BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜



 暗闇に浮かぶ手を取ろうと、必死に漆黒の空間を掻き続ける。
 しかしその距離は遠のくばかりで。
 冷たい無限の虚空の中で、恋人の姿が暗闇に呑み込まれて行った。
 絶望に打ちひしがれる自分の姿は――たった今消えた彼女のものだった。

 誰かが肩を揺すっている感覚と共に、喧騒が耳に届いてきた。
 中原泰天(男子7番)は朦朧とした意識の中で、その目をゆっくりと開く。
 顔を起こして最初に目に入ったのは、雪のように白い女性の腕だった。
「起きましたか、桃園さん」
 泰天を見ているのは恋人――桃園愛里(女子10番)の友人、六波羅舞花(女子12番)だった。直ちに疑問を抱く。愛里以上に良家の、財閥令嬢である彼女が普段無縁の泰天に声を掛けてきた。
「六波羅……? 何だよ」
「?」
 訝く思いながら訊く。舞花が不思議そうな顔で返答に窮し、ようやく違和感に気付いた。
 目線が明らかに普段よりも低い。いかに腰掛けていても、長身の泰天が首を持ち上げて女子標準身長の舞花を見上げているこの視界は奇妙だった。
 白く小さな自分の手を眺め、一連の事件を思い出す。雷、衝突した車、入れ替わり。
 あれは全て現実だったのだ。悟ると同時に頭痛が生じた。
 だとしても、教室にいるのは何故か。

 俺はまだ、何か大切な事を忘れてる。

「愛里、眠いのはわかるけどボーッとしてる場合じゃないって」
 威勢の良い声に首を向けると、水戸泉美(女子8番)の小柄ででっぷりとした体躯が飛び込んできた。泉美は目を細めて部屋前方の扉を睨んでいる。
 何とそこには迷彩服に身を固めた見慣れぬ輩が数人、直立して扉を塞いでいた。肩から掛けたストラップの先には、戦争映画などで見るご立派な連射銃が携えられていた。
「な、何なんだ」
 よく見ればこの場所も教室ではない。規模は同程度だが事務所の類のようだ。ご丁寧に机と椅子が教室宜しく等間隔に配置されている。
 瞬間、脳裏に閃光が迸り、内封された記憶が開放された。珈琲ショップでの惨事が甦る。
「……プログラム」
「鋭いじゃん。身体計測の順番待ちの時に、いきなりあの人達が入ってきてね」
 嫌悪感満点の面構えで泉美が説明した。要は泰天達同様に拉致されたわけだ。
 そこで二人の首に巻きついた銀色のリングに気付く。贔屓目に見ても趣味の類ではない。 
「ああ、これ? プログラムで使うんでしょ多分。愛里にも着いてるよ」
 泰天の視線に気付いた泉美がまた説明した。室内の愛里を探しかけ、すぐに思い出した。

 あ、今は俺が愛里なんだよな。頭こんがらがっちまうよ。

 首を摩ると確かに冷たい金属の感触があった。フィット感は最悪である。
 室内は不穏な空気と喧騒で満ちており、兵士達が無言の威圧を続けていた。
 改めて見回すと泰天の体を持った愛里の姿が後部席に見えた。愛里もまた泰天の仲間達に囲まれて窮している様子だった。泣き出さないかが目下の心配だ。
「桃園さんは通学中に拉致されたのですか?」
 ポニーテールを揺らして舞花が尋ねてきた。やはり舞花達も皆勤娘の突然の無断欠席には疑問なのだろう。ましてや彼氏と仲良く、である。
「あ、あの、あたしが通学中に気分悪くなって、珈琲店で休んでたらいきなり兵士、さんがね」
 慌てて繕うも多少無理があった。容赦なくツッコミが返ってくる。
「連絡を入れないなんて愛里らしくないじゃん」

 知らねえよ、そんな事! それどころじゃなかったつぅーの!

