BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
47
立て続けに銃声が会場を駆け巡り、佐々木利哉(男子4番)は先に銃声がしたほう、すなわち本部のある丘の麓を望む神社(E−1)へと訪れていた。この先、木々の密集した中で誰かが戦っていたのだろうか。
夜、槇村彰(男女10番)に襲われた事は今でも鮮明に覚えている。確かに不良的立場にはいたが、彰は気の優しい生徒だった。彼が豹変するのだから誰がやる気になってもおかしくはない。
おまけに利哉は現在に至るまで支給品のガマの油と、店で調達した最長サイズの木刀程度の装備で、銃を相手にするにはかなり苦しい状態だ。それでも、利哉はもう危険を顧みず、戦火に身を投じる必要があった。
正午の放送で既に生徒が半数以下になった事を聞き、焦燥は募るばかりだった。数箇所で生徒の亡骸も拝んでいる。射殺された生徒もいれば、直視に堪えかねる姿で事切れていた生徒もいた。宮本真理(女子9番)がもしどこかであんな無残な姿を晒していたら――自分の精神は崩壊してしまうかもしれない。幾許の猶予もなかった。
加速する戦闘実験の中で利哉の当面の目的が真理との再会だったのだが、まずそれが果たせぬままここまで来ていた。真理と長年の遺恨を晴らし、そして彼女に伝えたい言葉がある。
同じ想いを抱いていた井口政志(男子1番)はどうしただろうか。せめて好きな生徒の名前だけでも聞いておきたかったと思った――既に政志も不動麻美(女子7番)もこの世にはいないが――。
利哉と真理は剣の道で高名を馳せた祖先を持ち、その因縁が利哉を真理と同じこの学校、そして同じ剣道部に籍を置く理由となった。全ては佐々木家の悲願を果たす為に。
しかし先祖同士の戦いを準えるように真理が腕前の差で部長の座を手に入れ、利哉は副部長の席に納まった。佐々木家と宮本家はつくづく因縁めいた関係にあるようだ。
利哉達も、教科書にまで語り継がれる先祖同士の戦いの真の結末は知らない。一般的には真理の祖先が策略を労して利哉の祖先を屠ったと言われるが、実は真理の祖先が大人数で利哉の祖先を殺しただの、決戦前夜に寝込みを襲われて殺されただの、実は戦い自体が行われていないという説まである。
ただ、利哉の祖先が勝利したという説はなく、それが利哉にこの環境で重く圧し掛かっていた。レッテルを拭うべく、現代の佐々木家は宮本家を上回るのだ、と証明したかった。そう親に教え込まれ続けていたし、かく言う自分も類稀な才能を持ち、努力家でもある真理を越えたい一念があった。
そして、やがて生まれた複雑な心。真理に対して芽生えた愛情がより利哉を悩ませた。彼女との今の関係、そしてこれからの関係。いつかは決着を着けたいけれど、その後、二人はどうなってしまうのか。しかし今、戦闘実験に参加させられた今、後のない戦場が利哉を決意させた。これは彼女との白黒をまとめてつける好奇だ。結果次第では協力してこの実験に抗する未来があるかもしれない。
利哉は一心不乱に真理を探したけれど、二人の再会を大きな力が阻むように、彼女の姿を拝む事はこれまで一度もなかった。歯噛みしながら過ごした半日弱、その中で級友の亡骸は次々と増えていった。
真理を死なせたくない。彼女の祖先に利哉の祖先を殺された因縁はあるけれど、利哉は現代に於いて”巌流”が”二天一流”を越えた事を証明したいだけだ。殺す殺されるといった負の輪廻に乗じるつもりはない。この勝利で歴史的に佐々木家と宮本家が引き分けたなら、それからは両家で新しい未来を築けばいいと思っていた。
剣豪の家柄だとはいえ、利哉も真理も今時の中学生である事に変わりはない。自室では流行りの曲を聴いているし、真理も友達と洋服を買いに休日は繁華街に足を伸ばしている。
練習の後、学校のある坂を下った場所にある商店ではよく部員達も交えて談笑をした。炭酸飲料で喉を潤す利哉に向かって真理は『虫歯ができると噛み合わせが悪くなって力が入り辛くなるんだって』と言いながら笑って酢イカを食べていた。対外試合の帰りには河川敷を自転車で走りながら、ファミレスのドリンクバーを賞品にして次の橋まで競争をした事もある。
誰とも何も変わらない。佐々木家と宮本家の昨今は、ちょっと熟練した、けれどあくまで普通の二人の中学生の――もっと言えば片想いの絡んだ――物語なのだ。
真理は一体、どこに身を隠しているのだろうか。そして利哉の事を少しは頭に過ぎらせて、心配の一つもしてくれているだろうか。例え不幸にも落命しようとも、何も知らぬまま死にたくはなかった。
