BATTLE
ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜
≪第一部 試合開始≫
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[START ME UP(ザ・ローリング・ストーンズ)]
各クラスとも点呼は終了し出発ようとしていたが、3年4組の委員長である御影英明(男子20番)は落ち着き無くうろうろしていた。
「まったく、担任がやることやろ点呼なんて。なんでオレがやらなアカンねん」と言った直後、校舎の中から担任の三谷照吉が出てきた。
この担任教師の事をみんなは少しナメていたので「ミタさん」とか「バーコード」などとその禿げた頭をイメージしたあだ名で呼んでいたのだが、英明はこの教師がなぜか憎めなかった。
「センセが遅刻してどうしますねん?」と関西人らしくツッコミをいれたのだが「ミタさん」にはこたえてないらしく「スマン、スマンちょっとトイレに行っていてな」と言いながらそれでも急ぐ様ではなく、のんきに歩いていた。
「はよ乗って下さい。他のクラスのバス待ってくれとるみたいですよ」と英明は促し、何とか乗車させると運転手に「お願いします!」と元気良く言った。バスは目的地の兵庫県北部まで約3時間は乗っていなければならない。運転手に愛想を振舞っても仕方がないのだが、まあ減るものじゃあないし、いいだろう…。
そうなのだ、我らが神戸東第一中学はボランティア研修で兵庫県北部にある老人看護施設等に2泊3日で研修を受けるのだ。
研修と言っても特に専門的な事を習うわけではない。
英明自身は小学校高学年の当時、父親の転勤で東京にいたので経験はしていないのだが1995年の1月17日に起きたあの忌々しい大震災で全国各地のボランティアの人達にお世話になった、そのお礼と奉仕の精神を忘れない様にという事であるらしい。
震災の後、神戸の全中学生にこのボランティアは義務付けられており大体3年生が行っていた。(1年生は登山訓練、2年生は修学旅行だった。)
確かにボランティアには世話になった様だが、中には「さっさと帰れ!」と怒鳴りつけたくなるような奴も結構いたらしい。
英明はボランティアといわれても、正直お年寄りとしゃべるのは苦手だった。なによりお年寄りのシワや独特の臭いがどうしてもダメだったのだ。
震災前は奉仕実習と言う名目でゴミ掃除などをしていたそうだがそれに比べればちょっとはマシかも知れないと思うようにした。
出っ歯で、調子の良いことばかり言う安田順(男子21番)あたりは「そんなもん適当に話しを合わせてうなずいとけばええねん」と言っていたが
「そううまくはいかんよ。やっかいな連中が多いしなぁ、ウチのクラスは。それにあの担任…。ハァ…」と英明は嘆くしかなかった…。
§
神戸東第1中学3年3組の西川兵吾は最初で最後のトイレ休憩であるサービスエリアで彼の恋人である4組の沢渡雪菜の乗ったバスが到着するのを待っていた。
この時を逃せばクラスが違う雪菜とはこの3日間全く会えなくなるからだ。
沢渡雪菜は3年生になった頃まで同じクラスの結城真吾と付き合っており、教師も知っているくらい有名なカップルだった。
以前から雪菜は明るくかわいいと同学年の男子にも評判の娘だったのだが別れたとはいえ、あの「ブラック・サン」の彼女だったわけで、すぐにアタックするような豪傑はいなかった。
それが功をそうして一番乗りの西川が栄冠を勝ち取ったのだ。
だが、彼氏とはいってもまだ名前だけみたいなものだった。
付き合い始めて3ケ月、雪菜はキスはおろか手もつないでくれない…。
この研修期間中に、もう少し発展したいと言うのが西川の希望と言うか野望であった。
「それにしても遅いなァ…」
雪菜たちの4組を乗せたバスだけが来ないのだ。
『もうすぐトイレ休憩の時間も終わる。そうすればココで雪菜に会う事も出来なくなる』
そう思うといても立ってもいられなくなり、誰かに文句の一つも言ってやりたくなった。
