BATTLE ROYALE
〜 Body & Soul 〜


53

 あらゆるものを失い、中原泰天(男子7番)は優勝が決まった時の場所にずっと留まっていた。過去に例のないほどの空虚感は魂を除いた全てを桃園愛里(女子10番)達の魂と一緒に空へ連れていかれてしまったようにも思える。自分はある意味、皆と一緒に死んだのかもしれない。
 全てが終わったはずの会場で、泰天の背後から新たな足音が届いた。
「お疲れさーん。桃園さーん、本部に戻りますよー」
 その声には聞き覚えがあった。あの犬顔の中年兵士、鳥田伸輔(兵士)のものだ。力の萎えた首をゆっくりと後ろへと向けると、アサルトガンを携えた迷彩服姿で伸輔と数人の兵士が立っている。拉致される際に軽く揉めた時の事を思い出した。
『あなた達はなんと、栄誉ある第68番プログラムに選ばれましたー。おめでとう』
 彼の薄ら寒い賛美が全てのはじまりだった。
『いやー、桃園愛里さん。資料では優等生とあるけど、とん……だ、猫被りですね。それに比べて彼のほうは見掛け倒れで……』
 自分達は一切の危険を負わず、文字通り高みの見物をあの本部でこの半日強、実験の成り行きを観察したのだろう。それどころか、優勝者を当てる賭けの一つでもしていたかもしれない。

 しかし、特に感情の昂ぶりはなかった。
 今度は泰天は罵倒も抵抗もなく、伸輔達に本部へと連行されていった。

 泰天が通されたのは出発前にルール説明を受けた、教室風に机や椅子を配置された事務所らしき部屋だった。既に大野健二(男子2番)と三枝なつみ(女子4番)の亡骸は消えていたが、机や床の一部を染める赤い汚れが惨劇の名残りを室内に残している。
 その部屋の教壇には和田夏子(担当教官)が立っており、机の一つにはコモリが腰掛けていた。泰天が近付くとコモリが机から下りて拍手を始めた。
「いやー、よくやったね! 桃園さん、凄いよー」
 泰天は黙って、その耳障りな拍手を聞いていた。こんな不愉快な連中との会話は早々に終わらせて、ここから開放されたい。一発殴って撃ち殺される幕切れもアリかもしれないけれど、愛里の言葉が甦って躊躇われた。生きたかった生徒達の屍の上に立って、泰天は今を生きている。
「あれー? ノリが悪いなあ」
 白けた感じでコモリが拍手を止めた。続いて夏子が笑顔で近付いてくる。その長い手が伸びて泰天の肩に馴れ馴れしく触れた。自然と刺々しい感情が戻ってくる実感があった。
「おめでとう、桃園さん」
 泰天は答えなかった。しかし次の夏子の言葉が泰天の意識を動かした。
「……中原君て呼んだほうがいい?」
 急に鮮明になった視界で、泰天は目を見開いて夏子の顔を見た。世界の全てが牙を剥いたような、そんな感覚に陥った。どうしてそれを、政府の人間が知っている――?
 驚愕する泰天の前で、夏子は自身の首元に指を当てながら言った。
「本当は秘密なんだけど、この首輪ね、盗聴機が内蔵されてるのよ。貴方や桃園さん? 二人の会話は逐次確認させてもらったわ。最初はお芝居と思ったけど、そんな事をする理由がないでしょ?」
「下らねえ……」
 種明かしを聞いた泰天は眉を歪めて首を振った。政府がそれを知ってもどうにもできるはずがない。体は戻らない。愛里も戻らない。奪うだけの政府に、もう何も期待などしてはいない。
「説明する気はないみたいね。ま、予想通りだけど」
 夏子が腕組みをしてから軽く肩を沈めた。特にこの件に執着はしていないようだ。彼女は泰天から視線を外すと、コモリへと目配せをした。応じてコモリは部屋の外へと消えていった。
 夏子は視線を泰天へと戻して、言った。
「これから軍の車で貴方を送るわ。自宅に帰る前に一つ二つ、して欲しい事があるからそこまでは付き合ってね。これからの生活に関しては改めて説明に行くわ」
 ”して欲しい”事とは、テレビ中継などで見た事のある”勝利者の凱旋”的な茶番の事だろう。血塗れの生徒が無数のカメラとマイクの前で、不自然な笑顔を浮かべるあれ。愛里の姿でそれをする事は愛里を汚すようでたまらない気持ちになる。

 その侮辱を受けても生き永らえる必要はあるだろうか。
 やがてはそれらを振り返りながら、前を向いて歩ける日が来るのだろうか。
 愛里の末期の目には、それを乗り越える泰天の姿が映っていたのか。

「で、どうするの?」
 夏子が話を切り替えた。最初、その意味がわからなかった。
「貴方、誰として生きるつもり?」
 夏子は”入れ替わり”を信じている。泰天と愛里が個人行動をしていた頃から盗聴しればありえない話ではない。あまりに不可解な事例だが、疑う事に疲れると非現実な事も肯定してしまうだろうし、何よりついさっき、夏子が言っていた。『最初はお芝居と思ったけど、そんな事をする理由がないでしょ?』。

 入れ替わりの件を告白して利があるとは思えなかった。疑われれば精神異常者として扱われ、万が一信じられたならば政府のモルモットにされかねない。
 ゆえにこれからの人生は表面上は桃園愛里として送らざるをえない。新しい家族と、女性のカラダで、愛里としての評判と繋がりを引き継いで。しかしそれは、自分を殺して過ごさざるをえないだろうか? 愛里はそれをきっと望んではいない。
「俺の、名前は――」
 泰天は顔を上げた。興味深そうに夏子が眺めている。
 中原泰天だった少年は、毅然と一つの名前を告げた。


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