BATTLE ROYALE
〜 黒衣の太陽 〜


[女たちよ 男たちよ(矢野顕子)]

 ずきずき痛む頭を押さえながら三浦信彦(男子19番)は目覚めた。
「酒は控えんといかんな…。日本酒じゃなく焼酎に変えるかな…」などと考えながら…。
 しかしそこは教室だった。「あれ、オレ教室で飲んでいたっけ?」と、ものすごい勘違いをしながら周りを見渡した。すると信彦のほかにも顔を上げている生徒はいた。
 信彦の席はちょうど教室の真中だったのだが、自分より前方の席では男子では樋川正義(男子15番)女子では弓道部の鄭華瑛(女子13番)、後方の席では結城真吾(男子22番)と梶原幸太(男子6番)の水球部コンビだった。
 いつもと同じ教室での風景で特に違和感も無かった。唯一違うのはいつも登校時に使っているスポーツバッグではなく、ボランティア研修に持っていく荷物が自分の足元にあったことだ。
 そこで信彦の記憶がよみがえり始めた。ボランティア研修へ向かうバスの中で、信彦ら体育会系不良グループは後方の席に陣取り、トランプ麻雀やバカ話に興じていた。
 出発して1時間が経とうかとする時、少し耳鳴りがし始めた。電車ならともかくバスで耳鳴りとは妙だなと思ったのだが、別にこの雰囲気を壊す必要も無いし、バスに酔ったと思われるとカッコ悪いので黙っていた。すると今度は強烈な眠気が襲ってきたのだ。
 確かに昨晩は信彦達のグループで集会を行い、酒と女で欲望を満たし、午前様であった。3日間は、ど田舎でジジイやババアの相手をしなければならないからだ。
 それにしては、自分達とは正反対に真面目な永井達也(男子14番)や樋川正義(男子15番)、女子もそのほとんどがもう眠っている様だった。バスの真中辺りの座席で彼らの天敵「ブラック・サン」が何やらしていたが、信彦のまぶたはそこで閉じた…。
 信彦が記憶をたどっている間、時間が経つにつれ数人が目覚め、まだ覚醒しない者を起こし始めた。
 この時、信彦は初めて時計を見た。時間は23:58から59分に変わるところだった。
「どこだ、ここ?」
「なんでみんな教室にいるの?」
「今、何時? 時計持っている人いてない?」
「ミタさんはどないしてん?」
 と、思い思いの事を言った。すると信彦の2つ前の席の安田順(男子21番)が急に立ちあがり
「なんじゃ〜〜〜〜、これ〜〜〜〜〜」と情けない声をあげた。
 だがすぐに信彦は順の表現に納得した。順の首には犬の首輪のようなものがついていた。
 世界史の時間に見たエジプト文明の首飾りの様にゆったりとではなく、首にジャストフィットといった感じであった。
 そして信彦自身の首にも…。
 他のみんなもお互いの首に同じ物がついているのを見まわしていた。
 そして、みんなのざわめきがだんだん大きくなって、いよいよ最高潮になろうかとするその時に「ガラガラッ」という音と共に教室(?)のドアが開いた。
 それは彼らの運命のドアでもあったのだ…。