バスの方に戻ろうとすると、いつも年齢の割に血色のよい顔をした、温厚な学年主任の石先生が青い顔をして黒いスーツを着た男と何か話しをしている。
『バスに酔って気分でも悪いんかな? でもこの黒スーツのおっさん誰やろ?』と思いながらその男の後ろを通ろうとすると石先生が
「そんな…4組が…そんな……」
と、西川など目に入らないように黒スーツの男に言った。
「ココに印鑑を、無ければ親指の拇印でも結構です」黒スーツの男は事務的な口調で言うと、赤い縁取りの書類を差し出した。
その書類には桃のマークが入っており、いかにも仰々しいものであった。
西川は石先生の「4組」と言う言葉で振り返りすぐに石先生に聞いた。
「先生、4組がどうかしたんですか? 事故にでもあったんじゃあ…」と言うと石先生ではなく、黒スーツの男が
「君には関係のない事だ。学生は寸暇を惜しんで勉学、鍛錬に励めと総統閣下もおっしゃっている。さあ、行きなさい」と答えた。
「うるさい! お前に聞いてへんのじゃ! お前がなんかやったんか? 4組をどないしてん、えぇ!」と凄んでみせた。西川は元ラグビー部で体も大きく、その黒スーツの男より、ゆうに10cmは身長が高かった。(178cmだ。あと2センチ欲しい!)十分威圧感もあっただろうが、男は全く動じていなかった。
「これが最後だ。君は自分のバスに乗りなさい」
男は少し強い語気で言ったが、その冷静な態度が西川を逆ナデした。
雪菜に何か起こったと言う事よりもなめられた事に怒りを覚えながら「俺の質問に答えんかい!」と西川は男につかみかかった。
男のスーツの襟には桃の印のバッチがついており、丁度目印にもなってつかみやすかった。
すると男は襟をつかまれたままフッと体をかわし、西川の右手を自身の左手でつかみゆっくり回りこむと右足のひざの裏をつま先で蹴った。
西川は時代劇でさばきを受ける下手人のような格好で石先生と男の間にひざをついた。
「クソッ!」と言うとラグビー部で培ったタックルで相手を倒そうと思った。
だが彼の思考はそこで途切れた。男の右手はもうすでに銃を抜いており西川の頭部を後ろからぶち抜いていた。コルト・ガバメント45口径のACP弾は西川の脳と彼の思考を吹き飛ばした。
叫び声を上げる間もなく西川は絶命した。
「あ、あぎぃ…」という訳の分からない言葉を石先生は漏らしたが男は意にも介さず
「失礼、脳漿が服につくと臭いがなかなか落ちないのでネ」と撃鉄を戻した銃をホルスターにしまいながら言った。
「な、なにも、こ、こ、殺さなくても…」と自分の足元に急に出現した赤い水溜りにへたり込みながら言ったが、黒スーツの男はその言葉も聞こえていないかの様に
「書類を読まれたら、ココに拇印を押してください」と言った。
まるで宅配便の配達のようだった。「ココにハンコをおねがいします」
ただ宅配便と異なるのは荷物ではなく、4組の44人の内43人に確実に「死」を運ぶものなのだ。(一人ここで増えて結果的に44人になったが…。)
石先生は書類を受け取りその内容を読んだ。
読みながら拇印を押すかどうか悩んだがそれは無駄な事だった。
書類を受け取った際に拇印は押されていたのだ。へたり込んだ際に手のひらについた西川の血によって…。
元・教え子の血によって押された拇印が、その書類により禍禍しさを加えるアクセントとなっていた…。
§
3年4組のバスの中も走り始めて30分もするとずいぶんと騒がしくなってきた。
もともと班編成でバスの乗車席も割り振っていたのだが、実際に守っているのは数人だけだった。
前の方にはあまり体が丈夫ではない谷村理恵子(女子11番)を含む、たまたま前方の席を割り振られた藤川恭子(女子18番)や若松早智子(女子22番)のグループ約5人や、ゲームオタクで今も何か熱心にやっている小太りの木下国平(男子9番)、二人で仲良く一冊の本を見ながら時折クスクスと笑い、じゃれあっている遠藤章次(男子4番)と笹本香織(女子8番)のカップル、女子不良生徒ナンバーワンの竹内潤子(女子10番)がいた。
後部はもう誰がどの班やら分からない位バラバラに座っていた。
