BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


31

 細い目の奥の眼光がノンフレーム眼鏡の縁を滑り、鋭く輝いた。深海卓巳(男子5番)は考える。――この国に死ぬまで尻尾を振るのは御免だったから。
 本部にごく近い森林(G−3)は、夜中銃声を轟かせた旅籠屋(G−4)と隣接したエリアで、潜伏中冷や汗を流した事を覚えている。既に狂気に身を染めた連中の所業により、残る生徒は半数まで減少してしまった。
 デスゲームに歯止めを。その一心で卓巳は隣のエリアと行き来を重ね、木々の中に留まりながら試行錯誤を続けた。知識も優れた頭脳もないけれど、束縛された現状をどうにか打破したかった。
 ああでもない、こうでもない。袋を破り、共通支給品のパンを喉へと押し込んだ。求めていた甘みがストレスを緩和してくれる。
 緊張が胃を収縮させていたのか、戦闘実験後何も口にしていなかった。待ち侘びた食事は安っぽい菓子パンですら上々の味へと変えた。空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。
 そこでじっと見詰める視線に気付き、パンを頬張ったままで顔を上げる。亜麻色の髪を濃紺のタオルでカモフラージュした少女――中村エリカ(女子6番)が微笑を浮かべて端整な顔をこちらへと向けていた。赤面しつつ、視線を逸らした。
「な、中村さんも食事しておきなよ」
 長身かつ大人びた顔立ちのエリカに対し、小柄で童顔な卓巳はどうしても恐縮してしまう。只でさえ普段接していない相手だけに他人行儀な姿勢になるというのに。
「中村さん、大丈夫。俺は殺し合いに乗っていないから」
 最初に遭遇した時、銃を向けたエリカに笑顔で告げた姿は正直”勢い”だった。よく脅える自分を繕えたと、今更ながら思う。しかし結果、エリカも銃を下ろし話し合いへと流れを導く事ができた。『あの時の俺、ファインプレイ』と言ったところか。
 そして政府に異を唱える者同士、とりあえずは共に居る事となり今へと至る。

 促され、菓子パンを食べていたエリカが半分にしたパンの片割れをこちらへと差し出した。おや、と思う暇もなく彼女はこちらの食べ掛けのパンに向かって手招きを行う。種類の違う菓子パンだから半分ずつ分けようという事らしい。
 エリカのパンの断面からは赤いゼリーが覗いている。ジャムパンならば問題はない、と半分にしたチョコパンをエリカの物と交換した。それを嬉しそうにエリカが口へと運ぶ。彼女も戦闘意識のない相手と合流できて気を緩めているのだ。
 後天的な失語症のエリカと会話するのは手間がかかったが、メモや携帯電話を用いて、一通り紹介を兼ねた会話は終了している。
 エリカも卓巳同様、特に政府にこれといった強烈な恨みはないが、生活の随所に理不尽な大東亜の在り方を感じていた。そしてやはり死にたくない、けれど殺したくない一念で頭を捻っていたという。リスクは高い――そもそも脱出の成功例がないのだ――が、漠然としたこの世への不満は、この場で反抗の牙を携えた口を政府へともたげさせた。
 人のする事だ。そして自分達も人だ。思い至ればきっと穴は見付かる。根拠のない自信は強がりであり、精一杯の抵抗だった。

 梢の奥の空を見上げながら、白い蓋のペットボトル――すなわち卓巳もまた、指名生徒ではない――へと手を伸ばす。内封された水を飲もうとした矢先、エリカに肩を叩かれた。見るとその細い指が腕時計を指差している。
「あ、そろそろ移動……か。面倒だね」
 苦笑いしながら腰を持ち上げた。エリカも自動拳銃グリフィン ゴールドを握り、立ち上がる。エリカの長身が更に強調され、場違いに息を呑んだ。フォローの意を含んでいるであろう笑顔が返ってくる。
 横長の目を一層細め、卓巳は改めて記憶を掘り返した。中村エリカ――失語症による負い目を感じているのか、平穏な日常では浮かない顔が目立っていた気がする。 
 ここまで見続けてきた笑顔に不自然さがある、とまでは言わない。しかし出会った時に銃を弾かれた際の狼狽顔が最もエリカらしく感じるのは勘繰り過ぎだろうか。
 背を向けて先行するエリカを躊躇いながらも追う。一見卓巳を信頼しているように見えるが、エリカとしては劣勢から救いの手を伸ばした卓巳に殺意はないと半ば断定しているはずだ。シャツ裏の冷や汗を堪えればこの程度の事は造作ない。逆に言えば、いつでも殺せると言うわけだ。

