BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


46

 山本彩葉(女子11番)は朦朧とした意識を振り払いながら、死に場所を探して歩いていた。後ろからは中原泰天(男子7番)達がつけてくる気配はあったが、末期の今、既に意識はしていなかった。
 左肩は宮本真理(女子9番)に砕かれ、右肩は今さっきの戦いで撃ち抜かれ、軍刀も失い、腹部に致命傷を負った彩葉は正に将棋でいうところの”詰んだ”状態だった。ルールの上で戦闘不能となった以上、総統陛下の意向に添えずしてこの戦いを終える事となる。
 無念だったが、精一杯戦い抜きはした。5人の非国民を陛下の名の下に葬った。総統陛下は、父親は、母親は、納得してくれるだろうか。”選ばれた模範的国民”として、実験に華を添えられただろうか。

 懐の手榴弾を抜き、それを悟らせずに特攻すれば道連れにはできた。けれどその往生際の悪さは大東亜民・山本彩葉として往生際が悪く思えた。彩葉の死は傍目にも約束されている。自分はテロリストではないし、不意を付いての自爆というのは拘りに反した。拘りを以って実験に挑んだのに拘りを捨てて道連れにしては本末転倒だ。
 悔しいがその点は泰天達を讃えた。政府へ牙を剥く不遜の輩ではあるが、そして三人ががりではあるが、勝利への執着という点で彩葉を破った事だけは事実なのだ。彼らの運命はこの後、きっと国が正しく定めてくれる。願わくば国の為に目覚めて欲しいと思った。 

 満身創痍の体を引き摺って川沿いの道を歩く。たかが数百メートルが気が遠くなる――実際なりかけているが――程に長い。気を緩めると意識がもぎ取られそうだ。
 そんな中で、川の流れる音一つがとても美しいと思った。生きている事はそれだけで、こんなに素晴らしい事だったのだ。傷を負った腹部の痛みが和らぎ、傷のない胸が少し痛んだ。
 誇らしい家庭に生まれながら、理不尽に蔑まれた人生。自分は間違っていない。だから寂しくも悲しくもない。自尊心とやせ我慢でコーティングした心は彩葉を結果的にこの戦場で鬼女へと変えた。後悔はしていなかった。優勝への未練は残っているけれど、それもすぐに消える。

 何かに誘われるように彩葉は歩き続けた。倒れたら彩葉を支えている糸が一気に切れてしまうだろう。慎重に、柔道選手のような擦り足で道を進む。襲われた、そして殺された生徒達は彩葉をどう思っているだろうか。快く思うはずはないだろう。その遺族も同様だ。
 これは十字架だ。生徒達を恨み続けた彩葉は、今度は生徒達に恨まれる。こんな負の連鎖が大東亜の平穏を築く為の――そもそも平穏とは何なのだろう。きっと全てが連動しているのだ。世界が繋がっているように、因果も、心も、この世のありとあらゆる全てが。
 ならば自分は一人ではないのだろうか。いや、母親はいるけれど、それ以外の蔑まれたあれこれも、彩葉と手を繋げる場所にいたというのか。その答えを出すには、彩葉には足りないものがあった。


 ――そうだ、ここだ。ここが私を締め括る場所だ。


 落ち着ける場所をようやく発見した彩葉は、川べりの石段へと腰を下ろした。深呼吸をした事で一気に意識が飛びそうになったが土俵際で踏み止まる。もう少し、あと少しだけ。
 もう普段の半分も利かない右腕で懐から手榴弾を取り出し、震える指と頼りない意識に苦戦しながらもピンを引き抜いた。もう誰も彩葉の最期を邪魔する事はできない。爆発までの猶予は何秒程度だろう。それを手で包み込み、それから彩葉は空を仰いだ。
「私はやるべき事を、した……」
 自分の道程を刻みつけるように、掠れた声でそう呟いた。

 頭上の青空に、長い長い飛行機雲が伸びていた。その先で今は亡き父親の乗る軍用機が飛んでいるように思った。風のように駆け、空を舞い、敬愛する父の招く操縦席へと――

『お父様、彩葉、頑張りました!』
 飛行帽とゴーグルを着けた父親に、雲の上を舞う幼い彩葉が誇らしげに告げた。父親は少し困った顔で笑いながら、窓の外の彩葉へと諭すように言った。
『彩葉に教えられなかった事、お父さんも気付いたよ』
『教えられなかった事?』
 父親はもう一度笑った。今度は飛行機の背後に広がる青空のような爽やかな笑顔だった。
『誰かを守る為の強さを、自分にも向けてあげないといけなかったんだよ』
『どういう事?』
 難しい言葉に首を傾げた彩香に、父親が手を伸ばす。その手は操縦席と外を隔てるガラスをすり抜けて、小さな手を優しく握った。温かく、懐かしい手だった。
『さあ、おいで。お父さんが教えるよ。そして次に――』
 彩葉は胸を躍らせて、手に惹かれるまま操縦席へと吸い込まれていった。飛行機は雲の中へと溶け、その雲も穏やかに広がって空へと同化していく。


 ――次に生まれて来る時は、彩葉も上手くやれるよ。


 ――はい、お父様。彩葉、これからも頑張ります!


 親子の満面の笑顔が光の中に溶け込んで――


 閃光が彩葉の体を一瞬にして覆い、続いて手榴弾の爆風と衝撃波が血液と毒気の抜けた少女の体を吹き飛ばして肉片へと変えた。倒れたという言葉は相応しくなく、彩葉だった塊が転がった、そんな感じだった。
 それを見届けた三人は凄惨な亡骸を前に戦慄していたが、その実、彩葉の最期は殺戮に狂った少女の末路としては穏やかで満ち足りていた。
 一つのネジの食い違いが少女を魔性へと駆り立てた。そして確かに与えられていた愛が彼女を死に際で一人の少女へと戻した。大東亜というお国柄が生んだ狂気の少女は、大東亜だからこそ訪れる死の形を迎えた。

 たとえその道が血塗られたものであったとしても――
 ――山本彩葉の生き様は、大東亜の真実の一つのカタチだった。 


退場者 山本彩葉(女子11番)
残り6人


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