BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


23

 開催本部である長者屋敷(G−1)では、プログラムの情報管理が絶えず行われていた。
 端末を叩く兵士に書類を手に駆け回る兵士。コピー機やら発電機やらの音が木霊する中、時折盗聴機対応のスピーカーから生徒達の声が流れてくる。プログラムではありふれた光景だが、一種異様な雰囲気がこの場を満たしていた。
 政府の面々の関心は、やはり二人の生徒の”入れ替わり疑惑”にあった。和田夏子(担当教官)もまた、盗聴記録や資料に目を通しては首を傾げるばかりだった。
「ちょっとこれは……ねぇ」
「考えられないよなぁ」
 コモリ(教官補佐)もまた、てかる七三ヘアーを櫛で撫でつけながら一連の不思議な会話に対して眉間にシワを寄せていた。そこに兵士が歩み寄り、新たな資料を手渡してくる。
「今度は綾瀬も絡んできてますからねぇ。あの子が中原達の謳い話に合わせる理由がないんですよ」
 鳥田伸輔(兵士)が不必要なオーバージェスチャーを交えながら釈然としない心持を告げる。夏子は頷きながら、資料の束を一枚捲った。
 中原泰天(男子7番)と桃園愛里(女子10番)が、拉致直前に事故に遭い、心と体を入れ替えている。最後の一文が、どうにも腑に落ちない。到底、現実的ではないからだ。
 気味の悪いまでの合致。信じざるを得ない数々の証拠。しかし、改ざんせねばとても報告書には記せない。これにはさずがの夏子も頭痛を覚えるばかりだ。
「こいつら、集団でかき回そうっていうんじゃないでしょうねぇ? 何か事前から私達の知らない部分で繋がりができてたりしてて」 
「んなわけないでしょ!」
「なぁんですか、ナッコさんの為に気ぃ遣ったってのに」
 夏子が声を荒げて一蹴すると、伸輔は両の人差し指を胸元で突付きながら上目遣いでいじいじと夏子を見上げる。対する夏子は嘆息し、首を振った。
 正直、伸輔の言う通りならば問題ない。しかし芝居にしては完璧過ぎる。そもそも各々、槇村彰(男子10番)や山本彩葉(女子11番)の襲撃を受けている修羅場ですら己のキャラを貫いているのだ。納得せざるをえない。
「「教官、宜しければ大まかな改ざん内容は私達が」」
 シンクロした野太い声に視線を動かすと、阿門(兵士)と吽門(兵士)の双子兵士が夏子へとマネキンのような堅い表情を向けていた。本当にこの二人は無愛想な佇まいながら気が利くのだ。伸輔に爪の垢を煎じて飲ませたいとすら思う。
「悪いわね。じゃあ頼める? 最終的な修正は私が目ぇ通すからさ」
「畏まりました」
 秒単位の時間差すらないお辞儀をすると、双子は書類を分けながら互いの机へと戻っていった。それを見届けた後、机の上に置いてある厚焼き煎餅を歯で砕き割り、喉へと落とす。頭に響くくらいの醤油加減が夏子の好みだ。
「まぁ、直接俺達に害を成す段階じゃあないし、しばらくは様子見かな」
「そうね、それしかないわね」
 コモリの判断に同意を示し、端末を片手で叩いて記録を更新する。モニターに表示されている”綾瀬澪奈”の白文字が赤く変化し、残り人数の表記は16から15へと変わった。エンターキーを押すと、その画面はディスプレイの中心に吸い込まれるように消えていった。
「ナッコ、カムロの翻意はどう報告する?」
「そうねぇ」
 コモリに尋ねられた夏子は顎に手を当ててしばし逡巡する。政府に殉ずる家柄の綾瀬澪奈(女子1番)が末期に覗かせた政府への反抗心を放っておけば、後々”失態”と指摘されかねない。
「……不自然な挙動あり、念の為、カムロとしての心がけの周知徹底を求む。そんな感じでカムロ施設に送っておこうかな」
「うーん、それが妥当かな。あんまり色々書くと五月蝿いしな、あの施設」
 苦笑しながらコモリが頷く。面倒は起こしたくない、これが夏子達の基本姿勢だ。知られれば怠慢と叱責される事必至であるが。
 誰もがやっている事で、夏子も別段後ろ暗さは感じていない。

 続いて参加生徒名簿を手にとって、詳細を見直す。読み返す程に色の強い面々だと思った。それをかき回す”やる気三人衆”には夏子もやはり目を注いでいた。
「槇村、山本、森綱……。性格もそれぞれね」
 先ほど澪奈を巻き込んで交戦した彰と彩葉は、痛み分けのような感じで戦場から離脱していた。日頃耐え忍んだ怒りを爆発させる彩葉の猛りようは、プログラムを”盛り上げる”に充分なキャラである。
 一方、残虐性、愉快犯性では森綱祐樹(男子12番)が随一と判断できた。トトカルチョに興じる面々にはさぞかし人気の的だろう。背筋を寒くさせるお坊ちゃまだ、と写真を見ながら改めて思う。
「私はねー、山本が残るんちゃうかなー思いますよ。競馬と一緒、最後は血筋でしょう、やっぱり」
「伸輔、うるっさい」
「ぶー、ナッコさんのいけずぅー」
 要らぬ口出しをしてくる伸輔の頭を手刀で小突き、叱責する。伸輔は唇を尖らせて、また上目遣いをしてきた。いい加減気持ちが悪い。
 それはそうと、夏子個人の見解としては彰に特別なものを感じていた。最終的に勝ち残るのは彼ではないか。
 確かに彩葉は台風の目だが、あの率直な怒りを利した戦い方は、変化球を前に脆くも崩れ去るような気もするのだ。一方、まだ底の見えない彼にこそ、勝ち残る資質が見え隠れしている感じがした。

 資料を畳むと双子の兵士が眼前に戻ってきていた。伸ばされた手には改ざん済みの盗聴記録があった。その仕事の早さには毎度驚かされる。
「もう出来たの? ご苦労様。今回のお給料、色付けるように伝えておくわ」
「「いえ、私達はするべき事をしているだけですので……」」
 この謙虚さにも頭が下がるばかりだ。お辞儀をしてから席へと戻ろうとする双子を夏子は呼び止めた。
「あ、双子君」
「「はい」」
 二つの彫刻顔が夏子へと再び振り返る。双子なのは理解しているが、それにしても気味の悪いほど瓜二つだ。
「どちらでもいいから鉄ヤスリで少し爪を削ってくれない?」
「何故ですか?」
 阿吽兄弟に対し、夏子は悪戯っぽく笑いながら親指で伸輔を指した。
「あいつにあんた達の磨った爪を飲ませてやりたいのよ」
「勘弁して下さいよナッコさーん!」
 伸輔のダミ声とオーバーアクションがまたも本部の中で炸裂する。夏子は笑いながら茶を啜り、しかし泰天達の事は変わらず気掛かりだった。



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