「あ、えと、あれよ、凄いお腹痛くて忘れ……」
「うわあぁぁー!」
 突然の絶叫に、室内の生徒が一斉に視線を向ける。発声者は切れ長の目と太い眉を除けばパッとしない外見の大野健二(男子2番)だった。
 存在感も薄く、同じ男子である泰天としても主流派の末席という印象しかない。そう言えば隣のクラスに双子の兄がいただろうか。
 健二は狂ったように暴れており、制止する友人達を振り払うと扉の前の兵士達に縋りついた。
「何あれ?」
 泉美が目を細めてその様子を眺めている。泰天も成り行きを見守った。
「違うんです、俺は兄の健一なんです! ちょっとお遊びで身体測定の間、入れ替わってみようって……。健二はまだ学校なんですよ、だから俺を帰して下さい!」
「はー? 何言ってんですかぁ。あなた健二君でしょー? 嘘言わないで下さい」
 見ればその兵士は珈琲ショップで見た中年兵士である。子犬のような目に平たい顔、間違えるはずがない。
 兵士はなおも縋る健一だか健二を銃で突き返す。それでも彼は兵士への懇願を止めなかった。

 やべえぞ、ありゃ……。

 不吉な予感と共に腰を上げかけた時、無情の銃声が室内に響き渡った。
 健一だか健二の頭部が凶暴な銃弾の直撃を受け、真紅のスプラッシュを撒き散らしながら反り返った。膝が折れ、足を滑らせたようなコミカルな動きで地面に倒れ込む。その顔にもう生の色はなかった。
「もうあれ、面倒だから健二君だって事にしましょ」
 硝煙の昇る銃を再び肩に立て掛け、中年兵士が素っ気無く呟いた。両脇の兵士が無言で頷く。どうやら彼が兵士で一番格上のようだ。
「いやぁぁぁ!」
「うぉぉ」
 悲鳴と驚嘆の声がたちまち周囲に広がっていく。神経の太そうな泉美ですら肌を白く染めて絶句していた。
「酷い……」
 舞花が目を潤ませて呟く。その背後、椅子に鎮座して無感動な表情を保っている綾瀬澪奈(女子1番)の姿が際立ったインパクトを放っていた。普段から大人しい彼女だが、そういった次元の問題ではない。
 瞬間、澪奈がこちらを向き、視線がかち合う。半開きの瞼の奥に悲哀の色が満ちていた。
 彼女は何かを知っているのか。そんな事を考えた。
「何をしたかわかっているの!」
 今度もまた女性の、張りのある声が響いた。長身にショートカットという凛々しい佇まいの宮本真理(女子9番)が椅子から立ち上がった。得物にするつもりか、その右手は椅子を掴んでいる。
「ああ、二天一流を継いでる宮本さんですよねー。知ってますよー。大野君はあれですよ、ふざけた事をしたお仕置きですね」
「どこに殺す必要があったのよ!」
 語気を荒げて叫び、真理が一歩前へと出る。椅子が引き摺られ、不快な音を発した。
「ああ止めなさい止めなさい。そんな椅子、盾にもなりませんよー」
 制止を促す中年兵士の両脇で、兵士が銃を構えた。真理は動ぜず兵士達を見ている。
 緊迫した空気の中で、泰天も固唾を飲み下した。そのまま数秒が経過する。
 その時だった。扉が開いて真理を凌ぐ長身の中年女性が入室してきた。真紅のスーツにぺったんこのショートヘアが異様にマッチしている。
 その背後にはサングラスをかけたやや小柄な中年男性が付き添っていた。灰色のスーツをややラフに着こなしたその姿は、バラエティ番組の司会者的に見えた。
「……誰?」
 中年女性は真理を無視して、用意された教壇の前へと立つ。中年男性もその脇で足を止めた。
 緊迫感がこれまでない程に高まる。泰天の頬を、汗が一滴伝い落ちた。

 退場者 大野健二(男子2番) 残り23人 


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