BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
<終盤戦>
37
和田夏子(担当教官は)眉根を寄せながら正午のランチを採っていた。戦闘実験の味気ない食事だけでは到底腹も心も満腹にはならず、自腹で購入しておいた冷凍食品をレンジで解凍して腹を補っている。
その間も夏子は盗聴音声に耳を傾けていた。チャンネルは今、俄然耳が離せない中原泰天(男子7番)達の会話だった。話を聞けば聞くほど、血のように赤い唇を不自然に歪めてしまう。
『美濃部君は体の事、知ってるの?』
『ああ、説明は面倒だし、愛里は愛里って事にしてるよ。悪いけど、そういう風に振舞ってくれるか?』
遂に泰天と桃園愛里(女子10番)は合流を果たした。現在の会話は二人きりのものなのだが、それでも例の”入れ替わり”に関する会話をごく自然に行っていた。という事は、これまでの会話も嘘ではないと思える。
まさか誰かに聞かれていると考え、芝居をしているわけではないだろう。二人の潜伏場所は外からは梢に阻まれ見え辛い反面、山肌に入れば比較的見通しが良いのだ。
ありえない。しかし、こんな事を芝居で行う理由はいよいよないのだ。仮に盗聴を察知したとしてもこんな事をするメリットが見当たらない。非現実的な会話に聞き入っていると、自分自身すら現実を見失いそうになりそうで、夏子のこめかみに汗が滲み始めた。
「ナッコさん、いい加減放っておきましょうよー。折角会えたカップルが二人っきりでええ話してるんですからー。悪趣味でしょー」
脇から現れた鳥田伸輔(兵士)が、夏子のシウマイを一つ摘むと口の中に放り込んだ。この図々しさは終生治らないものだろう。夏子は伸輔の頭を拳で小突き、鼻息を漏らした。
「しかしあれだよな、本当だとしたら凄い事だよね」
食後の身嗜みタイムとして七三分けの髪に櫛を通しながら、コモリ(教官補佐)が言った。この状態を”凄い”で済ますのもアレだが、確かに害がない分には興味深い話だ。
「まー、あれでしょ。嘘吐いてるんならボロが出ますよこんなもん。ボロ、出ませんもん! 疑ってもしゃーないんじゃないんですか?」
「そうよねー……。気味が悪い話だけど」
伸輔の言葉に夏子は、頬杖をつきながら深く頷いた。至極ごもっともだ。余計な事で仕事に支障をきたすわけにはいかない。極めて非現実で信じ難い事だけれど、二人の会話にはあまりに穴がない。つまり、そういう事だ。ならばそれはそれで良い。
別に中止に拘る事ではない以上、経過を見届け、仮にどちらかが優勝する事でもあればその時に考えれば良い事だ。もっとも、こんな事を報告しても頭を疑われるだけだし、盗聴記録を記した資料の紙は改竄して捨てたほうが良いかもしれない。
「じゃあ、全体の管理に戻ろうかしら」
「それがいいよ、ナッコ」
コモリが櫛を懐に戻しながら言い、それで夏子はディスプレイの情報欄に目を通した。既に残りは10人、特にここ1時間で3人が消えた事は大きかった。終局に向けて激化・加速する戦況が目に浮かぶようだ。こういう時に監視カメラも首輪に欲しいが、小柄カメラは予算が張るので難しいのだろう。
「誰が優勝しますかねー、ナッコさん」
伸輔が相変わらずの調子で聞いてきた。やはり”やる気の”生徒が有力とは思えるが、何せ優勝候補筆頭の杜綱祐樹(男子12番)が不動麻美(女子7番)との交戦で落命していた。
残る有力者の槇村彰(男子10番)と山本彩葉(女子11番)の武器は近接武器のみと頼りない。綾瀬澪奈(女子1番)を加えて二人が接触した時があったが、彼女のベレッタ M84は回収できなかったようだ――死に際に澪奈が会った愛里達の手にも渡っておらず、逃走中にどこかで落としたようだ――。
下手をすると終盤が膠着状態になる可能性もある。何か手を打つべきか悩んだが、あまりその手の作為を夏子は好まない。やはり様子見と判断した。
「……望まれてるのかもしれないわね。中原と、桃園」
「あの二人ですか?」
