BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
24
息吐く暇もなく襲いかかる狂気と惨劇、果てにはクラスメイトの死。湧き上がり始める何かを胸に、桃園愛里(女子10番)は涙を拭う。
中原泰天(男子7番)の体を有する今、綾瀬澪奈(女子1番)の体を抱き上げて運ぶ事は苦ではなかった。少し離れた草むらの中へ彼女を沈めると、水戸泉美(女子8番)と共に諸手を合わせて彼女の冥福を祈る。俯いた拍子にまた涙が零れた。
『桃園、さん、私……ね』
途切れた遺言。澪奈が告げたかった何か。澪奈の死に顔は安らかで、しかしそれが喪失感を際立たせた。
『私は、人形じゃない』
全ては想像の域だけれど、察しきれない事情が澪奈にはあったのだろう。彼女はその”運命の殻”を破り、今正に羽ばたこうとしていた。それなのに――。
「愛里、隠れるよ」
澪奈のディパックを回収した泉美の声に頷く。それから冷たくなりつつある澪奈の白い手を握ると、名残り惜しい気持ちと共にその場を後にした。
奉行所(B−2)まで辿り着いたがそこには既に泰天の姿はなく、仕方なしにここをとりあえずの休憩地点とした。”一つのエリアには二時間しか滞在できない”というふざけたルールのせいでろくに仮眠もとれないが、見張りがいるだけマシと言えるだろう。
泰天の事を思うと不安になる。愛里の体で泰天の気性、泉美に対して愛里がそうしたように理解者を得る事はできているだろうか。可能性は少なく思えた。
「白……ね」
澪奈のペットボトルを取り出し、泉美が呟いた。蓋はごく普通の白いものだった。すなわち澪奈はペナルティ生徒ではない。当然泉美の蓋も確認済みで、白である。
ただ、旅籠屋に放置されていた三つのディパックのうち一つが和田夏子(担当教官)を模したフィギュア型になっていた。退場したどちらかの物か、それとも……。
日常の温和な仮面を剥ぎ捨て、修羅の権化と化した山本彩葉(女子11番)の形相。目に浮かべるだけで気圧されそうだ。しかし、凶行は止めねばならない。悲しみの連鎖はこの国の負を助長させるだけだ。そこには旧態依然とした、支配に動かされる歯車達の迷走だけがある。
再び愛里の中に宿る、新たな感情の息吹きを感じた。
「愛里、これ、あたしの予想に過ぎないんだけど……」
制服を捲くり、脇腹の汗を拭う――仮にも男子の姿の愛里の前でする事ではないが、ともかく――泉美が、神妙な顔付きで口を開いた。愛里は何となく目線をずらしながら、頷いて応じる。
「綾瀬さんてさ、カムロだったんじゃないかな?」
カムロ。突拍子もない言葉だった。言ってみれば都市伝説だ。だが愛里自身が現実を超越した現象に襲われている今、この空間でその推測は俄然現実味を帯びてくる。
人の心を読む能力者で、幼い頃から政府の施しを受けて育つ。受けた恩は、日常生活にて察知した反政府思想者の政府への告発で返す。大東亜の完成された仕組みにはカムロが大きく貢献していると、一時はまことしやかに噂されていた。
『桃園さん、水戸さん』
言葉を交わす事無く、澪奈は泰天の体を有した愛里をそう呼んだ。全ての辻褄が合う。生徒達と距離を置いた感がある理由も頷ける。
「そうだった――の?」
愕然とする愛里の脳裏に、澪奈の悲しい独白が甦ってくる。
『私は感情もない、夢もない。ただ政府の為にそれが正しいと思って生きてきたの』
感情豊かに笑い、時には泣き、様々な将来への夢を描き、希望を抱き、のびのびと自身を培っていく。中学時代とはそういうものだ、それが当然だと思っていた。世界的に特別と認識されている大東亜共和国とは言え、環境には恵まれている。ルールに反しさえしなければ、そういうものだ。
しかし、生まれながらにして過酷な境遇に身を置き、辛く孤独な道を強いられた者がいた。愛里達を遠目に見詰めながら、遠い過去に心を封じ、怨んでも已む無い祖国の為に……。
これこそが当然だったのだ。この国がぬるい一面だけで成り立っているはずがないのだ。澪奈を見殺しにしていたようで、自分自身にさえ憤りを感じずにはいられない。
「……そうだったんだ……」
湧き上がる感情は沸点に達しようとしていた。静かなる、しかしこれまでのどれよりも完成された、一途な怒り。再度涙を拭った後の瞳には、愛里の決意を示す目映い光があった。
「泉美。あたし、この国を変えたい」
「わかってる、あたしもよ。けど今それは言わないで。それを言ったら……あたし達、一緒にいられなくなる」
その通りだった。優勝以外の方法が見出せていない今、愛里の言葉は泉美への宣戦布告ととられてもおかしくはない。不用意な発言はこの状況下では鋭利な刃物に勝る凶器となる。
「ごめんなさい……」
強い感情を宿しても、結局何もできない無力な自分がいる。現実の厳しさが愛里を打ちのめした。泉美が歩み寄り、愛里を引き寄せて胸に抱え込む。誰かに見られれば誤解される光景だ。
「愛里の気持ちは痛いほどわかるよ。生きているあたし達が、今を何とかしてあげないとね」
「うん……」
理解者の存在が嬉しかった。もう誰も失いたくない。誰も失わせない。まずはそこからだ。愛里は胸に強く志を抱いた。
間もなく江戸村の夜に、終わりが訪れようとしていた。
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