BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
38
中原泰天(男子7番)と桃園愛里(女子10番)は、美濃部達也(男子11番)と合流すべく、本部がある丘を下った場所にある神社(E−1)へとやってきた。泰天は慎重に様子を窺いながら、まず先行して鳥居をくぐった。後ろを歩く愛里の顔色が暗くなっているのを見止めて尋ねた。
「どうかしたか?」
「うん。ここね、出発してすぐに泉美と合流した場所だったから」
なるほど、神社は本部の丘を下りた場所になるわけで、出発した者は基本的にここを通過するわけだ。とはいえ目立つ場所でもあるわけで、危険と背中合わせでもある。いかに愛里が水戸泉美(女子8番)と合流したかったかが窺えた。その支えを失い、心境はいかほどだろう。
泰天といえば古谷一臣(男子9番)の強襲により愛里との合流を断念し、今の今まで会えなかったわけだ。おまけに一臣だけならず槇村彰(男子10番)と、仲間はやる気になっており、達也との合流すら一度は拒否されとんだ一苦労だった。残る井口政志(男子1番)は心配ないと信じたいが、どうだろうか。
拝殿の中は逃げ場もないので、拝殿の裏で達也を待つ事にした。合流時間は12時半、待ち合わせを少し過ぎているが大丈夫なのだろうか。
と、人の気配を感じて鳥居のほうを覗き見ると、ディパックを吊り下げた達也がこちらにやってきていた。無事だったようで何よりだ。
「おい、さっきの打ち合わせ通り頼むぞ」
「うん、やってみるね」
泰天は愛里に”入れ替わり”の件を隠して接する事に念を押し、達也に手招きをした。愛里――外見上は泰天だ――を確認した達也は少し表情を和らげたが、その前の表情が暗かった事が気になった。
「お、泰天。桃園と合流できたんだ」
「あ、うん。色々大変だった、けどね」
緊張の面持ちで愛里が返答した。たどたどしい口調にはひやひやするが、泰天のそれも上手とは言えない。視線を泳がせる愛里の背中を後ろ手で軽くつねり、口を挟んだ。
「彰……くんが襲ってきて、泉美が……」
「それで愛里、が助けにきてくれて」
やはり呼びなれた名前で呼べないのは厳しい。達也は一応事情を呑み込んだようだ。
「泰天、桃園に助けられたのか?」
達也の言葉には『彼氏が彼女に助けられたのか?』という響きがあった。実際は自分が助けたわけだが、泰天はむしょうに恥ずかしさを覚えた。とはいえ今から”入れ替わり”の説明をするのも厳しい。
「はは、そういう事もたまには……ね」
愛里が照れるように答えた。これは結構なストレスかもしれない。愛里と二人で行動するほうがどれほど楽か。しかし折角合流した達也と離れたくはなかった。一刻も早くこの状態に慣れるしかない。
「あ、それでな」
急に達也が声のトーンを下げ、泰天は顔を寄せた。愛里も口元を引き締めて達也を見詰める。達也は村の東側を散策してきたはずで、何か収穫があったのかもしれない。
「陶芸場で不動と杜綱が死んでた」
不動麻美(女子7番)と杜綱祐樹(男子12番)。麻美は男子は勿論、女子ともあまり親しくはなかったし、祐樹に至っては相性も悪く、どちらも泰天とは疎遠の生徒だ。しかし両方死んでいたとは――
「一緒にいたって事?」
「いや、見た感じでは相打ちって感じだった。拳銃と拳銃だったな、多分」
確かに麻美と祐樹がこの無慈悲の戦場で行動を一緒にするとは到底思えない。
「拳銃はなくなってた。誰かが持っていったんだろう」
達也が残念そうな口ぶりで言った。放送時点で二人は死んでおり、その直後に遭遇した彰は銃を所持してはいなかった。その後に訪れたならともかく、多分、彰は銃を回収してはいない。粗末な救いの要素だ。
「山本の手に渡ってなければいいんだがな」
「同感だ」
泰天は無意識に本来の口調に戻っていたが、達也は別段気にせず聞き流していた。三人全てが知る脅威・山本彩葉(女子11番)には出くわしたくないものだ。
ともかく、泰天と達也の分担しての散策による収穫は、愛里との合流(銃の獲得もだ)だけのようだ。泰天と愛里にとってはその”だけ”がこの上なく大きかったが。
とりあえず愛里と達也の情報交換が先決だ。愛里は達也が染谷悠介(男子6番)の死体を発見した事、彼はペナルティ生徒ではなかった事を聞いた。この三人がここまで出会った男子は――泰天と達也を除いて――全員やる気というのがどうにもたまらない。腕力に勝ると黒い欲望も出るのだろうか。
「そういえば美濃部君は蓋、どうだった?」
ペナルティ生徒に指定された生徒は、支給品のペットボトルの蓋が和田夏子(担当教官)のフィギュアになっているはずだ。達也はディパックからペットボトルを取り出した。蓋は変哲のない白いものである。
「ま、そうだよね……」
三人殺す必要があるのに、達也がペナルティ生徒なら現在二人とのうのうと過ごしている意味がない。何より、達也までやる気だなどと想像したくはなかった。
そこで愛里が拝殿の通路に腰を下ろしたまま身を乗り出し、訊いてきた。
「これから、どうする?」
やはり、そこだ。優勝者すなわち生還可能者は一人。揃って生還するにはどう考えても実験を破綻させる必要がある。丘の上の本部は決して頑丈ではなさそうだが、生憎泰天達も破壊する為のスキルを持たない。
「どっかに連絡とかできない?」
「人を呼んでも、結局は本部を潰さないと話にならないだろ」
その通りだ。達也の指摘で泰天は唸りながら首を捻るばかりだった。首輪による拘束、こればかりは人数を揃えても如何ともし難い。実によくできた、難攻不落の実験である。
「本部を爆破でもできればなあ……」
その言葉で愛里が顔を上げ、その目に頼りなくも輝きが宿った。何か考えたのだろうか。
「火薬ならあるかもしれない」
「どこに?」
泰天は疑問混じりに尋ねた。花火小屋でもあれば別だが、そういったある意味危険な施設は存在しなかったはずだ。ここまで訪れた場所を思い出すが、いまいちピンとこない。
「ここ」
愛里が取り出した地図の一箇所を指で示し、そこを見た。村の川沿いにあるその一角は、劇場関係がある場所(E−4)だった。劇で火薬を使うのだろうか? そう尋ねると愛里は頷いた。
『愛里、江戸村だよ』
それで泉美に本部で声を掛けられた事を思い出した。愛里は以前、泉美達とここに遊びに来ていたはずだ。ならば劇で火薬を用いたものがあると知っていてもおかしくはない。
「もし火薬があれば、何とかできる……か?」
泰天は愛里から地図を借りて念入りに眺めた。本部は丘の中腹にある。その更に上から、例えば台車に載せた大量の火薬を走らせて、遠距離から発火させる事ができれば――事は成るかもしれない。
「決まりか」
とりあえず、火薬の有無を確かめる価値はありそうだ。泰天は立ち上がり、人気のない神社の外を眺めた。この村が更なる鮮血に彩られる前に、実験を破綻させたい。
「うん、行こう」
乗じて愛里も腰を上げ、幾分乗り気ではない様子――確かに色々と危険性が高い――の達也も不承不承立ち上がった。ここはこの”爆破作戦”に賭けるしかない。
泰天達の戦いも、終盤を迎えようとしていた。
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