夏子は椅子を回し、伸輔のほうを向いて言った。
「あんな数奇な運命に会ってるのよ。何か意味があると思わない?」
「でもそれって神様を信じるようなもんじゃないですか」
「実際に神懸り的な事が起きてるじゃない」
そう返された伸輔は返す言葉がなく口ごもった。現に残り10人の段階で二人とも残っている現実が、運命ということ強力な道に二人が守られている事を示唆しているように思える。この二人を陥れた政府の人間である夏子は、背筋が寒くなった。もしそうならば、政府すらも――
「……まさか、ね」
夏子は首を振って否定したが、拭いきれない不安はあった。とはいえここまでも同じ結論を繰り返している。考えても仕方がない、今は様子見だ。
「ただ、本当、膠着状態の恐れがあるのは怖いわね」
「大丈夫でしょ。ペナルティ生徒もまだ両方健在だし」
タモリが歯を剥き出して笑った。そういえばペナルティ生徒の存在があった事を思い出す。ペットボトルの蓋が夏子のフィギュアになっていた二名の生徒は、三人殺害しない限りは優勝を認められない。人数が減ればよりこの効果は有効になる。
片割れの彩葉は既に三人殺害を果たしており問題はないが、もう片方はまだノルマを達成してはいない。その生徒のここからの展開を思うと、これもまた興味深いものがあった。
夏子は椅子に座ったまま足を組み直し、再びパソコンへと首を向けた。キーを数度叩くと、画面には緑のラインで描かれた地図と、生徒の場所を示す赤い光点が表示される。
「あとは、危険分子の動向くらいか……」
本部の周辺を危険エリアすれすれで動いている二つの光点は深海卓巳(男子5番)と中村エリカ(女子6番)のものだ。卓巳は”ショックウェーブパルサー”なる本部破壊作戦を口にしていた。五ヶ月前にこの地域で発生した自然発火現象を利用すると言っていたが、どのようなものなのか。夏子の分野外だけによくわからない。
「もしかして、本部をエリア外から発火させるんじゃないのか?」
「え? どうやって? 火を点けた矢とか?」
コモリの呟きに夏子は首を傾げて訊いた。
「まーた、ナッコさんは原始的な発想するんだから」
「誰が原始人だって!」
夏子は茶化した伸輔の胴体を逞しい両腕で掴み、振り回しながら肩に担ぎ上げた。
「ちょ、止めて下さいよナッコさん!」
助命を懇願する伸輔を無視して、伸輔の腰を立てた肩膝の上に激しく叩きつけた。伸輔が膝の上で跳ね、泡を吹きながら地面に転がった。持病のヘルニアが悪化したかもしれないが、そんなの関係ねえ!
「で、発火って?」
「うん。そもそも何かが燃えるっていうのは摩擦で燃えるんだよ。粒子が活発に動いて、その摩擦で燃えるんだ。激しければ大気だって燃えるっていうのは、大気圏で知ってるだろ」
それは勿論知っており、夏子は頷いた。しかしそれと脱出作戦が結びつかない。ここは大気圏でもなければ特別な粒子が漂う場所――ではあった。やはり脱出作戦の全貌はこれに起因しているのだろう。
「特別な粒子の存在と、電磁波の摩擦……」
言いながらコモリが、懐から”ある物”を取り出した。言わんとする事がおぼろげに理解できた。しかしそれは少し、現実味に乏しくはないだろうか。”そんな物”で本部を消し炭にできるなどと――
しかし。既にそれ以上に非現実の出来事が発生していると判断せざるを得ないのだ。泰天と愛里の存在が、こうもあらゆる事柄に不安を及ぼすとは予想外だった。夏子は歯噛みする。
「双子君!」
「「はい」」
夏子が呼ぶと、阿門と吽門の強大兵士がやってきた。黒光りする頑丈そうな肌と迫力ある体格は威圧感充分だ。これでいて夏子には忠実に従ってくれる事が有難い。
「深海と中村の動向と盗聴記録、逐次確認お願いね。それから――」
異例が立て続けに起こる今回の戦闘実験。更なる異例が起こる可能性も充分ありえた。痛む胃を抑えながら、夏子は指示を続ける。事の完結までは、到底安堵できそうになかった。
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