BATTLE
ROYALE
〜 Body & Soul 〜
52
もう少し早く食い止めたかった。それとも、死を以ってしか運命から解放される事はなかったのだろうか。中原泰天(男子7番)は、槇村彰(男子10番)の抜け殻を胸に抱いて激情を抑えていた。
まだ泰天達の戦いは終わってはいない。まだ生きている可能性がある生徒は消去法で佐々木利哉(男子4番)と宮本真理(女子9番)の二人だ。最大五人の本部破壊、そして脱出劇が待っている。親友の死を前に嘆いて、気を緩めるわけにはいかない。
「彰、俺、もう行くよ」
そう呟いてから、胸から彰の体を引き離す。それをゆっくりと地面に横たえさせ――
――あまりに突然な銃声を背後で聞いた。
反射的に振り返った泰天の視線の先で、揉み合っている桃園愛里(女子10番)と美濃部達也(男子11番)の姿があった。あれは、銃を奪い合っているのだろうか?
慌てて駆け出した矢先、再び銃声が響いて愛里の体――いや、本来は泰天自身の体だ――が大きく揺れた。途端、人が変わったように泰天が腕を振り回し、乱暴に達也を殴りつけた。
「止めろ!」
泰天が間近に迫ったところで、錯乱した愛里が達也から奪い返した自動拳銃S&W M39を発砲するのが見えた。今度は達也の上体が弾け、勢い良く地面に叩きつけられた。
「おい、愛里!」
泰天は愛里の背中にしがみ付くように被さり、喉の奥から声を張り上げた。それで愛里の動きが止まり、肩越しに見えた銃口が下がっていく。愛里から離れた泰天は、彼女の背中に空いた赤い穴に目を留めた。即座に顔が蒼褪める。間違うはずもない、これは既にこの戦場で何度と見てきたものだ。
「……撃たれたのか?」
返答の代わりに、愛里がどしゃりと音を立てて腰を床に落とした。入れ替わりに視界に出現した仰向けの達也の胸と肩にも銃創があった。肩の傷からは既に結構な量の血が流れており、彰との交戦時に撃たれたものだと理解した。しかし互いの胸の傷は、言うまでもなく今の揉み合いで生じたものだ。
「何してんだよ、お前ら!」
愛里の肩を後ろから支えながら、泰天は叫んだ。言い方は悪いが、折角彰を倒して命を脅かす脅威が消えたはずだったのに、その矢先にこんな理不尽な、意味のわからない展開で二人が同時に、命の瀬戸際に――。
「お、俺、ペナルティ生徒、なんだ」
先に声を発したのは達也だった。彼の口にした単語は実に懐かしいような響きがあった。今回特別に設けられたルールで、指定された生徒は三人を殺さねば残り一人になっても優勝が認められない、だったろうか。ペットボトルの蓋が白い生徒はペナルティ生徒から除外されるはずで、達也の蓋は普通の白いものだったはずだ。それに仮にここで泰天と愛里を殺しても生還条件達成には一人足りないはずである。何故それがこの状況で翻意を向ける必要があったのだろう。
「俺、染谷、殺してる」
それで泰天は肩を落として嘆息した。現状、泰天達の他に生存の可能性があるのは佐々木利哉(男子4番)と宮本真理(女子9番)だが、仮に二人が死んでいるならば、泰天と愛里のどちらかが達也以外の人間の手で死んだならばそこで優勝による生還の可能性は消える。
だがそれは、達也がハナからこの火薬を用いた脱出作戦を裏切る算段だったととれた。
「達也、お前、最初からこの作戦を……」
達也は吐血した口から息だけを漏らし、深く頷いた。
達也の心理はある程度推測できた。本部を破壊して脱出を成しえても、A級戦犯として逃げ続ける先の暗い未来が待っている。一方、強く現実味を帯びてきた優勝の選択肢はとても甘美な誘いだったはずだ。生涯の生活保障、そして少々の罪悪感に悩まされながらも一応は安穏とした新生活が待っている。
その結果、与えられた達也の現状は仲間を裏切った事の報いなのか。
「何だよ……何でだよ……何で、こんな……」
誰にでもなく放たれた達也の恨み言は、命の灯火に比例して次第に小さくなっていく。
「泰天、君」
その声で泰天は愛里へと目を戻した。愛里の胸元にも着弾の痕があり、これまでの記憶を辿る限り実に致命的な箇所への着弾だった。愛里が、そして自分の体もここで死ぬというのか。
「愛里、しっかりしろ!」
「ご、めんね。泰天君の体……」
「いい、いいから、もう」
まだ彰の死を振り切ったばかりだというのに、達也、そして愛里と立て続けの不幸にみまわれ、最も精神的な衝撃を受けた泰天は状況を整理するだけで精一杯だった。加速する混沌は、終焉を前にとんでもない置き土産を残していこうとしている。心に深く、永遠の傷跡を。
「あたしの体、大切に使ってね」
手で抑えた愛里の腹部からの出血が止まらない。もう少しで破壊作戦を決行できたというのに。生死はともあれ、これからも一緒に歩めると信じていたのに。こんな幕切れは肩透かし過ぎる。そして虚し過ぎる。
「愛里……」
乾いた喉から言葉が出てこない。死を確信した愛里に何と声をかければいいのか。さようなら、なんて死んでも口にしたくはなかった。
「泰天、君、幸せに、なって……ね」
幸せに。それはどうやって? 同性愛の気がない泰天がこの体で結婚するのには無理があるし、そんな遠い話よりもまずは愛里の家族や、泰天が死んだと思う自分の家族にどう顔を会わせればいいのか。愛里としての生活はとてもハードルが高い。しかし泰天として過ごす事もできない。生還した後の障害が最も高い泰天が、何故生き残らねばならなかったのだろう。
「わかんねえよ、愛里。俺、どうしたら……」
愛里は愛里以外に真の意味では誰も模倣できないのだ。早起きをして幼馴染を起こしに行き、てきぱきと授業をこなし、放課後には演劇部で汗を流し、色の濃い野菜は少し苦手だけれど渋々とそれを頂き、寝る前の長電話がついつい長くなって、それでも翌日はまた早起きをして――泰天の知る愛里はそういう少女だけれど、それを真似たところで泰天は決して愛里にはなれない。
「泰天君は、泰天君で、いいんだよ」
泰天は愛里の言葉に首を振って難色を示した。それはちょっと厳しいってものだ。女性としての戸籍があって、これまで築いた愛里の絆があって、その中に他人が愛里の殻を被って割り込むというのは、非現実――これを思うのは何度目になるだろうか、ともかく。この状況事態が既に非現実だ――過ぎやしないだろうか。
それでも、愛里は言った。
「大丈夫――」
その言葉が、愛里の最期の台詞となった。
――おい、お前等、嘘、だろ……?
『はーい、お疲れ様ー。桃園さーん、貴方が優勝ですよー。おめでとう! 禁止エリアは解除したからすぐに本部まで戻ってきてね』
程なくして和田夏子(担当教官)のアナウンスが江戸村に響き渡った。優勝者・桃園愛里。その実、彼女の魂はもうここにはないのだけれど。泰天は愛里の背中を支えながら、殺意の消えた会場で呆然と佇んでいた。
悪夢の終わりは、泰天の前に新しい悪夢を贈った。
退場者 美濃部達也(男子11番)
中原泰天(男子7番:実際は愛里)
残り1人 優勝者 桃園愛里(女子10番:実際は泰天)