「漫画の世界だぜ、こりゃ……」
出した声は当然、入れ替わり相手の桃園愛里(女子10番)のものだ。体の作りに見合った声となるのは当然である。
泰天と愛里は意思だけを綺麗に入れ替えてしまったわけだ。勿論望んだ結果ではない。
当人達としてもわけがわからず、戻る手段のヒントすら浮かばなかった。
問題は今後、互いがどこでどのように生活するかだ。成り済ましても限界はあるだろう。
「学校、初めてさぼっちゃったよー……」
泰天の体の愛里が半べそ状態で呟いた。その背後では店員が窓掃除をしながら様子を窺っている。二人はこの店の常連だが、店員は文字通り性格の逆転に疑問を抱いているのだろう。
来店時間も通常とは異なるが、それは最早些細な問題だ。
「んな事言ってる場合じゃないだろ」
「でも一応、連絡だけでもー……」
「誰にどう説明すんだよ!」
思わず激昂してしまった。アニメ声優紛いのコミカルな声だが愛里を一喝するには充分だったようで、愛里が大柄な体を縮みこませる。
ああ、頼むから俺の体で情けない姿しないでくれ。
「いや、言い過ぎた。悪ぃ。でも学校は無理だ。このまま今日の身体測定に出るのか?」
「そ、それは……恥ずかしいよー」
愛里が赤面して塞ぎ込む。その中原泰天らしからぬ仕草に、改めて不安と頭痛を覚えた。
皆を誤魔化せるはずがない。ラフな中原家と良家の桃園家では生活環境が違いすぎる。お嬢様を演じる事も無理そうだし、愛里が泰天の家に馴染む姿も想像がつかなかった。
しかしそれでも、せざるを得ない状況ではあるのだが。
腕を組み掛けたが、袖に胸が当たった事でそれを戻す。無抵抗の愛里にセクハラをしてる気分で躊躇われた。それを気にしては今後生きられないのだが。
泰天は頭を抱え、テーブルに突っ伏す。
「戻れるのかよ、俺達」
「奇病みたいなものだよねー……」
「奇病ならまだいいぜ。頑張りゃ医者が治せそうな響きだ」
「じゃあ、怪奇現象」
実に的確な愛里の表現だった。到底何とかできる感じはしない。
珈琲を一口喉に流し込み、それから何気なく視線を落とす。市松模様の床に足が届いていない。
当然だが、自分の体とは視界も違えば運動能力も異なるだろう。泰天とは頭一つ異なっていた小柄な愛里の体は、色々と不都合が多そうだ。
「ねえ、泰天君」
「あん?」
「さっきから胸の辺りがもやもやして仕方ないんだけど、何かな」
愛里が胸を摩りながらそんな事を口にした。普段の自分と照合するとすぐに疑問は解けた。どうやら”そういった欲求”も体のほうに依存するようだ。
「ああ、あれだ。珈琲後の一服。ポケットにあるから吸えよ」
それで愛里は目を見開き、ぶんぶんと首を横に振った。
「ええ? 嫌だよ、吸った事もないもん」
「仕方ねえなぁ……」
泰天は椅子から飛び降り、テーブル向かいの愛里へと歩き掛け――その足を止めた。
店先のドアが開いて数人の男達が入店してきた。愛里の目もそちらへと動く。
迷彩服にアサルトガン。一目で専守防衛軍兵士とわかる彼らはどう見ても飲食目的ではない。
突然の事態に愛里が怯える。泰天は彼女の頭を抱え――る事はできず、太股に手を添えた。
この大東亜共和国は成功したファシズムと形容されたりする、一種異様な国だ。イカレた理論家の意見に従い、人命を軽視するような催しが次々と可決され、実行される。他国のほとんどを敵と称し、半鎖国体制までとっているのだ。
中でも最高な催しは他国、特に総統曰く”鬼畜”米帝との戦争に備えるべく設けられた戦闘シミュレーション実験”第68番プログラム”で、年に50回、全国の中学校から1クラスずつ選抜して殺し合いを強要される。 再び自宅へ戻れるのはたった1人、年間では50人。生還者にしても心を破綻させたり、実験での傷が元で亡くなるケースが多い。
当然、こういった催しを始めとする国のやり方に反旗を翻す輩も少なくなかった。
この店がいわゆる反政府組織にでも加入していたのだ。そう考えて成り行きを見守っていた泰天は驚愕する。
何と彼らが包囲したのは泰天と愛里だった。いかつい顔に取り囲まれ、愛里が更に体を震わせる。
「何すか」
泰天は反抗的に訊いた。政府には以前、姉が怪我を負わされており嫌悪の念があった。
「栃木県立青葉中学校3年1組女子10番桃園愛里さん、同男子7番中原泰天君かな」
兵士の一人が手にした紙を見ながら訊き返してきた。やはり目的は自分達らしい。
「そうすけど」
中年兵士は泰天の態度に不快さを表したが、すぐに表情を戻して用件を告げてきた。
「あなた達はなんと、栄誉ある第68番プログラムに選ばれましたー。おめでとう」
俺達中学三年生。お国の為に戦うぞ、おー! 仇敵米帝倒す為ーこの命ー捧げますー。
日常的にお茶の間に流れている、イカレたCMが脳裏に流れた。
当選率は極めて低いその殺し合いに選ばれた現実が、一気にその心に圧し掛かる。同じ日に更に奇妙な現象に見舞われた事は、何か強力無比な運命の波動を感じさせた。
それはともかく。好んで参戦する理由がない。
「拒否権は?」
「それは当然、死ぬね」
銃を突き付けての即答。訊くまでもなかった。生還者一名となればどちらかは生還できない。否、例え生還しても、この体で余生を過ごすのはどうか。
拳に力が入りかけたが、愛里の体でなくとも無数の銃器相手に勝機は見えない。そして巻き添えをくうのは愛里なのだ。抵抗は得策ではない。
泰天は兵士を見上げ、精一杯の威圧視線を飛ばしながら返答した。
「連れてけよ。……ツラ、覚えたぞ」
その姿に兵士は、今度こそ露骨な嫌悪感を示した。続いて挑戦的な笑み。
「いやー、桃園愛里さん。資料では優等生とあるけど、とん……だ、猫被りですね。それに比べて彼のほうは見掛け倒れで……」
「るせぇ!」
兵士が子犬のような円らな目を歪めて言う。
泰天はそれに対し、鋭い眼光で返答してみせた。
絶望的な状況の中で、まだその牙は折れてはいない。