その願いを気まぐれな神は叶えてくれたのかもしれない。
「副部長」
他人行儀なその呼び名があまり好きではなかったけれど、馴染み深い、そして渇望していた声に利哉は振り返った。神社の赤い鳥居の陰に、真理の姿があった。普段と変わらぬ白のブレザー、黒のショートカット、そして小ぶりだけれど形の良い目、きりっと引き締まった唇。かなり疲弊してはいるが、真理その人に相違ない。
両手に木刀を握った姿はかつて真理の祖先が得意としていた二刀流で、緊張から背筋が伸びる感じがした。未だ拝んだ事のない真理の二刀流、彼女も継承しているであろう、宮本家剣術の真髄だ。
「無事だったんだな、宮本」
利哉は真理を部長とは呼ばない。レッテルに対する負い目もそうだし、やはり部長という呼び方はいまいち愛着が湧かなかった。特に気分を害する様子もなく、真理が返した。
「副部長も無事で、良かった」
「うん、良かった。また宮本と会えて、嬉しいよ。嬉しい、うん」
その声色が呑気そうだったからか、真理は目を伏せて呆れたような笑いを見せた。決して見下したわけではない、よく真理が見せる愛嬌のこもった笑顔だった。部長として、あるいは先輩として部員や後輩の面倒を看る事に充実感を覚えている時、よく浮かべていた表情だ。
懐かしい情景が甦る。真理の下でレッテルに悩んだ時も多かったけれど、届かない実力差に苦しみもしたけれど、それでもあの日々に戻れるならば、全てを犠牲にしてでも戻りたかった。
真理のこの笑顔をまた、何度でもあの汗臭い部室で眺めていたい。
「副部長はどうするつもりなの、これから」
真理に質問され、少し言葉の繋ぎ方に悩んだが、答えた。
「宮本、一緒に戦わないか、この実験と」
その前にまずは、決着を――。その言葉は出せなかった。利哉の言葉に真理もまた返答に時間を要したが、やがて顔を上げて答えた。
「この実験に喧嘩を売るのはとても危険だよ。出来れば自己満足として一人で戦いたかったけど、副部長がそうしたいなら、考えてもいいよ」
神妙な面持ちの真理の顔をじっと眺めた。相当に強い覚悟の類が見える。それでこそ利哉が尊敬し、愛する宮本真理だった。勿論一緒に戦うのは本望だった。
けれど、その前に言わなければならない。
「……ただ、その前にお願い聞いてもらえる?」
口を開きかけた利哉に先んじて、真理が言った。剣先を地面に向けていた二つの木刀が、真理の胸の前で交差して構えられる。彼女の圧倒的な存在感を前に、利哉は息を呑んだ。
「み、宮本?」
「一度だけ、剣を合わせてもらえない?」
それは願ってもない事だった。利哉が頼むまでもなく、真理からその話を持ちかけてくるとは。あるいは真理は利哉のそういった感情すらお見通しだったのだろうか、ともかく。
利哉は得物の木刀を構えた。利哉の剣の真髄を発揮するには充分な長さを持っている。真理が祖先の激突から約400年経った今、剣技を更に進化させたように、利哉も佐々木家の剣技をかつての場所に留まらせてはいない。
「二天一流、宮本真理。推して参るよ!」
意気揚々と言い放った真理の凛とした姿は部室で見たそれより更に隙がなく、踏み込み難い雰囲気を醸し出していた。女性が放つ剣気とは思えない。
挑んでは悉く打ち負かされた、数々の苦い思い出が甦る。利哉の懸ける想いを理解していた真理は、決着の度にどこか申し訳なさげな顔をしていた。部長として優しく励ましたいけれど、因縁の強さを知る真理としては”情けをかけるは利哉の為にならない”と口を噤み続けたのだろう。
要らない気を遣わせ、真理に暗い顔をさせてきた。それもこれも自身の精進が及ばなかったから。しかし今日ばかりは負けるわけにはいかなかった。真理と肩を並べて、これから一緒に戦う為に。そして胸を張って『俺が宮本を守る』と告白する為に。
利哉は両手で木刀を構え、上段で構えた。池に落ちた小さな水滴が音も立てず静かに波紋を広げるような、そんな穏やかな心境に満たされる。かつてない集中力、これなら――。
「巌流、佐々木利哉。俺は今、宮本を越える」
真理が無言のままでまた、呆れたような笑いを浮かべた。道場に場が転じたかのような場違いで馴染み深い静謐さがあった。真理と共に在る部活での日常は戻らないけれど、あの空間でいつも体感していた懐かしい感覚は、今一度だけ利哉と真理の間に戻ってきてくれた。
普段使う竹刀とは握り心地も太さも異なるが、木刀は不思議なほどに違和感がなく両手に握られていた。頭上に木刀を留めたまま、一歩ずつ摺り足で距離を縮める。応じて真理も接近してきた。
400年の時を経て、両家が新たなる歴史を紡ぎ出そうとしていた。
残り6人