 ――いけないな。早々に疲労してる。……けれど、この場で疑いを持つ心もまたリアルで無難な判断のはずだ。気を許し過ぎず、けれど疑わい過ぎず、だ。

 脱出策が大掛かりな物になるならば、助っ人は否応なしに求められる。エリカがやはり、必要だ。己の心に一つ頷き、卓巳はその足を速めた。

 丘の深い場所(H−3)まで辿り着くと、卓巳は周囲を確認してから再び腰を下ろす。視界は前の場所より遮られてはいたが、遮蔽する木々の多さはこちらの事もブラインドとなって守ってくれる事だろう。
 何故か四方へと首を回し続けて座らないエリカを訝しむ。こちらの視線を察したエリカは、目を丸くしながら携帯に何か文章を打ち込み始めた。やがてそれを卓巳へと見せる。
『ここって何か見覚えがない(?_?)』
 口を尖らせ、返答に窮する。生憎月光市は卓巳にとってこれまで未踏の地だった。――しかし、よく見れば燃えかけの木々が遠目に窺え何か引っ掛かりを覚えはする。「……あ」
 そこで、この周辺のモノクロ写真が紙面を飾っていた事を思い出した。謎の発火事件として当時話題を呼んだ丘である。
「数ヶ月前、発火した丘だ」
 卓巳の言葉に痞え物が取れたような顔で、エリカが相槌を打った。それから二人して周囲を確認し直す。地元にごく近い場所の事なので、紙面を何度か読み返したはずだ。
 確か江戸村周辺に特殊な粒子が大量に確認されたという出だしで、その粒子の悪戯により無数の電波の摩擦が空気中で発火を生み、丘の木々が燃えたという種だったはずだ。波紋が衝突して一際大きな波紋を生むように、電波の衝突もまた一レベル上の電波を生むそうだ。それは空気を擦り、摩擦は火を生み出す。
 これは江戸村開発の際に発見された驚愕の新事実として新聞や紙面でも大きく取り上げられた。政府が新しい兵器の開発原理として食指を伸ばしているという噂も実しやかに囁かれているらしい。 
 普段は電波一つで発火などするはずがない。街中で携帯を使って空気だの人だのが燃えたなどと馬鹿げた妄想だと一蹴されるだろう。特殊な土壌が生んだ、大東亜のミステリーの一つと言ったところか。
 そんなこんなで現在は、江戸村に入場する際に携帯電話の持ち込みすら禁止されているらしい。それ程に厄介な粒子だとか――

 そこで卓巳に、天啓が閃いた。安直と言えば安直だが、地獄に垂らされた蜘蛛の糸として、希望を傾けるには充分過ぎるアイデアだった。
「ショックウェーブ……パルサー」
 静かに告げた卓巳に対し、エリカが首を傾げている。彼女はこのアイデアに乗ってくれるだろうか。とにかく、この時この場に光臨したこの策こそが、生還へと卓巳達を導くものだと信じたい。
「中村さん、脱出の方法考えたよ。成功するかわからないけど……手伝ってくれる? もう、きっとこれしかないから」
 毅然と告げる卓巳に、エリカは最初疑念半分という面持ちだったがやがてゆっくりと首を倒してくれた。エリカのどこか暗い表情が少し気にかかったが、ここは勢いで押し切るしかない。不安を過ぎらせればそれは失敗という形で反映される。
 卓巳は再び空へと視線を移し、漂う粒子を観察するように眺め回す。”彼ら”に助力を嘆願するように。
 ――歴史上最大の”暴挙”の立役者となってくれるように。


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