BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
4
発狂寸前。脳のリミッターが今にも振り切れそうだ。
前方に見える”自分の姿”がなければ、とっくに悲鳴を上げている。
度重なる不幸を前に、桃園愛里(女子10番)は辛うじて理性を留めていた。
「教官、すんません。一人やっちゃいました」
「ああそう」
頭を下げた中年兵士に、赤いスーツの女性が素っ気無く対応する。足元の死体を一瞥すると、所持品の黒いファイルを広げてそこに何かを書き入れた。
「退場者は男子2番、大野健二君ね。じゃあ23人でいきましょう」
閉じたファイルを教壇に置き、女性が背後の黒板にチョークで名前らしき物を記載し始めた。名前は全てで五つ、縦書きで並んだ。
「はーいみんな、私は今回のプログラムの担当教官に選ばれました、和田夏子です。宜しくー」
沈黙の室内に、中年女性――和田夏子(担当教官)の自己紹介だけが響く。
「ちょっと、勝手に進めないでよ!」
椅子を掴んだままの宮本真理(女子9番)の怒声が、空気を震わせた。夏子の目が真理へと動く。
「何かしら、宮本さん」
「人を一人殺しておいて、その態度はないでしょ!」
勇敢か無謀か、ともかく真理が腰を引く様子はない。死の予感が胸に過ぎる。
このままだと真理、撃たれちゃうよ!
立ち上がりかけた愛里の肩を、誰かが掴んで制止した。
左を見ると、泰天の仲間の一人である井口政志(男子1番)が愛里を見上げていた。
「相手考えろ、銃だぞ」
「でも……」
「考えろよ。宮本に続いて大野三号になるか?」
真理を見捨てるような言い草は不愉快だが、正論ではあった。いかに中原泰天(男子7番)の体を有しているとは言え、屈強な専守防衛軍兵士と機関銃相手に勝ち目はない。
「きなさいよ」
意識を前方へ戻すと、夏子が左手で真理を挑発していた。既に起爆寸前の段階に達している。
「こんな殺し合いに参加するなら、あなただけでも刺し違えてやるわ!」
声を上げる暇もなく、真理が夏子へと駆け出していた。何と兵士達の動く様子はない。
振り上げられた椅子が弧を描き、夏子の頭上へと飛来する。その椅子は衝突音と共に真理の手を放れ、丁度愛里の体を有した泰天の机上に叩き付けられた。
「泰天君!」
思わず絶叫と共に立ち上がってしまった。生徒、政府陣共に不思議そうな表情で愛里のほうを見る。
「あ……」
突き刺さる視線が痛い。継ぐ言葉が考え付かなかった。
まさかここで場違いな事情説明をするわけにもいかない。泰天と揃って気が触れたと思われてお終いだ。
ど、どうしよう……。
その空気を断ち切ったのは、鈍い打撃音だった。
視線が一斉に前方へと戻る。最も教壇に近い席に座っていた三枝なつみ(女子4番)の頭蓋を、フライパンが――ものの見事に両断していた。茶色に染めたボブショートの髪が、みるみる泡混じりの鮮血で染まっていく。
「いやぁぁあ、なつみぃー!」
今度の絶叫は窓際前方、島谷梨絵(女子5番)のものだった。なつみとは親友コンビで知られており、ショックの程は察するだけでも辛い。取り乱す梨絵を隣席の佐々木利哉(男子5番)が拘束し、どうにか着席させた。梨絵はなおも呼吸を乱しているが、とりあえずは治まったようだ。
「佐々木君、お疲れさま。……で、宮本さん」
夏子が冷淡になった表情を戻す。徒手の真理はそれでも敵意たっぷりの視線を夏子へ注いでいるようだ。背中からも鮮烈な殺気が伝わってくる。
「まだ暴れるなら、更に巻き添えが出るかもしれないわよ」
夏子がフライパンを翳しながら言った。真理の椅子もあれで弾いたのだろう。
嘲るような声色だったが、従わねばならなそうだ。事実、真理は肩を落として席へ戻っていく。強く噛んだ唇の端で赤い液体が滲んでいた。
真理の着席を見届けると、夏子が政府陣の紹介を続行する。夏の陽気の名残りもあって、早くも血の臭いが漂い出していた。なつみの亡骸を眼前に臨む泰天の心持はどのようなものだろう。
「私の脇のサングラスのオッサンは、教官補佐のコモリさんです」
「オッサンて、酷い言い方だなぁ。えー、ども。コモリです」
漫才師のような大仰な口調で、コモリ(教官補佐)が自己紹介をした。
一見政府の人間には見えない。それでいて裏には狡猾な狼の素顔があるのだろうか。
「えー、わたし、兵士三人衆の筆頭をさせて頂きます鳥田、伸輔です」
例の中年兵士――鳥田伸輔(兵士)が名を告げる。兵士というよりも営業マンのような話し口調だ。
続いて両脇のガタイの良い兵士が揃ってお辞儀をした。顔は酷似しており、仁王像のようにいかつい。
「えー、こちらは阿門(あもん)君と吽門(うんもん)君。どっちがどっちでもいいですよー」
伸輔が二人の紹介を行った。まるっきり使い捨て偽名だ。確かに区別が付かないのでまとめて呼称するしかなさそうだが。
「舐めてんのか、あいつ等」
右隣から乱暴な口調が響く。こちらは古谷一臣(男子9番)だ。
当クラス不良グループの一人で中肉中背。泰天の威をかる、言い方は悪いが腰巾着という印象だった。正直、愛里は彼を好きではない。
だが泰天の体と交換された今、彼らは愛里に信頼を寄せているだろう。逆に言えば、それなりの対応をする必要がある。理由もなく拒めば面倒が増えるだけだ。
色々あり過ぎて、おかしくなっちゃうよ。
夏子が再びファイルを開き、教壇へと置く。
「さぁ、それじゃ早速ルール説明に入らせてもらうわね」
愛里の懸念をよそに、プログラム開始は刻一刻と迫っていた。
退場者 三枝なつみ(女子4番) 残り22人