 教室にいた全員がドアの方を見た。そして誰もが「誰だ?」と言うより「何だ?」と思った。ドアから入ってきたのは専守防衛軍の軍服を着た男、セーラー服を着た自分たちより少し年上の美しい女性、最後に長身で黒いスーツを着た男だった。
 その3人を見て「専守防衛軍の制服だ!」と最初に気づいたのは中尾美鶴(女子14番)だった。
 自分より先に気がついている者は、いまいと美鶴は思った。
 なぜならこのクラスには彼女以上に専守防衛軍に入ろうと思っている人間はいないはずだから。
 彼女は5年前の小学校4年生の時に専守防衛軍の兵士に助けてもらった事があるのだ。
 美鶴はおばあちゃんに洋服を買ってもらうために大阪の梅田に出てきていた。
 いつもは三宮で買うのだが、
「誕生日のお祝いに私が買ってあげようね」
 そう言ってくれたおばあちゃんが住んでいる大阪に出てきたのだ。
 何度か来た事がある梅田の私鉄ターミナルは月曜日の夕刻ということでかなりの人ごみだった。
 美鶴は小学生にしては大きく(当時160cm、現在は172cm)大人びていたので訳の分からない米帝かぶれの格好をした若者や、まじめそうな会社がえりのお父さんと言った感じの人に何度も声をかけられていた。
 そうするうちに約束の18:00を過ぎたのだが、おばあちゃんの姿が見えなかった。
「あれ〜?おかしいなぁ。私、場所間違えたんかなぁ?」と思ってきょろきょろしていると地下鉄の駅の方からおばあちゃんが歩いてくるのが見えた。
 その時であった「バン、バン」と今まで聞いた事もない、ものすごい爆発音のような音がした。
 驚いてしゃがみこみそうになったが、おばあちゃんの事が頭に浮かびそちらに向かってダッシュした。周りの人と何度かぶつかったがおばあちゃんのいたと思われる場所に着いた。
 しかし姿が見えない。2、3度周りを見渡すと右手の方におばあちゃんが仰向けに倒れていた。
「おばあちゃん! 大丈夫?」と美鶴は助け起こそうとしたがまだ周りの群衆はパニック状態に陥っており足元の老人や子供の事など気にも留めなかった。
 何度か踏みつけられ、蹴飛ばされた後、急に周りに人がいなくなったように思った。
「みんなここからいなくなって、私とおばあちゃんだけになったのかしら?」と美鶴が思ったほどだった。
 そっと顔を上げると美鶴とおばあちゃんをかばうように一人の兵士が大きく手を広げ仁王立ちをし、もう一人の兵士が彼女達の上に覆い被さるようにして群集をさえぎってくれていた。その姿はまるでテレビでやっている変身ヒーローの様だった。
「大丈夫ですか?」と仁王立ちの兵士が言い、覆い被さっていた兵士はそちらを見ずに美鶴に「すまないね、ケガは無かったかい?」と言った。
 美鶴は大きな目を見開いて「ハイッ!」と返事をした。
 その返事が終わらないうちに彼らは駆け出していたのだが…。
 あの時の兵隊さんの様に弱いものを守るんだ!と美鶴は心に誓い、そのために努力もした。
 中学3年生でありながら高校2年生と同等の学力と鄭華瑛(女子13番)の父に頼んでテコンドーという韓半民国の武術を身に付けたのだ。そして努力は報われた。
 専守防衛大学付属高校に推薦入学できるほどに!
 合格通知が来た時おばあちゃんは複雑な顔をして
「美鶴ちゃん、あなたは見えなかっただろうけどあの時の兵隊は警察官とぶつかって私達の方へ倒れてきたんだよ! 別に私達をかばったわけじゃない。手を広げて立っていたのは倒れた上官に群集がぶつからない様になんだよ。「大丈夫ですか?」って聞いたのも私達にじゃなく上官にだし…。なにもそんな学校に行かなくても…」と、言ったがそんな事は美鶴にはどうでもよかった。
 恐らくは将来、自分が着る事になるであろう制服が今、目の前にあった。
 憧れの制服であった。
 隣にいる長い髪をうなじの辺りで束ね、セーラー服を着た女性の話しを聞くまでは…。

「諸君、目は覚めたか?」とその女性は大きくは無いが良く通るアルトの声で言った。
「私の名前は朝宮みさき、今日から諸君の担任だ。よろしくな」
 と言うと自分の名前を黒板に書いた。
 みんな最初はあっけに取られたような表情をしていたが徐々に
「なんだ? あの女?」
「色っぽいやんか、バーコードより百倍はマシやろ」
「あの兵隊と黒服は何?」
「なによ、私怖い」
 などと口々に話し始めた。
 女性は少し懐かしいものでも見るように目を細めたが特に何を言う風でもなかった。大人がいることで少しは不安が取り除かれたのか、みんな先ほどよりも大きい声でしゃべっていた。
「よし、みんな静かにしろ。私の話を聞いてもらうからな、いいな」
 その時ちょうど、ひょろりとした体型の陸上部の小野田進(男子5番)が手を上げて
「すいません、先にトイレに行っていいですか?」と聞いた。
 あまりに場違いな、しかし当然の質問にクラス中が「ドッ」と笑いに包まれた。
 だが朝宮みさきと名乗った女性は手に持っている書類を見て
「小野田進か…私の説明が終るまで待ってくれ」と言った。
 そしてほぼ間を置かずに次のセリフを言い放った。
「神戸東第1中学3年4組の諸君、君たちは本年度専守防衛陸軍、戦闘実験第六十八番プログラム対象クラスに選ばれた!」と…。

【残り 44人】


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