BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


49

 夕刻を直前に控え、戦闘実験は残り4人。更にそのうち3人が固まっている現状で、次の戦闘が実験を締め括る一番である事は本部の誰もが理解していた。和田夏子(担当教官)も食い入るようにモニターを眺め続けていた。驚いたのは例の不思議コンビ、中原泰天(男子7番)と桃園愛里(女子10番)がこの段階まで残っている事だが、もう一つの驚愕を前に、夏子はそれは半ばどうでも良くなっていた。
「まさか槇村彰がここまで残るとはね……」
「驚いたよねー。槇村、やるじゃん」
 槇村彰(男子10番)の活躍に夏子は感心する。その脇にやってきたコモリ(教官補佐)がココアの湛えられたマグカップを手に声を掛けてきた。夏子は振り向きざまにコモリからマグカップをふんだくると、それを飲みながら頷いた。
「ホント、生きる事への執着心が半端じゃないわよね。どれだけ人にとって記憶が大事かって事じゃないの?」
「ですよねー、私なんてもう暴走族でしたから、高校時代は。親とかに迷惑もかけましたけど、ああいう人生の下積みがあってこそ今の私があるんですからねー」
 能天気な声を上げて鳥田伸輔(兵士)が割り込んできた。大人しそうな顔立ちで、若い頃はやんちゃが過ぎたというのだから人はわからない。そして伸輔も仕事が大詰めに向かい、かなり安堵した部分があるのだろう。本部の人間達もまた、この建物に最長三日間軟禁状態なのだから。
 しかし泰天達は穏やかならぬ作戦を立てていた様子で、予断を許さない状況だ。作戦といえば深海卓巳(男子5番)達も”ショックウェーブ・パルサー”なる作戦で本部の破壊を試みようとしたが、こちらは既に彼等の死を以って破綻しており、問題はない。
「泣いても笑っても、あともう少しね」
 夏子は腰を上げ、テーブルに置いたフライパンを手に本部の片隅にあるキッチンへと向かった。小腹が空いた事もあり、おやつにチャーハンが食べたくなった。
「あ、ナッコさん。私レタス切ります!」
 言うなり伸輔が、部屋の外――隣の部屋にある冷蔵庫だ――へと姿を消していった。夏子は苦笑しながら流し脇の炊飯器の中の炊いた米をしゃもじでかき回し始める。
「「教官、お手伝いします」」
「ああ、ありがとう」
 阿門(兵士)と吽門(兵士)の声に応じると、二人は冷蔵庫から肉や野菜、調味料を取り出し始めた。それから手際良くそれを捌き始める。二人の息はぴったりで、まな板の上の食材が瞬く間に微塵切りされる様子には感嘆の息を漏らしてしまいそうだ。
 一方で不器用にレタスへと指をねじ込み、乱暴に葉を千切る伸輔の不恰好ぶりは可哀相なくらいだった。彼が二人の上司である事が不思議にすら思えるが、あれでいて伸輔はやる時はやるのだ。

「しかしあれだな、今度ばかりは槇村もやばいよな。相手、三人だし。山本の二の舞にならないといいけどな。槇村が死んだらまだ先は長いかもしれないぞ」
 モニターを眺めるコモリがそう言い、夏子は調理しながら考えた。
 山本彩葉(女子11番)も予想以上に動いてくれた。あれほど政府に傾倒しているというのは政府の夏子からしても滑稽に映ったが、ああいった信者が大東亜の底辺を強く支えているのも事実だ。その彩葉も泰天達を前に多勢に無勢で遂に退場してしまった。彰はどうだろうか。
「現時点で五分五分じゃないかしら。彰はようやく拳銃も手に入れたしね」
「そうかなあ」
「何、槇村をそんなに殺したいの?」
「いやいや! そういうわけじゃなくてさ。主観を交えず客観的に考えてみただけだよ」
 タモリが慌てて弁明した。夏子はフライパンに油をひいて、米を放りながら嘆息する。トトカルチョで槇村に賭けていた事でつい感情的になったが、彰の不利は動かしようがないだろう。3対1というのはあまりにも厳しい条件だ。容赦のなさでは勝るものの、ここまで彼を生き存えさせた強運が最後も味方してくれるだろうか。
「ま、もし槇村が負けたとしても……」
 米の舞うフライパンを見事な手捌きで振りながら、夏子が言った。
「終了までそんなに時間はないと思うけど」
「そうだな」
 背後のコモリは笑っているようだった。

 ふと脇を見ると、伸輔が卵を割るのに手間取っている様子だった。
「ほらー、伸輔、てきぱきとやるー!」
 夏子は熱されたフライパンの底を伸輔の頭頂部へと当てた。
「止めて下さいよナッコさん! ハゲたらどうするんですか!」
 伸輔は手でフライパンを振り払いながら、身を捩らせる。リアクション芸人としては一流だ。渋い顔をしながら伸輔が最後の卵をボウルに落とし、それをフライパンの中に流し込んでいく。それらしい香りが匂い立ち始め、兵士の誰かの腹の虫が鳴る音が聞こえた。

 それにしても異色の生徒ばかりが揃ったクラスだった。カムロ、軍人(しかも中将)の娘、剣豪の子孫、複数の脱出作戦を模索した生徒達。確かにこの本部は強度の点では脆いかもしれないが、爆破だの炎上だのさせようとするだろうか。考えたとしても実行に移せるだろうか。正にそれを行わんとした、そして行おうとしている連中がいるのだ。途方もない意思が働いている気がしてならない。
 そして残ったのは謎の入れ替わり疑惑――大野健二(男子2番)の双子入れ替わりなんて可愛いレベルではない。超常現象だ、あんなのは――の二人、その泰天とかかわりが深く、残るべくして残ったかのような運命の所持者・槇村。そして彩葉が消えた今、もう一人のペナルティ生徒である美濃部達也(男子11番)。神に選定されたかのようなファイナリストの顔ぶれはあまりに異常過ぎた。

 戦闘実験の教官を務めて早や5年、こうも異常な事態が重なる戦闘実験は、さしもの夏子もお目にかかった事はなかった。自分達はイレギュラーな何事にも巻き込まれず、無事に終われるのだろうか。前触れなく先程降り注いだにわか雨しかり、この実験自体に只ならぬ暗雲が立ち込めている気がする。
 まさか。この状況で、この段階で。
 夏子の頬を汗が伝い落ち、隠し味としてフライパン内の米に浸透していった。


残り4人


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