BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
6
桃園愛里(女子10番)の双眸は、室内の奥からじっと教壇を捉え続けていた。
ディパックから和田夏子(担当教官)が右手を引き出すと、そこには愛里達とお揃いの銀色の首輪が姿を現した。担任の山村の血が付着したのか、点々と赤い染みが見える。
「皆さんが装着中のこの首輪、発信機と首輪が内臓されてます。共和国の技術が生んだ最高傑作で、完全防水、耐ショック……勿論外す事も無理です。あ、爆薬も内臓されていて、外そうとしたり逃亡を試みれば直ちに爆破されます」
ざわめきが再び周囲に伝染していった。
愛里は首輪を摩りながら考えた。要はこれは脱出防止かつ居場所特定用の道具なのだ。完璧に近いと噂される戦闘実験の管理は、これが大きく役立てられているのだ。
陰りを増す希望を前に、愛里は何かを求めるように目を動かした。
中原泰天(男子7番)の体を借りた愛里の周囲には、見事に泰天の仲間達が陣取っている。その誰もが殺気立っており、更に威圧感に満ちた佇まいで、気後れする愛里は声を掛ける事ができずにいた。
プログラムでこの誰かと行動を共にする絵が、我ながらどうにも想像できない。
「ええ、では重要事項です。一つのエリアには二時間しか滞在できません。これを怠るとリミットに合わせて首輪が爆発します」
言葉の意味を理解した愛里は、直ちに青褪める事となった。他の生徒達も揃って大きく肩を揺らした。
そのルールだと一つ所での潜伏ができない。エリアの境で往復すれば微小な労力でルールを守れるが、そこはやる気の生徒の絶好の検索区域になるだろう。
何よりも仮眠の問題がある。寝過ごせば一巻の終わりだ。
「それでは仮眠ができません」
杜綱祐樹(男子12番)が挙手と共に質問を行った。夏子は深く頷いてから答えた。
「そうね。でも大丈夫、起きたい時刻に腕時計のアラームを合わせればいいの。音じゃなくて微量の電気ショックで覚醒させるから安心してね」
共通支給品の腕時計を顔の脇に掲げ、夏子が室内へと見せた。一見デジタル式の安物時計に見えるが、戦闘実験仕様に改造されているわけだ。
電気ショックは痛そうだな、と考え、思わずその身を震わせる。その様子を横の槇村彰(男子10番)が訝しげに見ていたが、愛里は気付かなかった。
「でも、それで起きられる保障は……」
「大丈夫。これで起きなかったらもう死んでください!」
絶句ものの言い草である。鳥田伸輔(兵士)の自信満々な様子に、祐樹も不承不承その腰を椅子へと戻した。夏子は教壇へと諸手を着き、次なる説明へと入った。
「次はペナルティ生徒の説明に入ります」
これまた初登場の用語だ。夏子が教壇上のディパックを再び持ち上げてみせる。
「支給されるディパック内、二人だけですがペットボトルの蓋が私のフィギュアになっています。該当者がペナルティ生徒です」
ペナルティという名前からも、あまり喜ばしくはない物なのだろう。その詳細が、夏子の口によって語られた。
「指定された方は、ただ最後の一人に残っても駄目です。それまでにノルマとして三人殺害して下さい。これが達成されなければ最後の一人になった時点で首輪が爆発します」
愛里は低く唸りながら、喉に溜まった唾を飲み下す。つまりこのルールはプログラムを円滑に進行させる為の”やる気生徒”を作る手段なのだ。政府というのは卑劣な事柄に関しては実に良く頭が回転するようだった。
「また、達成できない状況、つまりノルマが0の状態で残り三人になった場合などですね。その時も首輪が爆発します。何、簡単ですよ。最後に倒す相手以外に二人倒していればいいんですから」
憤りを覚えるも、成す術がない。まずはペナルティ生徒を引き当てない事、自力ではどうにもならないが、願わずにはいられなかった。
「あ、ちなみに。まる一日死者が出なければ、その時点で実験終了。残存生徒全員の首輪が爆発します。忘れないで下さいね」
駄目押しが炸裂し、愛里は深く嘆息した。逃がさない、意地でも戦わせる。政府の思惑に押し潰されそうになっている自分がいた。
その時、何かを転がす音が外から近付いてきた。皆の視線が扉へと集中する。
程なく扉が開き、暗がりから山積みの物体が姿を現した。およそ人数分のディパックが大きめの台車に載せられている。台車を押していたのは阿門(兵士)、吽門(兵士)の瓜二つ兵士達だ。
「それでは出発してもらいます。私物の鞄は一緒に持っていって構いません。あ、最初の出発者は選抜済みですので」
出発、すなわち死出の旅路。その時間が遂に訪れた。
開かれた扉の向こうの闇が、冥界へと誘う魔物の口中にすら思える。
最初にその口を潜るのは誰なのか。彼女もまた魔物、夏子の口が開かれた。
「出発は男女交互、間隔は二分置きです。……では男子9番、古谷一臣君」
微かな舌打ちと同時に、そばの机から古谷一臣(男子9番)が立ち上がった。乱暴に自身の鞄を取ると、一度愛里へと顔を向けた。
仲間意識だろうか。ここは泰天らしい反応をするべきだと考えた。
「気を付けて、行って……きなよ」
愛里なりに男口調を演じた。しかし一臣は何が不服だったのか、ぷいと顔を背けると駆け足で扉へと走っていった。漠然とした気まずさが残る。
「気にするな」
「いつものカルシウム不足だろ。……ま、要警戒だけどな」
美濃部達也(男子11番)と井口政志(男子1番)は比較的冷静に事を構えているようだ。愛里は頷いて了解を示す。
しかし開始されたデスゲームを前に、釈然としない思いと危惧は拭いきれずにいた。
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