BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
5
死臭を嗅ぎながらの授業というのは実に稀有、極めて低確率であろう。今の中原泰天(男子7番)は、そんな貴重な場所にいた。
景気良く脳天を割られた三枝なつみ(女子4番)の亡骸が、目の前の机に突っ伏している。鼻を突く臭いも強烈なものだ。
それにしても酷いと思った。なつみに何の非があったというのか。
特に親しいわけではなかったが、彼女の死には同情を禁じえない。
最早それには誰も興味を示さず、教壇に立つ和田夏子(担当教官)の言葉に揃って耳を傾けている。プログラムならではの異常な光景である。
「えー、まず担任の山村先生ですが……それは後ほど。遺族の方にも軒並み了承を得てますが、反対された一部の方は残念ですが処刑させて頂きました」
誰かが悲鳴を押し殺したのが聞こえた。
無力の担任はともかく、一足早い家族の死の予感は少なからず生徒達の背筋を震わせた。
泰天の脳裏に夫婦仲睦まじい両親と、まだ無邪気な年齢の弟の姿が浮かんだ。
自分が死んだならば、家族は嘆き悲しむだろうか。孝行してるとは到底言えないが、父や母は涙するだろうか。
仮に生還したとして、玄関先に立つのは息子の彼女だ。どう事情を説明できよう。
「処刑と言うと……」
「知る必要があるのは優勝される方だけです。不要な時間は取りません」
夏子が六波羅舞花(女子12番)の質問をやんわりといなす。逆にとれば”死ぬ奴が知る必要はない”という事か。
こうなると説明をぼかした山村の安全も疑わしくなってくる。
山村は先日の授業中に、娘が高校受験を控えてると告白していた。娘と同年齢の生徒を前に、先走った行為に及んではいないだろうか。
知的な印象の顔立ちをした山村の顔が浮かび、心配になった。
態度のわりに随分と食わせ者だな、あのババァ。
「ルールは単純。殺し合って最後に残った一名が優勝として生還できます。賞品は総統陛下のサイン入り色紙、副賞は生涯の生活保障です。生活保障っていうのは、月十万前後の送金よ」
シンプルイズベストとは言うがなるほど、その単純さこそが無情さ、そして付け入る隙の少なさをひしひしと感じさせた。
もう一つ思うところがあった。不謹慎だが、常人ならば副賞こそ魅力的だろう。
総統の色紙を本賞品とするあたり、総統様万歳の大東亜色が出ているなと思った。
「さて、こちら」
夏子がいつの間にか深緑のナイロン地の、大ぶりのディパックを教壇の上に置いていた。既にジッパーの開かれたそれから次々と内容物を取り出していく。
前列二列目の泰天の席からはそれらが良く見えた。
まず菓子パン、一リットル容量の水入りペットボトルがニ本、安物の腕時計、コンパス、小ぶりの懐中電灯、そして、折り畳まれた紙。
「これは地図です。紛失しないように注意ですよ」
紙を開いて夏子が言う。縦に九、横に五マスの升目が引かれた中に、どこかの田舎村を連想させる絵が描かれていた。左下部の赤い点は現在地だろうか。
「そしてこれ、重要よ」
夏子が地図を壇上に置き、ディパックから今度は――生首を取り出してきた。
鮮血に塗れ、恥も外聞もなく白目を剥き大口を開けたその首に、既に生気はなかった。担任教師、山村のなれの果てだった。
穏やかだった顔の原型は微塵も残ってはいない。この後無残な父の生首を拝む事となる山村の家族を思うとたまらなくなった。
漂う死臭が一段と強くなったような錯覚を覚える。なつみと山村の血液臭のブレンド、珈琲通もこれには感極まって悲鳴を上げるだろう。
途端、場が騒然となった。椅子と机の脚が床を擦る音が数箇所で響く。
絶叫のハーモニーが鼓膜を突いた。不仲な者同士も今ばかりは仲良く甲高いオーケストラ演奏を奏でる。やればできるじゃないか、お前ら。
悲鳴の群れが銃の掃射音に掻き消されるのは数秒と要さなかった。乱暴に室内を蹂躙する、規則的かつ容赦ない発砲音。砕けた天井の欠片が粉雪宜しく机上に舞い落ちた。
たちまち沈黙が戻る。手際の良さは彼らが”任務”に熟練している事の証明となった。
その通り、夏子は焦らず淡々と説明を続け始めた。
「本当に見せたかったのは、これ」
生首をディパックに再度収納した夏子は、替わりに小ぶりの斧を取り出した。柄の古びた、切れ味の悪そうな斧だ。それを手に取りながら、言った。
「さっきまでのは共通支給品ですが、他に一つ、ディパック毎に中身の違うお楽しみ支給品が入ってます。これは斧ですが、銃器などの当たり武器から枕などの外れ物まで中身は実に多彩です」
夏子が斧を教壇に置く。ごとりという重い音が室内に木霊した。
「ランダムなお楽しみ支給品。この不確定要素こそがバランスのとれた男女の優勝比率を生み出してます。今は……ほぼ五分五分だったかな。腕力で勝る女子も自信を持って! 挑んで下さいね」
「……よし」
その時、低い女子の声が耳に届いて緊張が走る。右を向くも声の主は特定できなかった。今の台詞はどういう意味合いなのか。最悪の可能性が過ぎる。
首を戻すと夏子が地図を黒板に貼っている。大きな手は随分と不器用なようで、四隅にマグネットを置くのさえも困難を極めていた。
一分後。ようやく作業が終わり、夏子の説明が再開された。
「ここは昔の町並みを再現した事で有名な我が栃木県の観光スポット、月光江戸村です。来た事ある人もいるわよね」
「愛里、江戸村だよ」
今度は背後からの水戸泉美(女子8番)の囁きだった。記憶を辿ると愛里が友人達と訪れた旨を口にしていた記憶がある。しかし生憎泰天にとっては未踏の地だ。
「この全景地図には升目が引かれてて、縦八マス、横五マス。計四十五マスで構成されてます。江戸村の面積から計算すると、一マスは約二百平方メートルです。このマスをエリアと呼び、西から東へ1、2、3、北から南へA、B、Cと呼びます。一番南東のエリアは……六波羅さん、何ですか」
「H……Hの5、です」
「素晴らしいです。その通り」
舞花は思考を冷静に保っているようだった。これまでの愛里との会話を見ていても、言葉の節々から賢さが感じられた。泰天とは対極的な物を持っている。
「ここはG−1、地図の南西にある長者屋敷です。実際は管理局ですれけどね。一日四回、午前と午後の零時と六時に放送で死亡者の報告をします。残り人数で戦法を変えるのも生還への近道です」
そこまで話すと夏子はディパックへと再びその手を差し込む。
彼女のルール説明にはまだ続きがあるようだった。
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