男子の体育会系のクラブに所属する、いわゆる不良生徒の中には早くも学生服を脱ぎ、私服になっている者もいた。
五代冬哉(男子10番)は長い髪をかきあげながら、すっとバスの中を見渡すと
「こうやって見るとこのクラスも結構まとまりがあるのになぁ」と、すぐ後ろの座席の見るからに体を鍛えている感じのごつい体をした伊達俊介(男子13番)と、細身だが引き締まった印象を与える結城真吾(男子22番)に言った。
「そう。これならオレも苦労せんで済むんや」と冬哉の隣に座っている英明が言った。
「まあええけどな、3組なんか見てみろ、休み時間でもシーンとして騒いでんのは西川とか言うお調子もん…ムグゥ」と冬哉が英明のセリフをさえぎる様に口をおさえた。
俊介は「チッ」と舌打ちし英明をにらんだ。「何か別の話題を…」と、冬哉は頭をめぐらせたが思いつく前に
「そんなに気ぃ使うなよ。ナンにも悪い事言うて無いんやし。なっ!」と明るく真吾が言った。
「ゴメン。別にその…」と何か言いかけた英明を目で制し、俊介はチラッと沢渡雪菜(女子9番)の方を見た。
『なぜ真吾と別れて、あんな西川みたいな軽薄な奴とつきあうのだ?』と思いつつゆっくりと真吾の方を振り向いた。相変わらず真吾は口元に微笑を浮かべ、俊介の方を見ていた。
真吾は温和な奴で学校の成績も良く、スポーツも体育大学付属高校に進学が決まっている自分と同じ位ソツなくこなした。だれにでも平等に接し、いつも誰にでも先ほどのような微笑を見せていた。
そんな事もあってか、まだ1年生の時に女子(誰かは分からない。が、真吾を好いていそうな斉藤清美(女子6番)当たりか…。)が「ライジング・サン」とあだ名をつけ、密かに呼び始めたのだ。
最初はみんな意味が分からなかったが「誰にも平等に接するのがお日様のようだ!」との噂に俊介は妙に納得させられた。しかしそのあだ名も2年生になるころには全く別のモノとなっていた。
2年生になってから真吾は急に欠席が増えた。2週間、3週間連続で休むのはザラで、休み明けに誰が何を聞いても理由は答えなかった。
実際は家庭の事情と彼の習っている武術の試合の遠征、そしてそれによって負ったケガの為だったのだがそれが誰かの流した
『結城真吾は他県のプログラムに参加して、そして生き残って帰ってきているのだ』
という下らない噂が噂を呼び
『あいつは死神や』
『どこがライジング・サンやねん』
『太陽は太陽でも日食やな。真っ黒けの太陽!』
かくして真吾のあだ名は『ブラック・サン(日食の太陽)』という呪われたようなモノになった。
真吾は少しずつみんなから孤立し、その不気味なあだ名も静かに浸透していった。
しかし、誰になんと言われようと気にした風も無く真吾は相変わらず微笑み、誰にでも今まで通り普通に接していた。
その後、誤解は解け、いつもと変わらない真吾に対してみんなも警戒心を解いていったが…なんとなく恐怖心だけは残っているようだった。
一緒につるんでいた冬哉も俊介も同類と見られ、ハブかれもしたが二人とも全然気にしなかった。冬哉はどうか知らないが俊介は男として真吾にホレていたから。いつか真吾の様に笑えるようになりたいと思っていた。あの事を知ってから…。
「ねえ、御影君ちょっといい?」と、その時いいタイミングで、お嬢様の東田尚子(女子16番)が、彼女の親友で身長は同じくらいだが、尚子よりガッシリしている北川美恵(女子4番)の手を引きながら声をかけてきた。
英明はこれ幸いと「はいはーい」と返事をし、後ろの美恵たちの席へと移っていった。
ちょうどクラスのお調子者上島裕介(男子3番)が面白い事でも言ったのか、バスの中がドッとわいた。
「ナンか楽しいなぁ」と真吾がつぶやいた。いつもは皮肉屋の冬哉が「そうやな」と返事をし、うながす様に俊介の方に視線を移した。
俊介は複雑な気持ちで「あぁ」と答え窓の外を見た。俊介の心とはうらはらにぬけるような青空が広がっていた。
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